ショートショート43 『キャバクラなんて二度と』
へえ。
こんなところにもキャバクラがあったのか。
どうしよう。昔一度、無理やり同僚に誘われて行った以来だ。あの時は全く盛り上がらなかった。苦手だ。
男はそんな事を思いながら、目の前にある、煌々と輝くネオンの光に吸い込まれていいものか否か迷っていた。
不器用ながらも真面目に生きてきた男にとって、とにかく場違いな場所という印象だった。
本来、そんな人間にこそスポットが当たるはずの場所だと思っていた男は、初めて行った時も、酒の力も手伝って盛大に楽しんだ。
楽しんだのだが、その“かかりっぷり”に反比例するように場が盛り下がった記憶がある。
というのも、男はおしゃべりが得意ではなかった。自覚もあった。特に酔っぱらうと、余計につまらないことを口走ってしまうようだったのだ。
おそらくそれが当時、場を盛り下げた原因だったと分析するには至ったが、もはやトラウマとなり反省し、二度と行くまいと誓ったキャバクラ。
男だし、興味がない訳じゃあない。だが、わざわざ傷つきに行く必要もない。
若い女の子も、自分みたいな本当につまらないおじさんに向ける愛想笑いは持ち合わせてはいないはずだ。あの日以来、お酒すらも控えた男。人様に迷惑をかけることを嫌う男は「やめとこう」とポツリ。踵を返したその時、お店の入口から白いスーツを着たボーイに声をかけられる。
「お客さんですね?迷ってらっしゃるならどうぞ」
「いや、僕は…そんな」
「後悔はさせません。必ず」
「いや、そうですか」
真っ直ぐな目でそう促された男は、あっさりと入口に吸い込まれていった。
ボーイの、男に対する純粋な目。嘘をついているようには思えなかった。もしかしたら楽しめるのか。そんな淡い期待が男の頭をよぎる。
店内に入ると、それはそれは華やかで、自分が過去に訪れたキャバクラなど足元にも及ばない絢爛豪華な景色が広がっていた。
男はやや緊張しながら、座り心地のいい椅子に腰をかけていると、ほどなくして、これまた心地のいい天使のような笑顔の女性がやってきた。
「こんばんわ~いらっしゃいませ~。あれ?お客さん、こちらは初めてですか?」
「あ、ああ。そうなんですよ」
「そうなんですね。今日はゆっくりと楽しんでいってください」
「いや、ああ」
「どうかされましたか?」
「いや、少し緊張して」
「そんなそんな。大丈夫です。何も気を使わなくて結構ですよ。せっかく来れたのですから。何を飲みますか?」
「まあ、はい。そうですね、じゃあビールを…」
男は楽しんだ。
周りの女性もボーイも男を楽しませるために最善を尽くしてくれていた。
男のたわいのない軽い世間話から、興味も無いであろうこれまでの人生の話。何でも聞いてくれたし、こちらが黙るとすぐ気のきいた話題を提供してくる素晴らしい接客。
楽しんだ。飲んだ。楽しんだ。飲んだ。
そして男は酒がまわりにまわり、案の定。
「いやあ、楽しい!嬉しい!マンモスウレPだよ!」
「また、ここに来ちゃっても、だいじょーV!?」
「飲みすぎかな?許してチョンマゲ!」
「あなたチョベリグチョベリグ!ほんと困ったちゃんだねえ!ホの字だよ!」
男は全開だった。
あの時のトラウマを忘れたのか。
それはそれは、ひどいものだった。
もう、つまらないつまらない。
とにかく、つまらない。
だが、あの時のようにはならなかった。
「嬉しい!私もマンモスウレPだよー!」
「あははは!サイコー!おじさんサイコー!」
「いくらでも飲んでだいじょーV!あははは!」
「もう流石!絶対また来てほしい!」
なんなんだここは。
酔っぱらいながらも男は時折、我に返り、自分のハマリっぷりに驚きを隠せなかった。
つまらない自覚はある。勘違いはしない。
だが、皆、心から楽しんでくれているように思えた。男も、心から楽しかった。
「じゃあ、そろそろドロンするか」
最後にまた、つまらない台詞を吐き、男はボーイにお会計を促した。
するとボーイは、驚くべきことを口にする。
「いえいえ、お代は結構でございます。またいつでもお越しください」
男は目を丸くしながら、白いスーツを着たボーイに声をかけた。
「いやいやすごいですね。死後では死語も受けいれられるし、お金もかからない。流石は天国。ありがとう」
真面目に生きてきて良かったな、と男は思うのであった。
~文章 完 文章~
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