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ショートショート31 『満月も見えない昼下がりの出来事』

『満月も見えない昼下がりの出来事』


その時、俺は思ったんだ。

“覚悟を決めろ”




俺には悩みがある。
27歳。独身。
悩みと言っても、彼女ができないだとか、仕事を辞めたいだとか、世間一般的なそれではなく。
もうずっと悩み続けてきたが解決する糸口は見えず、相談できる相手もいない悩み。


俺は、狼男なのだ。


満月を見ると狼の顔立ちとなり、力強い毛むくじゃらの身体に変身してしまうという、映画なんかにもなっているのは狼男。

俺は、というと別に満月は必要無く、狼男に変身したい!と強く思えばいつでもなれてしまうという、あまりにご都合主義の異形の存在。これがゲームなら、なかなかにチート。


こんなこと一体誰に相談すればいい。

誰が受け入れてくれる。

ただ、これを言ってしまうと元も子も無くなるが、さして困っている訳ではない。

このラインが絶妙で、悩みではあるが困ってはいない。

なぜなら、狼男になりたい!と強く思わなければいいだけなのだから。中2病的な言葉を借りるならば、ずっと能力を封印していればいい 。


キッカケはというと、二十歳を過ぎた頃に狼男の映画かなにかを見て、その時になれてしまった。以上。

なぜなれたのかも分からないし、なぜその時、狼男になりたい!と強く思ってしまったのかも覚えていない 。


若気の至りってやつか。
いや、何も至ってはいない。
悪いことはしていない。
どうせなれるならスーパーマンとかが良かった。

ただ事実として起こった。
ただなった。
狼男に。

当時の俺はもちろん、動揺し、悩み、泣き、もう死にたいとさえ思った。
だが、元に戻りたいとまた強く思えば戻れたし、日常生活に支障はきたさないので、自我さえ崩壊しなければ生きてはいける。

だが、悩みには違いないのだ。




そして今、俺から10mほど先の解体予定ビルの真上から“ガン”と低く鈍い音が聞こえた。

近くを歩いていた皆がその方向に目をやる。

鉄骨が勢いよく地面に落下していくのを確認する。

鉄骨の落下目測の地上には、なんと運の悪いことか。杖をついた老婆と、孫であろう幼い子供がまだ鉄骨に気づいていないようだ。

危ない!

逃げろ!


そんな声が聞こえる刹那、俺は覚悟を決めた。

狼男だとバレてしまったら、この先俺はどうなってしまうかなんて今は考えてる場合ではない。

考えるより先に狼を動かせ。

封印を解くなら今だ。

久々に強く、心の中でこう唱える。


“狼男になりたい!!!”

一瞬で突き出る口元、生え変わる体毛、着ていたシャツを突き破る筋骨隆々な肉体。

狼男のスピードとタフさは確認済みだ。

間に合え!間に合え!

ズシンと砂煙をあげながら、けたたましい音で落ちる鉄骨。



良かった。助かった。



そして辺りを見回すと、俺も含め、狼男だらけになっていた。


なーんだ。

みんなそうだったのか。

みんな隠していただけだったんだ。

悩んでて損した。

老婆にケガはないようだ。




鉄骨を弾き返し老婆を抱えた小さな狼男が、大きな狼男達から拍手を受けていた。







~文章 完 文章~

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