ショートショート31 『満月も見えない昼下がりの出来事』
『満月も見えない昼下がりの出来事』
その時、俺は思ったんだ。
“覚悟を決めろ”
*
俺には悩みがある。
27歳。独身。
悩みと言っても、彼女ができないだとか、仕事を辞めたいだとか、世間一般的なそれではなく。
もうずっと悩み続けてきたが解決する糸口は見えず、相談できる相手もいない悩み。
俺は、狼男なのだ。
満月を見ると狼の顔立ちとなり、力強い毛むくじゃらの身体に変身してしまうという、映画なんかにもなっているのは狼男。
俺は、というと別に満月は必要無く、狼男に変身したい!と強く思えばいつでもなれてしまうという、あまりにご都合主義の異形の存在。これがゲームなら、なかなかにチート。
こんなこと一体誰に相談すればいい。
誰が受け入れてくれる。
ただ、これを言ってしまうと元も子も無くなるが、さして困っている訳ではない。
このラインが絶妙で、悩みではあるが困ってはいない。
なぜなら、狼男になりたい!と強く思わなければいいだけなのだから。中2病的な言葉を借りるならば、ずっと能力を封印していればいい 。
キッカケはというと、二十歳を過ぎた頃に狼男の映画かなにかを見て、その時になれてしまった。以上。
なぜなれたのかも分からないし、なぜその時、狼男になりたい!と強く思ってしまったのかも覚えていない 。
若気の至りってやつか。
いや、何も至ってはいない。
悪いことはしていない。
どうせなれるならスーパーマンとかが良かった。
ただ事実として起こった。
ただなった。
狼男に。
当時の俺はもちろん、動揺し、悩み、泣き、もう死にたいとさえ思った。
だが、元に戻りたいとまた強く思えば戻れたし、日常生活に支障はきたさないので、自我さえ崩壊しなければ生きてはいける。
だが、悩みには違いないのだ。
そして今、俺から10mほど先の解体予定ビルの真上から“ガン”と低く鈍い音が聞こえた。
近くを歩いていた皆がその方向に目をやる。
鉄骨が勢いよく地面に落下していくのを確認する。
鉄骨の落下目測の地上には、なんと運の悪いことか。杖をついた老婆と、孫であろう幼い子供がまだ鉄骨に気づいていないようだ。
危ない!
逃げろ!
そんな声が聞こえる刹那、俺は覚悟を決めた。
狼男だとバレてしまったら、この先俺はどうなってしまうかなんて今は考えてる場合ではない。
考えるより先に狼を動かせ。
封印を解くなら今だ。
久々に強く、心の中でこう唱える。
“狼男になりたい!!!”
一瞬で突き出る口元、生え変わる体毛、着ていたシャツを突き破る筋骨隆々な肉体。
狼男のスピードとタフさは確認済みだ。
間に合え!間に合え!
ズシンと砂煙をあげながら、けたたましい音で落ちる鉄骨。
良かった。助かった。
そして辺りを見回すと、俺も含め、狼男だらけになっていた。
なーんだ。
みんなそうだったのか。
みんな隠していただけだったんだ。
悩んでて損した。
老婆にケガはないようだ。
鉄骨を弾き返し老婆を抱えた小さな狼男が、大きな狼男達から拍手を受けていた。
~文章 完 文章~
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