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短編小説『ネオシーダーを吸ってたのは誰だ?』
※今回はいつものショートショート小説ではなく、この物語はノンフィクションです。実在の人物・団体・事件と、すべて関係してます。
2023年10月9日に芸人の楽屋で起こった事件、事実を元に、ほぼそのまま小説にしてます。全部で三章あります。お楽しみください。ヒィア。
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『ネオシーダーを吸ってたのは誰だ?』
【第一章〜気になりだしたら止まらない〜】
これずっとなんの話やねん!もうええわ!どうも、ありがとうございました〜!
パチパチパチパチパチパチ
夏の暑さを忘れかけた10月のある日───。
JR新宿駅の東南口を降りてすぐの吉本劇場『ルミネtheよしもと』では、500人余りの客がお笑いライブを楽しんでいた。
“お笑いライブ”と一口に言っても、その内容は多種多様だ。
トークがメインのライブ、企画がメインのライブ、ネタとミニコーナーのライブ、芸人個人の単独ライブ、演劇的要素も取り入れたユニットコントライブ、などなど。
芸人は客に楽しんでもらえるよう様々な笑わせ方で日々、手を変え、品を変え、ネタを変え、板の上に立っている。
ライブの醍醐味はやはり、テレビやyoutube等でよく見る芸人や推しの芸人を、想像以上に近い距離で見れること。逆にまったく知らなかったがおもしろい芸人を見つけることができるのも、それもまた生の良さだろう。
この日のライブはその中でもシンプルな『ルミネtheよしもとネタバラエティ』。芸人が10組ほど立て続けにネタを披露していく通称“本公演”と呼ばれている吉本劇場でのメインライブ。
更に当該日は祝日ということもあり、予定していた3ステージはすべて満員御礼の大盛況。
出演者も千鳥やダイアン、2丁拳銃にCOWCOWと豪華なラインナップが劇場を笑い声で包み上げる。
そんな華やかなステージのさなか、楽屋でひっそりと───事件は起こった。
午前中からスタートした1ステージ目。出番順的には中ほどで出演したピン芸人、通称BKBことバイク川崎バイク。
BKBはこのライブの数日前から遠方の学園祭の出番や、サンシャイン池崎の単独公演のゲストなどが続き、酷使した喉への不安を抱えたままステージに立っていた。
盛り上げ芸をメインとして叫んだりするネタが多いため、喉を枯らしてしまうことがままあった。
とはいえ、そこは芸歴もある程度重ねてきたBKB。声を抑えながらも叫ぶ出し方に切り替え、さらにはルミネのマイクの音響性能の高さにも助けられ、なんとかトラブルはないまま10分の漫談を終える。
「ふ〜。おつかれした〜」
BKBは出番直後、舞台の袖で次の出番で控えていたレイザーラモンに、会釈をしながらそう囁いた。
するとレイザーラモンのRGがBKBに耳元で一言。
「BKB喉ちょっと調子悪い?」
まさか気づかれるとは思わなかったBKBは、そのRGの小声の指摘に驚いた。
「え?わかりました…?いや、ちょっと今、声出にくいんですがなんとかいけたと思ったんですが…」
「何十回もBKBのネタ見てきてるからな。些細な違いでわかるよ。まあでも、お客さんにはわからんけど俺らには少しわかる、くらいのレベルやけどな」
「マジすか。さすがっす」
数秒の会話を舞台袖で交わしてる最中に、レイザーラモンの登場の出囃子が流れ出す。
「あ、じゃ、バカやってくるわ」
「カッコええな」
そんなやり取りをしたものだから、BKBは残る2ステージの不安を少しでも取り除くため、劇場のスタッフに声枯れを和らげる常備薬の有無を確認した。
するとスタッフが「いいのありますよ」と、BKBに粉末状の龍角散を渡してくれた。
まだ初期の声枯れだったこともあり、本人も驚くほど喉の調子は戻った。
余談だが芸人は、通常ライブの楽屋での空き時間は、別の仕事や作業がない限り、近くの芸人と適当な会話を常にしている生き物である。(もちろん全員ではないが)
「さっきの、おはようございますの言い方、元気すぎません?なんかいいことありました?」
「そっちが先に元気やったからつられただけやん」
「あ、ちょっと大声で会話してたから流れでいいおはようが出たんですかね」
「なんや、いいおはようって」
「肌荒れ治ったんか?」
「治ってるでしょ、どう見ても」
「いや、首がもともと荒れてた人の首の色やないかい」
「色素沈着まで言うてくな」
そんな適当な会話が繰り広げられる中、BKBはふと先ほどの喉の話を喫煙所スペースで話し始めた。
「……でさ、さっき薬借りてんけどめちゃくちゃ効いたわ。すぐ買おかな」
「へ〜、あ、喉調子悪いんすか」
話相手は同じくライブに出演していた、BKBよりは後輩にあたるオズワルド伊藤とトレンディエンジェルたかし。
「でもタバコもこんなときは我慢したほうがいいのに芸人のダメなとこよな」
「確かにね」
「そういや、なんか少し前に喉にいいタバコみたいなの流行ったよな?」
「あーーーー……。あれか、ネオシーダー!」
「そうそう!ネオシーダー!ちゃんと薬局でしか買えないんよねあれ」
ネオシーダーとは、薬局のみで取り扱われている薬であり、見た目はタバコと同じで、喫煙習慣のある人用の鎮咳・去痰薬。ニコチン・タールをわずかに含むため、一昔前、喫煙者の間では話題になった。
「てかタバコやのに喉にいい、って矛盾が訳分からんよな。あと、ちょっと匂いキツいねんな」
「ルミネでだいぶ前に大山英雄さんが吸ってて、誰か楽屋で大麻吸ってる?みたいなりましたね」
「なんでそもそも大麻の匂い知ってんねん」
「あと三浦マイルドさんも吸ってましたよね」
「なんでネオシーダー吸ってる人詳しいねん」
またもそんな適当な会話をしているとそこに、この事件の発起人となる、おいでやす小田が通りかかった。
「ネオシーダーの話してる!?」
開口一番、このメンバーの中で最も先輩芸人でもある小田が思いがけずネオシーダーに反応してきたため、周りの後輩芸人も返す刀で応答する。
「いきなりネオシーダーに食いついてくるの珍しいすね!」
「いや、ネオシーダーな。最近なんかあったんよ」
「最近ネオシーダーでなんかあることあります!?」
思えばここが、運命の分かれ道だった。
この小田のネオシーダーの食いつきに、周りの芸人が食いつかなければ、あのような悲劇は起こらなかったはずだ。
だが、一度回りだした歯車を止める術は誰も持ち合わせてはいなかった。
この後、待ち受ける悲劇を知らない小田は饒舌に続ける。
「ええと、確かさ、半年前くらいやったかな。喉の調子悪い芸人がおって、そいつが音響さんに頼んでマイクの音量とか上げてもらったりしてんて」
「はいはい。声が通りやすいようにね」
「そう。で相方にも喉あんまり使わんネタに変えてもらったりしてさ、少し迷惑をかけてもたと」
「なるほど」
「んでそいつが、喉は治したい、でもタバコは吸いたいからネオシーダー吸っててんけど。それを音響さんとか相方に、“喉悪いのにタバコ吸ってるやつ”と勘違いされたくないからコソコソ吸っててん。……わーーーーー。あれ誰やったけ……?!思い出されん。気になるわぁぁ」
「気になりますねそれは」
「思い出してくださいよ絶対」
「ヒントはないんですか?」
客観的に見れば恐らく、なにも気にならないだろう。「思い出せへんわ」「どうでもいいすよ」で終わる話だ。
しかし、ここは芸人の劇場の楽屋。ましてこの日のステージ合間の空き時間は、たっぷりとある。
小田周りの数人の芸人は“ネオシーダーを吸ってたのは誰?”の話題で持ち切りとなっていった。
「後輩ですよね?」
「それはそう」
「関西?関東?」
「いや、話してた距離感的には関西やけど、確定ではない」
「漫才師?コント師?」
「たぶんコントかなぁ。マイク音上げるとかやし」
「ななまがり?」
「違うかと」
「すゑひろがりず三島?」
「わ、違うけど近い気がする」
「ロコディ兎?」
「あーー、近いけど違うか」
「シルエットぽっちゃりてことすか?」
「んーー、かもなぁ。なんかな、確か移動のバスでその話しててんけど、相手のシルエットが大きめやった気がするのよ」
「移動のバスとは?」
「お笑い祭りのライブとかの」
「そこに出てるってことはそれなりの知名度と芸歴すね」
「そうねー。あと、めっちゃ後輩とかではないかと」
「プラマイ岩橋さん?」
「いやぁぽっちゃりやけど、漫才やしなぁ」
「インディアンス田渕?…も漫才か」
「せやな。シルエットは近いかもやけどな」
「コント師は確定?」
「いや、どうやろ」
「空気階段もぐら?」
「距離感とシルエットは近いけど、やっぱ関東芸人ではないような…」
「三浦マイルドさん?」
「ピン芸人ではないと思うねんなぁ」
「大山英雄さん?」
「絶対ちゃうやろ」
「てか、これね小田さん。正解出たら、そいつや!ってなります?」
「多分……」
「多分かい」
このような、正解に近づいているのか、いないのかもわからない時間が延々と続いた。
「なんの話すか? 」
そこに、通りかかったフルーツポンチ村上も合流。皆が村上に、端的にここまでの経緯を説明すると村上が一言。
「それはめちゃ気になるなぁ」
なぜ気になるのか。当然のように人物を探り出す村上。
「今のとこ、手がかりはぽっちゃりすよね?えーと……もぐらは?」
「それは言った」
「兎?」
「それも出た」
「マヂラブ村上?」
「あーー。シルエットは近いような……」
重複の会話も苦にもならない芸人達。
皆で数十組の芸人の名前を出したあたりで、オズワルド伊藤が「俺、エックスでつぶやいて探りますわ」と人海戦術を提案。
合わせてBKBも、ヒントとなるぽっちゃりなどの犯人像(なぜか皆がいつのまにか当該人物を犯人と呼び出していた)をエックスで拡散。
同時進行で小田はネットで“よしもと芸人リスト”を検索し、とにかく芸人の名前を目に焼きつけピックアップしていく。
数時間後には「小田が気になっているのは誰?」と小さなネットニュースにもなっていた。
途中、しずる村上や、2丁拳銃の修ニも噂を聞きつけどんどん仲間も増えていった。
だがしかし───。
「これは……長期戦や」
小田の、半ば諦めにも近いその言葉が楽屋にこだました。
それもそのはず。吉本の芸人は確かに何千人とも言われていてそこから探すとなると途方もない作業に感じるが、小田と同じライブに出れる立ち位置の芸人ともなると限られてくるはずだった。
これは砂漠から指輪を探す作業ではなく、ある程度限りがある数の石ころを裏返していけば答えは出る作業、のはずだった。
しかし出ない。
出ない。
答えは出ない。
時計の針は夕方の17時をまわっていた。
優に5時間以上、ネタ出番の合間とはいえこの話題を続けている真剣な(暇な)芸人達。
フルーツポンチ村上は次の仕事があるため、劇場を出なければならなかった。
「ちょっと、気になりすぎるんで、わかったらラインくださいよ?」
「わかったわかった。今日中は無理と思うけどな」
軽いやり取りをしつつ、しかし名残り惜しそうに、関わった他の芸人達も劇場を次々と後にしていく。
そんな中、BKBとトレンディエンジェルたかしは出番が後半だったことと、その日の仕事はルミネ出番だけだったこともあり、劇場に残っていた。
「これもう今日はわからんままなんかな」
「なんでこんな気になるんでしょうね」
「小田さんがめちゃくちゃ気になってるからやろな」
「そうすね。あ、BKBさん、飯でも食って帰ります?」
「せやな」
二人が楽屋で総括的な会話をしていると、小田が帰り際「今日はおつかれ。ごめんないろいろ。またな」と声をかける。
たまらずBKBが「マジ気になりますわ!全部小田さんのせいすよ今日。ははは」と軽口を叩いた。
言われて、帰ろうとしていた小田がパイプ椅子に腰をかける。
「いや、ほんまなぁ。申し訳ない。なんか。みんな巻き込んで」
「巻き込んでってほどのことはなにも起こってないすけどね。……てか関西芸人かもってことは、これ大阪とかでの出来事ではないですよね?」
「大阪……関西……」
「お?なんか思い出しました?」
「……あっ」
「え?!なんすか!」
「待って待って。これ似たようなの思い出した」
「似たようなのとは……?」
突然の小田のその発言に食いつくBKBとたかし。
なんでもいい。なにか展開があるなら見せてくれ。そう言わんばかりの二人に対して小田は続けた。
「二ヶ月くらい前……京都……祇園花月の出番のときに喉痛めてた芸人がおって」
「ほうほう」
「で、そいつと薬局行ってネオシーダー買いにいったんよ」
「ネオシーダー買いにいったんすか!?」
「そうそう!で、ネオシーダーまだ買うやつおんねやみたいなって……うわーーー…誰やったかなーーーー」
「……え?」
「…思い出されん」
「嘘でしょ…?」
「気になる……」
「えと……それはちなみに……今日ずっと話題なってる芸人とは……?」
「別人や。だってそっちは半年前くらいやし。この祇園は二ヶ月くらい前の夏やったし。誰やったかな〜?」
小田が、ネオシーダーを吸ってた人物が気になりだして6時間がたったころまさかの───犯人二人目、追加。
【第一章 完】
*****
『ネオシーダーを吸ってたのは誰だ?』
【第二章〜二人目はこいつだ〜】
「いやあ、まさか増えるとはね」
「ほんまそれ」
「小田さん、マジええ加減にしてもらえます?」
「これ犯人わかったら、俺らに教えず、ライブで発表してくださいよ」
「たかし、それはさすがに。ははは」
「できますよ。ネオシーダー吸ってそうなやつ集めて、ネオ狼!」
「そんな人狼みたいな?」
「それかけっこう展開あるんで俺が小説にしますわ」
「バイクがしてくれるならええけどさあ。はは……あ、肉もうちょい焼いてそれ」
「けっこう焼くタイプなんすね」
あれから、小田BKBたかしの三人は、劇場近くの焼き肉屋に来ていた。
一日の終わりかけに、招かれざる二人目のネオシーダーが現れたこともあり、さすがにこのままでは帰れないと、小田が焼肉屋でご馳走をかねた捜査の延長を提案したのだった。
「まとめると……初めの半年前の人は、バレないようにコソコソとネオシーダー吸ってて、バスで話してたシルエットイメージはぽっちゃり、の後輩なんすよね」
「で、夏に京都で薬局でネオシーダー買ってたのがええと……それも小田さんの後輩ですかね?」
BKBとたかしが、ここまでのまとめを小田に確認した。小田も状況を整理しながら、それに答える。
「せやな。主犯格は、うん、ぽっちゃりの後輩のはず。多分やけど。で、祇園のほうも一緒に薬局行くくらいやから近い距離の後輩のはず……」
小田は、半年前にネオシーダーを吸ってた人物を“主犯格”、夏に京都祇園で薬局でネオシーダーを買った人物を“祇園”と呼び始めていた。
なにも罪を犯してはいないのに、主犯格呼ばわりされている主犯格の心中は察するに余りある。
さらに小田は自ら状況を整理する。
「夏の祇園花月の出番のときやったから、こっちのほうが先思い出せるかもな。最近のことやし」
「それは後輩は確定でいいですか?祇園て先輩も割といるし」
「ええと……うん。あ!」
「え?!なんすか!」
「俺も薬局でヘパリーゼ買ってん!それで、ヘパリーゼ買うついでにネオシーダー代も出したろか?って言ったら、いやこれはさすがに自分で買いますって断られた。俺が奢ろうとしたってことは……後輩や!」
「おーー!!ヒィア!」
「すげーー!!!」
小田のクソ考察が成立して盛り上がるBKBとたかし。
そもそもここまでエピソードは覚えてるのに、同席した人物を忘れてしまってる危うさはいったん気づかないふりを全員がしている。
「じゃあまずは祇園からあぶり出しましょう。祇園でそういうの一緒によくいくのは誰ですか?」
「祇園なら、より限られる。薬局行って、昼飯とか行くくらいの仲やから……アキナの二人、守谷日和、金属バットとか……なんかアキナの山名な気がしてきてる」
「これはもう山名に電話しましょう」
「いや、えー、悪いやろ」
「いや、仕方ないですこれは。もう話を進めましょう」
幸い、アキナ山名とBKBは芸歴が同期ということもありなんでもない連絡もできる仲、さらに小田絡み、直接連絡という手段にいきつくのは容易かった。
「じゃ、かけますね」
BKBがライン通話をスピーカーマイクにして山名に電話をかける。
───♪ティトテティトテンティトティテン
『…はいはーい?』
山名が、特に忙しい素振りも出していない声のトーンで電話に出た。
「ヒィア。ごめんな急に」
『全然全然、どしたバイク?』
なんだかんだネオシーダーの話題を出してから7時間余り。初めての外部の情報、さらにはスピード解決を期待した焼肉屋の三人は、心が踊った。
BKBが素早く細かく状況を説明する。
芸人はこういう訳が分からない突然の電話には慣れているので、空気を察して無駄なことは言ってこない。じっと聞く。察する能力が高い。ゴールまでは簡潔となった。
「……てことやねん。ずばり───この薬局のネオシーダーは山名?」
『ぜんっぜん俺じゃない』
徒労だった。いやこれを徒労とは呼ぶまい。
祇園は山名ではない、という答えは導けたのだから。
「ほんまに?!」
堪らず小田が横から入っていく。
『ほんまっすよ。それが俺やったらさすがに覚えてますよ小田さん。ネオシーダーなんか珍しいヤツ、一回買って吸ってたら忘れないですって』
その珍しいヤツを吸ってた奴をすべて忘れてしまっている小田にとっては、手厳しい意見を言われたところで電話は終わった。
「ふりだしに戻った……ってやつやな」
そもそも、ど忘れをしているだけの小田がベテラン刑事のようなセリフを吐く。
すると、肉を焼きながら会話していたたかしが、さらっと妙案を言った。
「てか、祇園花月って月に一回とか二回くらいの出番でしょ?劇場スケジュールわかったら、その日出てた芸人の中に絶対いますよね?」
確かにその通り。祇園花月のライブ、夏の7月から9月、出番はおそらく5回前後、昼飯に行く関係。おのずと数は絞られる。
「それや!あ、でも祇園の過去のスケジュールってもうわからんのか」
劇場のスケジュールというのは、終わればホームページから消えていく。検索してもなかなか過去の通常の本公演は調べにくかった。
するとBKBが、腕をまくりながら言った。
「禁じ手出しますわ」
「禁じ手?」
「祇園花月に仲いい社員さんいるので、小田さんが出てた過去スケジュール調べてもらいましょう」
「おお!」
芸人と社員の関係性などは人により様々だが、イベントライブなどをしてたりすると、連絡がしやすい社員も一定数存在する。
「さすがに電話はあれなんでラインで送りますね。ええと……突然すみません、小田さんの7月〜9月の祇園出番スケジュール分かりますか?送ってもらえればありがたいです……と」
社員からすれば、本当に突然のサービス残業だ。
───ピロリン
「きた!返信はや!」
「きたか!」
「松村さんマジいつも返信早すぎて怖いんですよ!」
「そうか!怖いな!」
祇園花月の社員である松村からの、ありがたい即レスにテンションがあがり、妙な文句も入れ込む一同。
松村《いけますよ!ネオシーダーのやつですか?笑》
まさかのラインの文面。ここまで話が早いことがあるのか。驚愕する小田BKBたかし。
「松村さん、ぜんぶ把握してくれてます!」
「伊藤のつぶやきのおかげや!」
オズワルド伊藤が、数時間前にエックスで募った人海戦術が、ここで生きた。松村からの迅速なレスポンスは続く。
松村《僕もそれ気になってました!笑 調べてすぐ送ります!》
BKB《すみません!お手数かけますす!》
松村《7月8日
大木こだまひびき/笑い飯/5GAP/おいでやす小田/プラスマイナス
8月18日
ハイキングウォーキング/西川のりお・上方よしお/シャンプーハット/守谷日和/おいでやす小田/アキナ
9月24日
桂小枝/矢野・兵動/おいでやす小田/もりやすバンバンビガロ/アキナ/20世紀》
松村《この3日間ですね!怪しいのは20世紀とかですかね?》
こんなどうでもいいことにしっかりと反応してくれて、ついでに自分の推理まで入れ込む社員松村に、感心しながら焼肉をほおばる三人。
「完璧やな」
「すごいすね」
「20世紀ではないけどな」
「そうなんすね」
一瞬で松村の推理は否定されたが、この有益な情報から祇園のネオシーダーを確定するのはもはや時間の問題だった。
「確かに、アキナとか守谷とかいるけど……どうすか小田さん?このメンバー見て」
「……岩橋や……。岩橋やぁ!!」
「プラスマイナスの!?岩橋さん!?え!出た?!祇園答えもう出た?!」
情報が揃うと、さすがの記憶力ぶち壊れてやす小田も思い出したようだ。
「めっっっちゃめちゃ思い出した!岩橋と飯行って薬局行ってヘパリーゼと……うん!間違いない」
「一応確認の電話します!?」
「いや、せんでもええくらいやこれは。……いや、でも一応しとくか」
「そうすね。裏はとりましょう。もう小田さんの記憶なんか誰も信用してないんですから」
「そうやな。山名も70%くらいの確率で、山名やって思ってたからな」
「やば」
「岩橋さんは100%なんすね?」
「99%」
「なんやそれ」
今日一日で、小田の記憶だけで判断するのは危険となり、関係性もある岩橋に小田自ら電話をかける。
───♪ティトテティトテンティトティテン
『もっしもーし。どないしまいた兄さーん? 』
岩橋もまたスムーズに電話に出た。
もう祇園のネオシーダーは解決に向かっていた。
小田も申し訳なさそうに、簡潔に岩橋に説明をする。
「……てことやねんけど、これさ……」
『はい!それは俺です〜』
「そうかあ!やっぱり!」
「おおおおぉぉぉ!」
この日初めての解決らしい解決に、一番の盛り上がりを見せる。このタイミングで明言することでもないが、この焼肉屋は個室である。
「岩橋ありがうな」
『いえいえ、全然〜』
「またゴルフ誘うわな」
『待ってます〜』
サラリーマンのような電話の切り方をした小田は上機嫌だった。
「岩橋やった。スッキリした〜」
「まあ、これこそやっとふりだしに戻っただけすけどね。ははは」
「確かにな。そもそも祇園の犯人は、増えただけやしな。はは」
そう。
まだ当初の謎である“バスで話したネオシーダーをコソコソ吸ってたぽっちゃりの主犯格”はまだなにも解決の糸口は見えてはいない。
しかし現場は間違いなく、なにかが進展した空気が充満していた。
BKBとたかしが、小田にここまでの状況整理を促した。
「ええと、祇園は岩橋さんでしたが、半年前の主犯格のほうも岩橋さん、てことはないですよね?」
「それは絶対ない」
「なぜ?」
「だって昼間にルミネで何十組も芸人の名前出してもらってたとき、プラスマイナスも言ってたよな?」
「言ってた。割と早めに言ってました」
小田と仲がいいぽっちゃりの後輩、という線で確かに岩橋の名前はルミネでも早々に出ていた。
「そこでまったくピンときてないから別やわ」
「でも祇園ではすぐにピンときてましたよね」
「それはそうやん。あのルミネのときは半年前のバスでの記憶をたどってた。祇園は薬局に行った記憶をたどってから。ルミネのとき、祇園のネオシーダーのことはまだ思い出してもなかったから」
「まあそうか……。あ、でも一応、岩橋さんに後ででもいいので、音響さんとか相方にバレんようコソコソとネオシーダー吸ってたか?も聞いててもらっていいですか?」
「なんで?それは半年前の主犯格のほうやろ?」
「いや、人間の記憶ってごっちゃになるんで色々。ネオシーダーという共通点がなんかごっちゃにしてる可能性も」
「まあそうか。オーケーオーケー。聞いとくわ」
「じゃ、ここまでを、軽くグループラインに報告しときますねー」
実は、ルミネでこの話題で盛り上がった主要メンバーのグループラインをBKBがつくっていた。
芸人はこういうノリのグループラインをつくることがたまにあるが、数日で動かなくなり、誰もなにも言わないお化けグループラインが山程あったりする。
メンバーはおいでやす小田、BKB、トレンディエンジェルたかし、オズワルド伊藤、フルーツポンチ村上の5名。
グループ名はそのまま『ネオシーダーを吸ってたのは誰?』となった。
BKBがまずメンバーに進展をラインで告げる。
BKB《朗報です。祇園花月のほうの、ネオシーダー吸ってた後輩わかりました。それは……》
「犯人は小田さんが自分で打ってください」
「わかった」
小田《二人目発覚しました》
たかし《ドキドキ…😍》
伊藤《ごくり》
村上《お!》
小田《プラスマイナス》
村上《どっち?》
小田《岩!橋!でした!!!!!》
伊藤《!?!?本来探してのが岩橋さん?》
BKB《いや、それとは別!祇園が岩橋さんてわかっただけ!ふりだしなっただけ!》
伊藤《なるほど!別に気がついたら一歩もすすんでなかったんですね》
そんなやりとりでこの日は終わった───。
「いったい今日ってなんやったんやろな」
「なんなんでしょうね。でもなんか楽しかったすよ」
「まあ楽しかったな」
「肉ご馳走様でした」
「主犯格見つかるのはいつになることやら」
「ほんまそれすね。わかったら教えてくださいよ」
「せやな。おつかれ」
なぜかある種の満足感を得た焼肉屋の3人も、軽く会話を交わし互いを見送り、家路を歩く。
正直ここからのさらなる展開は、当人達も期待してはいなかった。
しょせん楽屋の話題なんてすぐに風化するものだし、このメンバー全員がまた偶然どこかで集まることもそんなにないだろうし。
そして次の日の正午を過ぎたころ。
ネオシーダーを吸ってたのは誰?のグループラインに、一件のメッセージが鳴った。
───ピロリン
小田《すみません。すべて思い出しました》
【第二章 完】
*****
『ネオシーダーを吸ってたのは誰だ?』
【最終章〜解決〜】
小田《すみません。すべて思い出しました》
突然の小田からのメッセージ。
伊藤《こんな急に!?》
すかさず伊藤が返信をする。ちなみに小田がメッセージを送ったのが13時9分。伊藤が返信したのが13時9分。
ラインならではの爆速の展開が始まっていた。
BKB《え!?どうします?答えもう聞きます!?》
やや数分遅れでBKBも参加。小田が続けて答える。
小田《真犯人わかりましたが、わたしはとんでもない勘違いをしてました。どうしよう、、、》
もっとも先輩である小田の敬語で不安な物言いから、皆が、これはどうやらとてもよくない結末なのでは?という不穏な空気がグループライン中を漂っていた。
BKB《どんでん返しあるなら小説にしますよ?》
伊藤《最後のページ気になりすぎる》
小田《どんでん返し、、にはなってないと思う。多分みんなに怒られると思います、、》
伊藤《そんなやつはいなかったはないですよねさすがに?》
BKB《あるいはそもそも芸人じゃなかったとかもないですよね?》
たかし《ネオ狼ライブやりましょう!》
小田《芸人じゃなかった、はない。ネオ狼ライブはきびしいと思う、、。そんなやついなかった、は微妙かな、、》
テレビなどのイメージとは程遠い、憔悴しきった小田の返信は続いた。
小田《どう説明していいかわからんのよ。答えすぐ言うかどうかも、、、バイクにだけ電話して判断してもらっていい、?》
BKB《了解です!今から電話いけます!》
伊藤《待ってます!》
たかし《わくわく😍》
村上《ドキドキ!》
この小田の提案にひとまず皆がのることになった。
説明がこのライングループ上で難しい理由としては、昨晩の焼肉屋での、祇園の細かい経緯などがわかっている人物ではないと、グループラインで説明するのは長くなりすぎると判断したから、とのことだった。
さて───ここからいよいよこのどうでもいい話の解決編となる。
小田とBKBの電話での会話を、できるだけそのまま書き記したいと思う。
「……あ、もしもしバイク?」
「ヒィア。小田さん昨日は焼き肉ご馳走様でした。それで?」
「いや、なんて説明したらいいのか」
「早い話、主犯格は誰なんですか?」
「それはわからんのよ」
「え?わかったんじゃないんすか?」
「あの、これはほんまに俺がヤバすぎる話やから、落ち着いて聞いてほしいねんけど」
「それは大丈夫す」
「岩橋にさ、昨日夜電話したんよ」
「はいはい」
「ほら、バイク達が言ってたやん。コソコソとネオシーダー吸ってたかどうかも一応聞いたほうがいいって」
「そうすね」
「で、聞いたらさ、コソコソ吸ってたし、マイクも音あげてもらったし、喉のためにネタも相方に変えてもらったって」
「え?マジすか!それ半年前の主犯格のバスでの話じゃないですか!?」
「せやねん。バイク達の言った通りごっちゃになっててん」
「ええと、でもそれだとおかしくないですか?バスのぽっちゃりのシルエットの後輩と、岩橋さんがまったく同じ話してたってこと?ん?そもそもバスが岩橋さん?」
「ええと……バスは岩橋ではない。なんせ、今回の話はな、夏の祇園の岩橋の話がすべてやったわけよ。コソコソ吸ってたのも岩橋。ぽっちゃりも岩橋」
「いや、それだとだから、バスのぽっちゃりは……?」
「ここからの話はな、ほんまに俺がヤバいだけなんやけど……」
「ずっとヤバいんで大丈夫です」
「憶測にはなるし重ねて言うけど……喉を痛めてた、だからネオシーダー吸ってた、コソコソ吸ってた、これは全部岩橋で」
「はい」
「その祇園での夏の記憶から、岩橋、という人物だけが抜け落ちてしまってた」
「はいはい」
「で、で、半年前のバスはな、多分やけど、喉痛めてた後輩と、喉痛めてるからコントしにくいんですよ、くらいのなんでもない会話をしたから」
「はい?」
「そのバスでの会話の記憶と、コソコソ吸ってたネオシーダーのやつ、を俺が勝手にくっつけて混同させただけやねん」
「いやいや、え?だからバスは誰なんですか?」
「それはもう永久にわからん。だってなんなら、ネオシーダーの話もバスでしてないから多分。喉痛めてるだけの話なんかどこでもするし」
「待ってください。じゃあ、まとめるとですよ。【祇園で、誰かは忘れてたけど、結果岩橋さんのネオシーダーのコソコソ吸い記憶】があった小田さんが、【半年前にバスで喉の話だけをした誰だかは忘れた後輩との記憶】が、なぜかごっちゃに足されて、今回のルミネで発端ともなった【半年前にコソコソとネオシーダー吸ってたやつ誰やったけ?】に───すり替わったと?」
「……ほんまごめん」
「なんやこの話」
「あ、でもな」
「はい?」
「もう誰かはわからんしどうでもいいけど、半年前のバスの後輩も、岩橋くらいぽっちゃりやったと思う」
「ああ……だからより、ごっちゃになったんですね。うん。どうでもいいすね」
「そやねん、ほんまこれグループラインじゃ説明も長くなりすぎるし、小説にしてくれるならそれでも……」
「小田さん」
「ん?」
「ずっとなんやったんすかこれ!ははは
!」
「ほんますまん!ぎゃははははは!!」
ここで電話は終わった。
まだこの結末を、グループラインのメンバーは知らない。今からこの小説をグループラインに貼り付けて、結末を知ってもらおうと思う。
おいでやす小田の「気になるわ〜」から始まったこの物語はここで終了。
───いや、これずっとなんの話やねん!もうええわ!どうも、ありがとうございました〜!
パチパチパチパチパチパチパチパチ
【最終章 完】
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