ショートショート27 『電話をしてるふり』
『電話をしてるふり』
まただ。
もう。
しつこいってば。
「ああ、もしもしごめんパパ。もうすぐ帰るよ。うんうん。そうだねうん。迎え?あ、どうしようかな。来てもらおうかな。ええと、今はね…」
私はよくナンパされる。
特に男受けを狙った格好はしてないつもり。
でもそりゃあ、かわいい服は着たいし、メイクも好きだし、見た目には気をつかっているつもり。
夜一人で歩いていると、繁華街、駅前、最寄り駅から家までの徒歩15分の薄暗い道、ところ構わず声はよくかけられる。
見た目に隙があるのか、それともほんとにかわいいのか?
いやいや、彼氏だって1年以上いないし、ここ最近まともに告白なんかもされてないし。
ああ。ナンパだりぃ。
そんな出会いも、まあ一つの出会いなんだろうけどさ。なんていうか、怖い。怖い声のかけられ方多め。ベタに、ねーちゃん遊ぼうぜ系ばかり。
今もまさに最寄り駅の改札を出た瞬間チャラついた男が声をかけてくる。
「あれ?おねーさんかわいいね!なにしてんの?待ち合わせ?おーい」
帰るんだよ。
ついてくんな。
ったく。
そんなとき決まって私は電話をする。
というか、電話をする“ふり”をする。
ヘッドホンつけて音楽聞いてるふりくらいじゃ止まんない男いるからね。まあ音楽は本当に聞くけども。
電話は、ふり。
電話したふりして相手にガン無視決め込んでたら、たいていの男はすごすご舌打ちしながら引っ込んでくれる。
「パパ?あ、ごめんごめん。今日さなんか買ってくものあったっけ?」
彼氏のいない私が“彼氏に電話をするふり”はどうにも抵抗があってむず痒くなるもんで、いつもパパを使わせてもらっている。
男は、パパとかにはあまり関わりたくない生き物でしょ。
しかし、今日のナンパはしつこい。
まだ隣で歩いてるじゃん。
電話してるじゃんこっち。
空気読めよ。
おいおいどこまでついてくるつもりだよ?
家着いちゃうよ。それはそれで怖いってば。
もう!
イライラがピークに達したその時、しつこく声をかけてきた男が信じられない一言を発した。
「それほんとに電話してる?」
え。
なんで?なんでバレたの?
いやいや、バレたとかじゃなくて普通そんな確認してくる?
何こいつマジ。
「ねえ、聞いてる?電話してないべ?」
今まで、このパパテレフォンで数々のナンパを撃退してきた私は、この男の発言に動揺してしまい、つい反応してしまった。
「う、うるさいな!どっか行ってください!」
男はなぜか名探偵が名推理した後のように、ニヤリと口角をあげ、さらに名調子となる。
「やっぱりね。思った通りだったよ。ふふふ。俺そんなあやしいやつじゃないよ。とりあえず電話のふりやめな?」
なんだこのナンパ。ほんとしつこいし怖い。
「ほんとになんなんですか?電話してますって」
「じゃあ電話代わってよ?」
「な、何で知らない人に代わらなきゃなんないんですか」
「だってほんとに電話してるならさ~」
そう言って男は私のスマホを取り上げ、もしもーしと軽快に話し始めやがった。
もう最悪。バレた。
「もしもーし。パパさんですかーー?…はい?え。あ、はい。そうっすね。いやそれはごめんなさい。はい。すみません。そうなんですか。はい分かりました。いや大丈夫っす。はい」
え?どういうこと。
何してんの。
アンタ誰と話してるの。
電話したふりをしてる女の電話を奪って、電話したふりを更に続けるというノリノリなやつ?は?意味分かんないですけど。
「はい。分かりました。いや何もしてないです。はい」
男は、厳しい先生に叱られた生徒のごとくとにかく陳謝している。
「はい。じゃ、電話代わりますので。はい。すみませんした」
受け取った電話に対して私は答えた。
「も、もしもしパパ。うん、ごめんね。ありがとう。そんな感じ」
どんな感じだ。
これは今何をやってるんだ。
私は。いや私達は。
そして、電話するふりをしてきた史上初めて、“電話を切るふり”をした。
「じゃあね、バイバイ」
一応スマホのホーム画面を指でなでるふりまでした後、気まずそうに背中を向け来た道を逆走していく男に、気がつくと私のほうから声をかけてしまっていた。
「ちょ、ちょっと」
「ん?何?もう諦めたから大丈夫だってば」
「いや、そうじゃなくて」
「何?」
「誰と?誰と話してたの?」
「いやいや、パパさんだろ?すげえ怒られたわ。娘に何かあったらただじゃおかんぞって。なんか普通に反省したわ。後、警官?なんだって?パパさん。そういうの先言ってくれよもう~」
男はそう言うと、やや懲りた顔をして足早に去っていった。
私は状況が飲み込めないまま、家まで後5分の道のりで立ち往生してしまった。
だって、電話してなかったんだから。
だって、電話したふりだったんだから。
だって、パパはこの世にいないんだから。
私が11歳の時、パパは殉職した。
強盗犯を捕まえようと揉み合ったあげくの、勇敢なる殉職。
なんだけど。
それはそうなんだけど。
警官だってことまでナンパの男は知ってた。
てことは本当にパパに繋がってた…?
*
一応の落ち着きを取り戻し家に着いた後、私はこの事をママに話す気にはなれなかった。
パパがいなくなってから女手一つで私を育ててくれたママ。
変に心配させるだろうし、何より信じてはもらえないだろうから。
ただ、私は、嬉しかった。
パパは今も私を見守ってくれてるのだと実感できたから。
普通は怖いのかな?こういうことが起こると。
でも、私は嬉しい。
反抗期の前にこの世からいなくなっちゃったパパは、私にとって今でも優しくて頼りがいのある最高のパパのままだったから。
ずっとパパは大好きなパパだったから。
*
それからというもの、パパはよく現れるようになった。
それはもう簡単に。ライトに。
パパの出現方法はこうだ。
①私がパパに電話したふりをする
②私が私以外の誰かに電話を代わる
これだけだ。
つまり、私以外は誰でもパパと話せるようになった。
私には相変わらず聞こえないのだが。
それでも繋がれることが嬉しかった。
だから私は何か伝えたいことがあるとパパに電話したふりをして、まだパパが死んだことを知らない友達なんかに電話を代わってもらって、少し話をしてもらう。
友達に怪しまれても気まずいので、ほどほどに。
友達いわく、パパは決まって、娘をよろしく、だとか、娘と仲良くしてやってね、だとか言ってるとのこと。
優しいパパだね~と電話を代わってくれた友達は言ってくれる。
*
パパと間接的に繋がってから5年の月日が流れた。
29歳になった私は、明日、結婚する。
私は、今までできなかったことを試してみようと思う。
ママに電話を代わってみよう。
大丈夫だよね?
パパ、出てくれるよね?
私はまずこれまでの事をママに事細かに説明した。
最初はあきれて笑ってたママも、次第に真剣に聞いてくれて、覚悟を決め、その時はやってきた。
私はいつものようにパパに電話をする、ふりをする。
「もしもしパパ?今大丈夫?ちょっとさ、あのさ、久しぶりにさ、ママに代わるよ?いい?大丈夫?」
なんだか今までで一番緊張した電話のふりだったなと思いながらスマホをママに手渡す。
スマホを受け取るママ。
静かに、話しかける。
「もしもし…?あなたですか?」
ママとパパの電話はそこから2時間ほど続いた。
そりゃそうだ。
2人には積もる話が積もりすぎていたのだから。
パパがいなくなって大変だったこと。
悲しかったこと。
言えずにいたこと。
色々話してた。
途中、充電大丈夫だったかななんて変な心配もしちゃったよ。
あーー、とにもかくにも良かった。
ママと話せて良かった。
ママ嬉しそうだよ。
最高だよパパ。
ありがとうパパ。
ママの、じゃあそろそろ、と言う声が聞こえた。
私は正直、そのまま切ってほしかった。
私だけ。
私だけいつも電話を切るふりをするのは正直辛かったから。
もしかしたら今回は。
と、いつも思いながら、無言の相手に電話を切るふりをし続けたこの5年間。
ママもう大丈夫。切ってくれていいよそのまま。
「じゃ、代わるわねあなた。はい」
無情にも返される私のスマホ。
私はママに気を使わせまいと、できるだけ通常運転でスマホを受け取り、いつも通りこう言う。
「パパありがとね。じゃまたなんかあったら電話」
といつもの別れの言葉を言い終わらないうちに、かぶさる懐かしい声。
「結婚、おめでとう」
…
…
嘘。
聞こえる。聞こえるよ。初めて。初めて聞こえるよパパ。
「今まで寂しい思いさせて本当にごめんな」
聞こえるよ!聞こえる!
パパ!パパ!
「ママには言ったんだが、今日で本当に最後の電話になると思う。パパもそろそろ、行かなきゃならなくてな」
待って!待ってパパ!パパ!
「でもな、お前が幸せに過ごせるようパパはずっと見てるから。安心してくれよ。しかし、立派になったなあ。あんなに泣き虫だったのにな。本当に立派になった」
パパ。
「結婚おめでとう。あ、これはさっき言ったか。ははは。幸せになるんだぞ。愛してる。お前はパパの誇りだ。じゃあな」
私は、涙と嗚咽で終止何も話せなかったが、幸せだった。
ママも隣で泣いていたが幸せそうだった。
パパの優しい言葉、暖かい声が、全て胸に刺さっていくのを感じた。
私も大好きだよパパ。
元気でね。
幸せになるよ私。
ありがとう。
最初で最後の、パパから電話を切った日だった。
~文章 完 文章~
この作品のおかげで素敵な書籍ができました。
書き下ろしも含めた50作品詰めこみました。
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『ショートショート小説集 電話をしてるふり』
本で手にとってもらえましたらこれ幸いです。
追記
2022年6月
世にも奇妙な物語でドラマ化
も叶いました。
観てくれた方ありがとうございます。
追記
2023年4月
『電話をしてるふり』(文春文庫)
おかげさまで文庫化されました。手のひらサイズの読みやすさをどうぞ
バイク川崎バイク(BKB)