ショートショート63『ひとりごとごと愛してる』

俺はひとりごとを言う。

かなり言う。

らしい。

らしいというのは、その、つまりあれだ。
本来、ひとりごととは無意識に言うもので、
言った瞬間は無自覚で、
たまたま聞かされた相手は無関心で。

けれど、そのひとりごとの内容次第では、聞かされた相手もおよそ無関心ではいられなくなる。

そうなると、ひとりごとを言ってしまったことに初めて気づかされる。

ーーーこの前のひとりごとは恥ずかしかった。

ショッピングモールのエレベーターに乗っていたときだ。

もうここで勘のいい人なら気づいたとは思う。そう。まずエレベーターでひとりごとを言う時点で恥ずかしレベル高め。


雨が降っていた。家を出るときは降っていなかったのに。そのエレベーターは透明ガラスで外が見えるタイプで。したたるほど降っていた。

俺は心の中でこう呟いた。


“おいおい。まいった。天気予報さんよ。裏切りやがって。洗濯物どうしてくれんだよ。”


ここまではいい。
心の中。
普通だ。


“ったく。こんなこと多いんだよな俺。いつもこう。うまくいかない。”

ここもまだいい。
雨ごときでネガティブすぎる感もあるが。
心の中。
問題はここから。


“こんなときにやり直せるタイムマシンでもあったらなあ。タイムマシン。ドラえも~ん”


「ドラえも~~ん」


これ。このひとりごと。これはまずい。恥ずい。

エレベーターには俺以外にカップルや家族連れがいた。

平和な密室で、突如こだまする成年男性からの「ドラえも~~ん」


目もあてられない。耳もあててほしくない。


普段は無自覚のひとりごとなので、言ったことすら気づいてないこともままあるが、エレベーター内の人間全員がしっかりと同じタイミングでこちらを一瞥したものだから、さすがに気づかされる。

あ。みんな見てる。
てことは…
俺、ひとりごと、言ってしまってたんだ。
なんて言ってたっけ。
無自覚を瞬時に掘り起こして、耳に残っているワード。
ドラえもん……か……さ  い  あ  く。


てな具合に、言ったセリフは状況によっては思いだせる。

カップルはそこからお互いに目を合わせあい、口角をニヤリとあげている。エレベーターを降りた後のカップルのミニトピックス確定。

家族連れは冷静を保ってくれてはいるが、お母さんと手を繋いでた子どもだけはずっと俺を見続けている。目をそらさない。この大人はなぜ突然ドラえもんと言ったのだろう。どこかにいるの?いるならボクも見たいよ!ねえ!どこ!?のび太お兄さん!そう言わんばかりに。

ーーーこんなこともあった。


ある日、コンビニでハイボール4本とカニかまをレジに運んだ俺。
仕事が一段落ついた俺は、久々に今日はゆっくり飲めるぞ、というまさにテンションもハイボーイだった。

おそらく、その感覚がまずかった。

店員さんが機械的な表情と動きで支払いを促してくる。俺はなんとも言えない気持ちになった。

“ああ、俺は今から好きな酒を飲んで好きな映画を見る。でもあんたはずっとここで過ごすんだな”


レジにいる、あきらか年上の年配のおじさんに対して、なんともいたたまれない感情が沸き起こった。


“ほんとは飲みたいだろうなあんたも。すまんなおじさん。お先に一杯やらせてもらいます”


「お先に一杯やらせてもらいます」


なんてこった。
なにを店員さんに言ってるんだ俺は。
知らねーよ。
てめぇがお先やるかやらねえかなんて。
約束もしてねえし、勝手に飲めよ。

そう思われただろう。
ああ。恥ずかしい。

ーーーそして、ついにはこんなことが。

彼女が家に泊まりにきていた。

つきあって二年。彼女といると心が安らぐ。

感情の起伏が大きめで子どもじみた一面もあれば、大事なところではしっかりと冷静な大人な一面も持ち合わせている。正直、俺にはもったいない人だなと、本当にそう思っている。


そんな彼女が、久々にドラえもんの映画が見たいと言いだした。『ドラえもん~のび太と鉄人兵団~』を見ながらハイボールを飲む俺たち。

このアンバランスさも幸せの一つ。

劇中のヒロイン、リルルとのび太の再会に泣きだした彼女に対して、俺は心の中でつぶやく。


“かわいいなおい。この歳でドラえもんで泣いてるよおい”


泣きながらハイボールの缶のプルタブをプシュッと開く彼女。


“プシュじゃねえよ。はは。今はリルルに集中しろ。ははは。”


急に眠気が襲ってきたのか、うとうとしだす彼女。


“いや、忙しいな。泣いたり飲んだり寝たり。サイコーだわ。見てて飽きない。ずっと一緒にいたいわ。結婚でもするか”


「結婚でもするか」


ん?
…嘘だろ。
まさかこんな大事なことをひとりごとで。
これは口をついた瞬間に言ったことに気づいた。

こんなひとりごとは、流石にダメだろ。

俺は自分のひとりごとの多さに、もちろんコンプレックスを抱えていた。

恥ずかしくなる瞬間が人より多い。

無意識だから減らすことも難しい。

彼女は、そのことを受け入れてくれた。

とは言うものの、俺のひとりごとに対して「なに?今のひとりごと?」であるとか、「またひとりごと言ってたよ」であるとかの受け入れ方ではなく。

コンプレックスを少しでも和らげるために、二人でいるときは俺のひとりごとに対して『できるだけすぐに会話をしてくる』という斬新な受け入れ方を身につけていた。

「ドラえも~~ん」

「……いや、似てない似てない。ドラえも~~ん。こうでしょ?」



「お先に一杯やらせてもらいます」

「……え、気が早いな。わたしも飲むんだから、先には飲まないでよ」



「結婚でもするか」

「そうだね。しよう」





ありがとう。


ひとりごとごと、愛してくれて。





~文章 完 文章~


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