【日記SP】矢吹vs.小浦、坂井、服部、千葉、律樹、赤穂……。横浜光ジム、夕方の光景/2023年1月21日
扉を開けると、すぐそこに内藤律樹(E&Jカシアス)がいた。パーカーの中に何枚も着込んでいるものの、それでも普段どおりシェイプされた状態に戻っていることがすぐにわかった。
「だいぶ前に会ったときは、ミライ(弟・未来)くんかと思ったもん(笑)」
「いやー(笑)、もうバリバリ練習やってますから!」
一昨年(2021年)の12月に、麻生興一(三迫)にOPBF王座を奪われて以来、試合から遠ざかっている。動向が気になっていたファンも多いと思うが、近々アクションがあるとのこと。それは彼にとってまた、ひとつの大きな“チャレンジ”となる。
小浦翼のスパーリングを見終えたら、ジムに戻ってトレーニングするという。
坂井祥紀が、ヘビーバッグをガンガンと叩いている。重田裕紀(ワタナベ)との3度目の対戦が発表されたばかり。この試合は、小原佳太(三迫)が返上した日本ウェルター級王座の決定戦となるが、前戦では2度のダウンを奪われてからの引き分け。ベルトを賭ける戦いとともに、心に強く期すものがあるはずだ。
「何であんなに“ボディブロー”を無視しちゃうの?(笑)」
「いやぁ、無視してるわけちゃうんですけどね(笑)。ボディをカバーして、パンチが上に来たときが怖いんです」
「坂井くんほどの技術があれば、“ちょい”とこう、ヒジでカバーできるでしょ。貰うにしてもヒジにちょこっと当ててワンクッションあればだいぶ違うはずでは?」
「“ちょい”ですね(笑)。やってみます!(笑)」
そんな単純じゃないことぐらいわかっているが、こうして言ってしまう性分。でも、これでコミュニケーションを図っているつもりでもある。選手にとっちゃあ、面倒な奴だろうけど。
全日本新人王決定戦(ライトフライ級)に敗れた服部凌河とロッキー・フエンテス・トレーナーのミット打ちを見る。
身体能力に優れた服部は、その自信に溢れていたものの、松江琉翔(JM・加古川)に見切られて悪循環に陥っていた。威勢の良さは4回戦ボクサーの特権だが、それだけでは勝てない時代に突入している。リズムが悪い状態でいくら攻めても効果はない。「押し引き」がとても大切で、いったん引いて立て直す術も必要となる。攻めて攻めてスッと引く。ロッキーはさりげなくそこを意識させていた。
小浦、矢吹正道(緑)がシャドーボクシングを終え、さあ、いよいよお目当てのスパーリングである。サッと準備して早々とコーナーに陣取った小浦に対し、矢吹は悠然とマイペースでワセリンを塗り、グローブを着ける。普段は「どこまで気を遣うんだ!」というくらい繊細な男だが、戦いに臨む段になると、人が変わる。
小浦はおいそれとは飛び込まない。矢吹も距離を取る。ジャブの差し合い。速いジャブを飛ばす小浦に対し、矢吹はスピードを出さずとも、先手後手ともに取る。いわゆる呼吸を読み、タイミングをずらして打っているから、それを実現できる。
ともに“縦方向”、つまり前後動が主体で、その奥行きをどう形成するか、感じさせるかの勝負。矢吹はその視野に相手をはめ込み、死角から打つのが上手い。小浦はフェイントを入れ、速いテンポを刻みながらの出入りが得意だが、この日はやや矢吹のリズムに合わせているようだった。
矢吹が敢えてロープを背にする。呼び込んでいる形。
右カウンター、クロスを撮りたいと思っていた私にはチャンスの場面──。
「右クロス気をつけろ!」。律樹が小浦に瞬時にアドバイス。小浦はジャブを出さない。そのジャブを待ち構えていただろう矢吹も、ここは右カウンターを出さない。いや、出せない。
「リッキー、余計なこと言わんでくれ……」と内心で苦笑いしてしまった。
インターバルに入る。「リッキー、オレにもアドバイスもらっていいっスか!」。矢吹が笑顔で請う。「いや敵だから(笑)」と律樹も笑顔で拒む。気心知れた者たちだから為せる光景だった。
計6ラウンド。ロープに詰めて連打を仕掛ける小浦。深い右ストレートを打ってから、なおかつ飛びかかるようにして放つ左フックで小浦を下がらせた矢吹。そういうエキサイティングなシーンもあったものの、基本的には距離をキープする丁寧な駆け引きが多かった。
今回の矢吹の横浜遠征は、以前から交流が深い赤穂亮を頼ってのもの。その赤穂は用事で遅れ、6ラウンドになってようやく到着。矢吹のミット打ち6ラウンドに付き合った。
身体能力が高い赤穂だが、決して派手には動かない。ちょっとした体や顔の寄せ、ミットの小さなずらしなど、地味な動きの連続である。ミットを持つ彼を初めて見たが、意外な姿を見た気がした。以前から兄貴と慕う下田昭文さん主宰の『シュガーフィットジム』で、トレーナーの手伝いをしたりしてきただけに、そのノウハウを心得ているのだろう。
「意外に上手いじゃない」
「オレ、教えるの上手いと思うよ(笑)」
そんな調子である。
トレーニングを終えた矢吹に赤穂も加わって、減量のこと、今回の試合の経緯等々、爆笑話のパレードだったが、ここには書けないことばかり。
体調、調整とも順調に来ているという矢吹。試合まで1週間のここからがまた“闘い”となる。
「ホントはさー、オレん家に泊まってほしかったんだけど、試合前だからさー。ルーチェ(愛犬)と対面させたかったけど、また今度来てね」。近くのホテルにひとりで宿泊する矢吹に、明日の出発時間を聞く赤穂。駅まで車で送っていく段取りをつける。
栗原慶太(一力)との再戦&初防衛戦が3月に決まった千葉開が遅い時間にやってきた。今日はフィジカルトレーニングとYouTube『A-SIGN』チャンネルの収録とのこと。「千葉は真面目だからなー。練習量が凄い」という赤穂に、千葉は照れ笑いを浮かべる。
韓国の試合後、赤穂と話すのは初めて。長く話すのも久しぶりのことである。
彼はああ見えて、人に対してもナイーブだから、こっちの様子も見極めていろいろとツッコんできた。「いまどうしてるの? ダメだよ働かなきゃ―(笑)」。至極ごもっとも……。
こちらも言葉こそ選びはしたものの、厳しいことを言った。長い年月、見続けてきたという自負もある。だから、「今日は会えてよかったです」という帰り際の言葉を聞けただけで充分だった。
千葉の上がり待ちの石井六大さん。足の大ケガもすっかり癒えた様子で安心した。彼とはボクシング界の“バッドボーイ”について話す。
「当時のあのジムの選手はヤバかったですよー」
「○○は昔悪かった匂いがプンプンします」
とかなんとか……。もちろんここでは明かせない。
強いて言うならば、この業界を去るときにA-SIGNチャンネルに出て、だな。
いや、きっと断られるだろうけど。
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暁視GYOSHI【ボクシング批評・考察】
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