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ショートショート16『My走馬灯』

『My走馬灯』


その日の出来事のトピックスは


照り付ける太陽がいつもより眩しかったということ

寝坊して大事なサッカーの試合に遅刻しそうだということ

道ですれ違ったお姉さんのオッパイが大きかったということ

そして

目の前で小さな子供が車に引かれそうになっているということ



俺は気がつくと走りだしていた

サッカーで鍛えた高校生のダッシュはこういう時こそ役に立つはずだと無意識に意識する

子供に手が触れるか触れないかの刹那、周りがスローモーションに感じる

ゆっくりと、しかし確実に車は自分に向かってヘッドライトはこちらをロックオン

映画や漫画の世界の半ば都市伝説かとも思っていた、事故などにあった瞬間周りがスローモーションになる現象

あの現象は本当だったのかとなぜか冷静に考え、更に冷静な答えを導く



“そうか、俺は死ぬのか”





高校生の思春期まっさかり健康男子として、瞬時にこの答えに至った判断と覚悟には称賛を惜しみなく頂きたい

神様、もしも来世があるのなら、どうかこの正義感溢れる若者におっぱいの大きな彼女を授けたまえ

後は子供を突き飛ばせば、軽いケガはするかもしれないが車には当たらないだろう
短い人生だったが、長く生きてもそうそうなれるものでもないヒーローにはなれたんじゃないか


さあ、そろそろスローモーションも解ける頃か
と思ったその瞬間、脳内に映像が流れこんでくる

ああ、これは

死ぬ瞬間に見ると言われている、生きてきた中で印象の深い思い出の映像


走馬灯だ


これも本当にあったんだな

走馬灯が見えたということはやはり死ぬのか

覚悟はできていたつもりだがやはり寂しい

願わくばせめて、楽しい走馬灯でありますように












「あのオネーサン、オッパイでかっ」






……






……





……ん?






え、さっきのやつじゃない?
え?
さっきのやつ
5分前の
さっきすれ違ったお姉さん見た時にボソッとつぶやいたやつ
え?
終わり?
俺の走馬灯終わり?
嘘だろ?
もっと他にもあるだろ?
俺17年間生きてきて、走馬灯さっきのオッパイフィニッシュ?
パイフィニ?
なんだよパイフィニって
いやいやいや
もっとあっただろ他にも
おーい
走馬灯さーん
ちょ待ってくれ
これはダメ、これじゃ死ねない
こんなしょうもない走馬灯しか見れないやつはまだ死んじゃいけない
そうだろ?







“うおーーーーーりゃっっっっしゃ!!!”







俺は無我夢中に車をかわし子供を抱きしめ地面に転がった
無我夢中、の語源はこの時の俺でも良かったんじゃないかというくらい


よし!
助かった!
子供は無事!
車も無事!
俺も無事!
よしよしよし!


名前も名乗らず俺はサッカーの試合に向かったのである!

ヒーローだ!

きっとこのシーンは俺の走馬灯リストに確実に加わったはずだ!




試合会場に着くとウォーミングアップをとうに済ませたチームメイト達が心配そうに駆け寄ってくる

監督にも理由を説明
もちろん寝坊が理由ではなくなった
それくらいの嘘はいいはずだ
そして監督にこう言ってのける


ウォーミングアップはもうできてます


一度言ってみたかったセリフだ


試合が始まりコートに足を踏み入れる


身体は動く


いつもより走る走る走れる


ヒーローとなり死の淵をくぐり抜けた俺にはもう怖いものなど何も無かった


はずだった


点数は1対1
ロスタイムに突入した直後、俺は驚愕する


突如、周りがスローモーションになったのだ

おいおい待ってくれよ

またかよ

また死ぬってことか…?
だってスローモーションになるってそういうことだろ

ゆっくりと運ばれるボール

ゆっくりと向けられるパス

ゆっくりなディフェンスをゆっくりとかわし

ゆっくりとシュート

入った

ゴーーール

なんだこれ

いつまでスローなんだ

長い長い

スローだから敵の動きもよく見えて逆に活躍できてる

ロスタイムがこんなに長く感じたのは初めてだ

なんてよく聞くセリフではなく文字通り長い

しかし、今日は暑い

太陽の日差しだけはスローモーションに逆らった速さで俺を照りつけているように感じた

倒れそうだ

まさかそうか

熱中症か

俺は熱中症で死んでしまうのか

と本日二度目の死を覚悟したその時、脳内に流れ込む映像


きた!
走馬灯だ!







「あのオネーサン、オッパイでかっ」







…くそ!
くそくそくそ!
なんだ俺の人生!
俺の走馬灯!
ふざけんな!
もっとあるだろって!
ふざけん…なよ!

ふざ

ふざ…

けん…

な…
















次の日、俺は見知らぬベッドで目覚める

病院?

助かった…のか??

先生が言うには、やはり熱中症で倒れて意識を失いはしたが一命を取り留めたそうだ

何はともあれ生きてて良かった

キレイな看護師さんが、うつむき加減の俺を気遣い、覗きこむように話しかけてくる


「大丈夫?大変だったね。次からはムリしちゃダメだよ~」


俺はうつむいた視線のまま答える


「は、はい…ありがとうございます」






しばらくはまだ、走馬灯は更新されそうもないな









~文章 完 文章~


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