町の灯
どんなところにでもブラジリアン柔術ってあるんです。
柔術が好きな人が二人でも集まればそこにあるんです。
近くに柔術道場もない田舎に住んでる僕たちは公共の柔道場に集まってブラジリアン柔術をやってました。
夏は暑くて冬は寒い。エアコンもシャワーもない武道場。
なぜか1年分、すでに予約を取っている柔道倶楽部や合気道倶楽部の人たちの活動の時間の合間をぬって練習をしてました。
柔術って何それ?そんなことを言われながらもメンバーは増えていき少しずつ僕たちの町にもブラジリアン柔術の火が灯っていくのを感じました。
手作りのホームページとSNSで宣伝してメンバーも少しずつ増えていきました。
どんな環境でも工夫次第で強くなれるんだ。
環境を言い訳にしちゃいけない。
代表の口癖です。
代表はサークルのためにいつも自腹で有名選手の教則を買ったり、遠くでやるセミナーに参加して学んだことを僕たちに教えてくれてました。
柔術をこの町で広げるために代表は頑張ってくれていました。
帯の結び方からはじまり、たくさんのことを教えてもらいとても楽しかったです。
そして僕が練習を続けれたのはもう一つ理由があります。
それは一緒に練習する仲間との交流です。
「シャワーもないのに汗かいちゃったねー。いつもの洗体に行く?」
ここでできた友人のいつもの合図。
練習終わりにこっそり大人のディズニーランドに通っていました。
嫁や子供のことを忘れて柔術もして、そのあとちょっと気分転換で大人のお店にも行っていました。
楽しく続ける秘訣になってました。
「しかし、あの代表ってお金も持ってないのにせっせと教則を買ったり頑張ってるよねー。よくお金をそんなことにせっせと出せるよ。俺らはそれと同じくらいのお値段で気持ちよくなってせっせと別のをだしててなんか悪いね。」
柔術大学と風俗、秘密の大人の遊びは続きました。
それから、4年ほど経ちサークルのメンバーが20人くらいに増えた頃です。
隣町の駅近に大手のブラジリアン柔術道場のフランチャイズができることがわかりました。
突如現れたその道場の宣伝のインスタに目を奪われました。
路面店に大きな看板。綺麗なマット。シャワー、エアコンもちろん全部そろってます。
いつも教則で見てたあの道場が隣町にできるんだ、、、。
練習の時、サークルのメンバーもソワソワしているのを感じました。
「なあ?お前はどうする?俺は移籍するわ。柔術好きになってきたしもっと強くなりたいから。会費は高いけどな。隣町で頑張るわ。」
お気に入りのヘルスの待合室で友人がそう呟きました。
大きなことを決意した漢の顔でした。
「うーん。どうしようかな。今の代表の元で一から教えてもらったしね。恩義とかあるじゃん。」
保守的な私はすぐに移籍を決めることができる友人を少し羨ましくも思えました。
移籍する?それとも残る?お気に入りの嬢とのプレー中も頭の中に迷いが残りいまいち楽しめませんでした。
「アレ?オニーサンゲンキナイネ。オサケノンダカ?テデヤッテモムリカ?」
頭の中もやと下半身、両方ともスッキリしませんでした。
帰り際に友人に言われました。
「すっきりして頭の中も整理できたけど俺はあっち行くわ。道場が良かったらお前にも教えてやんよ。」
そう言い残しサークルに来ることはなくなりました。
隣町の道場がオープンから3ヶ月もした頃です。
サークルの参加人数もどんどん減り5人以下での練習が普通になりました。
律儀に挨拶をして移籍した人、何も言わずに移籍した友人のような人、どんどん人がいなくなりました。
「あの道場見た?冷房なんて使って練習してて強くなるわけない。それに趣味にあんな高い会費払ってまでよくやるよ。」
「この前みんなでチーム優勝してたけどそりゃーあんだけ人数いれば当たり前でしょ。そもそも、試合出るのがそんなに偉いのかねー。」
残ったみんなは口々に去っていった者と大手のジムの悪口を言いました。
みんな柔術が好きな仲間だったのに、、、。
お互いのことは好きではなくなっていきました。
オープンから半年が過ぎたころ、久しぶりに柔術仲間兼風俗仲間のあいつから連絡きました。
「久しぶり~。お前もこっち来てみない?体験なら1回はタダだし。」
練習のお誘いでした。
練習の後はお決まりのコースか。やれやれあいつも好きだな~。
俺が付き合ってやらないとダメか。しょうがない。と思いOKっと返事をしました。
チームを裏切った気持ちなどありません。
あくまで体験として友人に誘われて仕方なく大手の道場に行くという免罪符が保守的な私の足をあの場所へ運んでくれました。
老朽化が進んだ柔道場の開きにくい扉とは違いガラスの綺麗な扉。
押せばスッと開き、招かれました。
中に入ると冷房が効いてて冷えてました。
涼しい、そのまま目の前にはカウンターがあり受付で体験だとその旨を伝えました。笑顔で対応するスタッフ。まるでスポーツジムのようです。
毎回、柔道場の使用料を払っていた不愛想な管理人の公務員とは大違いです。
え、、男女別で更衣室もあるのか、、、。
あの柔道場には更衣室なんてなくて女性が一度見学来たことあったけど引いて帰っていったよな。
「おいおい、買い物カゴに道着入れてんじゃん、懐かしいなそれ。ここじゃそんな奴はいないぞ。」
友人に笑われました。
よく見ると道場のロゴの入ったカバン、そして道着。
なにもかも綺麗でした。
そこにある道場も、道着もそこにいる人間も。
サークルだと遅刻は当たり前でしたがここでは先生が仕切って時間通りにクラスも始まりました。時間通り始まり、時間通り終わるクラス。クラスには見たこともないくらいたくさんの人が参加しています。
終わった後はみんなで掃除をするのかと思ったらそのままインストラクターが掃除をやってくれていました。
何も不自由のない贅沢な練習の時間でした。
シャワーを浴びて汗を流して快適な気分でジムを出た時です。
ほな行きましょか?
友人が案の定誘ってきました。
行った先はピンサロでした。
久しぶりに二人で行くのに口だけのサービスなんて少し不満でした。
また待合室で話をしました。
風俗の待合室というのは不思議なものでお酒を飲む時より腹を割って話をする気がします。
二人で恥ずかしい気持ちの共有やそのあとのイベントへの期待感からの興奮がそうさせるのでしょうか?
「なあ、練習してみてよかっただろ。ちゃんとした大手は。たしかに会費は高いけどよ~。シャワーで綺麗になるから締めのイベントはシャワーのないここでも気兼ねしなくなるからトータルの経済的には得じゃないか。それにあそこは月に1万円以上払えるちゃんとした連中しかいないだろ?サークルにいた、いつまでも柔道着のやつとか、臭くて古いブランドの柔術着の奴もいないじゃん。ろくに道着も買えねーで会費も払えない。昼間はいったい何の仕事してんだよ?っていう奴ら。ここはしっかりフィルターかけられてんのよ。会費が高いから。お前もこっちこいよ。」
「確かにちょっと悩むけど。考えさせてくれ。」
保守的な私はここでも答えを濁してしまいました。
一通りサービスを受けて気持ちよくなったあと、友人と別れ家に帰る途中、地元の寂れた商店街を見ました。
学生時代によく遊んでいた場所です。
私の青春でした。
昔は人の往来も多く活気がある商店街でした。
5年前、隣町に大型のショッピングモールができるまでは。
ここも寂れているよな。
いまの俺たちのいるサークルみたいだ。車の中からその景色に目をやり眺めていました。
しかし、よく見ると何店かは窓から光が灯っていました。
まだ頑張っているお店があったのです。
あの揚げ物屋はまだやってたんだ。
学生の頃よく通っていたお店です。
お金のない私はいつも一番安いコロッケを2個頼んでいました。
顔なじみになる頃には、たまに店主のおばちゃんが
「間違えてコロッケとメンチカツあげちゃった。こっちはサービスね!」
と笑顔で言ってタダでメンチカツをくれました。
一緒にいた友人が唐揚げや肉を頼むのにコロッケしか頼めない私を不憫に思ったのでしょう。
優しい光が灯ったお店でした。
懐かしくなり居ても立っても居られず
車を停めてあの店に行きました。
白髪まみれになったあの時のおばさんがまだいました。
時間も随分たったことです。
どうせ私のことなど覚えていないだろうと思い挨拶はしませんでした。
お土産用に家族の分も揚げ物を買いました。
「コロッケ2つ、あとメンチカツも1つ。」
と言うと
「立派な大人になったね。今日はサービスしないよ。」
と、おばさんは笑いました。
変わらないあの時の笑顔のままでした。
代金もあの時と同じコロッケ二つ分の値段でした。
車に戻り家に帰るまでの運転中
ようやく優柔不断は私も心に来ました。
何が綺麗な道場だ!
何が快適な温度の練習環境だ!
なにが汗臭くないマットだ!
何がシャワーだ!
見たぞ!
掃除すると言って会員をさっさと追い出して帰らせるインストラクターを。
スポーツジム気取りで親身な関係にもなってない。
俺たちは柔術以外のことも武道場の外の駐車場で何時間も話をしたりしたぞ。
一人一人に合わせた指導はプラレだけ?画一されたサービスをやってて一人一人の会員のことはどれだけ知ってるんだ?
この町の柔術の灯を消さない。
何もわからないところから教えてもらった今の代表の元で黒帯を目指すんだ。決意しました。
心の中に熱い柔術の熱が灯りました。
次の日はちょうどサークルの練習日でした。
朝ラインを見てみると友人からメッセージが届いてました。
「なあ、お前もこっちに来るだろ?実は、友達紹介キャンペーンが今日までなんだよ。もし、来ないならもうお前とはこれまでだぞ。ぶっちゃけ、そのサークルは他の道場の悪口を言ってるとか言われてて評判悪いし。柔術家として強くなりたいだろ?」
メッセージを見て呆れました。
「お前は不義理な奴だ。師匠を裏切ったお前は柔術家を名乗る資格はないよ。もう連絡しないでくれ。」
最後のメッセージを送りました。
仕事が終わり練習をしに武道場に行く前にあの商店街に寄り道をしました。
夕暮れの中、ぽつぽつと今日も確かに灯がともっています。
練習前の差し入れとしては迷惑かもしれませんがあの揚げ物屋で人数分のコロッケを買っていきました。
これでいいんだ。
小さな灯でも甘い誘惑にブレずに灯をともらせつづけるんだ。
移籍したあいつと、俺は違う。
今日も変わらない町の商店街の灯に勇気をもらいました。
古くて開きづらい柔道場の扉を力いっぱい開いた時です。
商店街に寄り道して遅刻したからでしょうか?
サークルのメンバーはもうそろっていました。
ここで頑張っていく。
そう決意して
「よろしくお願いいたします。」
と力強く挨拶した時です。
「あの道場のSNSみたぞ。お前あそこに行って練習してたんだな。裏切者!」
メンバーの一人が指を差し怒鳴りました。
確かに練習したけど、、、なんで知ってるんだろ。
しまったあの道場SNSに力を入れててインスタのストーリーに練習の様子を上げてたんだ。
バレたくなくて集合写真は断ったのに迂闊でした。
「なんで集合写真の方には載ってなかったの?やましいとか思ったから?ここに来たのは誰か引き抜きでもしたいのかな?確か今あの道場、紹介キャンペーンとかやってるよね。」
冷笑を浮かべたサークルの仲間が尋問まがいの質問をしてきます。
「なんだそれ?こじゃれたスポーツジムみたいなことしてますね。キャンペーンで人をつるとか武道を馬鹿にしてるんですかね?先生、俺たちはそんな入会費が無料とかじゃ裏切ったりしませんよ。こいつと違って。」
年中、臭い柔道着を着ているメンバーがにやりと笑いました。
代表だけは笑っていませんでした。
「君はサークル立ち上げ当初からのメンバーだったのに。ここに帰属意識とかはないの?散々タダでセミナーの技教えてもらってもカンパもなかったし。他のメンバーはしてくれてたよ。」
笑いながら他のメンバーが告げ口を続けます。
「こいつは練習終わりに風俗によく行ってたんですよ。俺はやめたあいつに誘われたとき断ったけど、随分仲良くしてたよな~。」
代表は涙を流しながら罵ってきました。
「こんなチームに帰属意識のない奴はいらないよ!お前らはなんでそんなに大手の看板がいいんだ。あんなの元々隣町の総合ジムの柔術担当が独立しただけじゃないか。サブインストラクターはここでやってたやつが青帯でバイト感覚でやってるだけだろ。メインインストラクターも急に黒帯になったけどアフェリエイトフィを払って帯を買ったようなもんだろ。看板だけの張りぼ道場てだ。教える中身は看板出す前と何も変わってないだろ。ちくしょう。ちくしょう。初期のメンバーだったお前まで裏切るなんてな。もう破門だ!さっさと出ていけ!」
あまりのことに何も弁明できずにその場を後にしました。
帰り道、あの商店街の灯はもう消えていました。
もしかして続けていれたのは夜まで営業しなくてもいい地主の道楽経営の店舗だけだったのでしょうか?
家に帰ったあと
「今日は柔道倶楽部の練習の日だったよ。練習の日を勘違いしてた。これお土産のコロッケ。」
と妻に渡したコロッケはすっかり冷めていました。
私の柔術の灯が冷めてしまったように。
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