ショートショート26 『とある旅の男の悲しいお話』
『とある旅の男の悲しいお話』
時は江戸時代初期。
とある旅の男が、たまたま立ち寄った村で子供達に土産話を聞かせている。
「今からする話はおいらの身にこないだ起こった妙な話なんだけどよ。
まあ、ちょいと聞いてくれなよおめえさん達。
おいらがこの村に来る前、二つ前の山のふもとあたりかな。山賊に襲われたんさ。
いかにもって感じの不粋な連中よ。
大柄で横暴な男と、冷酷で狡猾そうな糸目の男が仕切ってた。
ここは通さねえなんて言ってきやがる。
おいらも最初は抵抗してたがさ、多勢に無勢。命取られても割にあわねえ。
しょうがねえから泣く泣く手元にあった握り飯とあり金奪われちまってさ」
あまり外に出向くことのない村の子供達は、嬉々としてこの旅の男の土産話に耳を傾けている。
「ほうほう!そりゃあ大変だったでな!ほいでほいで!?」
旅の男も、その純粋な相槌に気分をよくしたのか話に腕をまくりだす。
「ほいでよ!ここからが信じられんかもしれんが、しょげてるおいらの前によ、妖術使いが現れてよ!」
目を輝かせてた子供達の眉間に数本のしわがよる。
「ん…なんだいそりゃ…?」
旅の男は構わず腕をまくり話をまくしたてる。
「そいつがよ!助けてくれたんだよ。これがほんとの話で。そんときはよ、とりあえずその山賊に目にもの見せてえと懇願したらばよ!妖術でもって山賊達を豆粒みたい小さくして蹴散らしたのよ!ガハハハ!」
流石の子供達も文字通り子供騙しな旅の男の話に興ざめの様子を見せる。
「そんな話信じれるかよ。聞いて損したや!みんなあっち行こうで!」
一人残った旅の男はうなだれる。
もちろん、この話は男の創作である。
だが、虚言でからかおうなどというつもりは一切無く、旅先で立ち寄った村人達を楽しませたいという一心で作りあげた創作話。
旅の男はため息混じりにつぶやく。
「また話の運びが悪かったかのう。うーむ。妖術使いのところがいまいち伝わらないのかもしれん。もっとありそうな…例えば」
旅の男はひらめく。
「そうか。化け猫のたぐいにすっぺか。これならまだいけるんでは…うーむ…」
…旅の男の発想自体は良かったのだが、この時代ではまだ、子供受けしない種類の物語だったようだ。
山賊をいじめっ子に変え、妖術を秘密道具に変え、化け猫をロボットなんかに変え、時代が変われば、爆発的ヒット間違いなしのお話だったのに。
かわいそうな、“たびの”男であった。
~文章 完 文章~
書籍『電話をしてるふり』 書店やネットでBKB(バリ、買ってくれたら、ボロ泣き) 全50話のショート小説集です BKBショートショート小説集 電話をしてるふり (文春文庫) ↓↓↓ https://amzn.asia/d/fTqEXAV