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【小説】暗がりの蛍火

    あと数ヶ月、自分の人生を決める大事な日まであと数ヶ月しかない。

    灰色の未来を思わせる模試の結果を、月も濁るような目で眺めながら帰路を急ぐ。青色で彩られた制服で着飾る高校生活のイメージはバッチリなのに、どうしてこうも数字だけは追いつかないのか。僕の小さな背中に火が灯る。もっと勉強しなくては。

    僕の心を孤独にさせる月の光に照らされながら、家路を辿っていると、ふと奇妙な光景に目が止まった。背中を丸めた老婆が足を抱えてうずくまっている。気になりはするが面倒事に巻き込まれている時間はない。早く家に帰って勉強しなければ思い描いている未来はないから。罪悪感に苛まれながらその場を後にしようとしたが、ここはあまり人通りのない場所だとその時気づいた。このまま僕が放置すれば、あの老婆は誰にも気づかれないまましばらくあの状態である可能性が高い。焦る気持ちを胸に、一握りの勇気を振り絞って僕は声をかけた。

    「あの・・・ 大丈夫ですか」

    「ええ・・・ 少し足を怪我してしまってね。」      

顔を上げた老婆は自嘲的な笑みを浮かべながら、ハリのない弱弱しい声でそう言った。
    
    「あの、よろしければ病院までおぶっていきましょうか。ここから近いですし。」

そう伝えると老婆は少し驚いたような顔を見せ、顔を伏せながら小さく頷いた。自分のことで精一杯なのに、どうして彼女を助けようとしたのか。きっとそれは正義感ではなく、幾分と歳の離れた彼女と僕にほんの少しの共通点を感じたからだ。

    「ありがとね、こんな婆さんを助けてくれて」

    「いえ、全く構いません。」
 
   病院まで送り届けた僕に、老婆は何度も頭を下げるように感謝の言葉を繰り返していた。病院の先生や看護師さんは、まるで心優しき若者かのように、僕に優しい視線を向ける。きっとこれはただの人助けじゃない。救ったのは僕だが、救われたのも僕だからだ。
 
    もし、優しさに周波数なるものがあるとするなら、きっとそれは共振したときに効果を発揮するのだと思うんだ。今回がそうであったように、彼女には僕が必要で、僕にも彼女が必要だったのだ。

    重ね合わされた月の光が、僕のぼんやりとした不安を払拭する。

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