アキレスと亀
「好きだから」ただひたすらに励む。他人に評価されようがされまいが、ただただひたむきに。
ほとばしる執念・執着は、周囲から「異常」の烙印を押されようとも、ひた走る。野心なく純だからこそ、のめり込み、狂気はいっそう深みにはまっていく。
稀代の映像作家にして芸術家、北野武は、深作欣二監督降板を受けて、1989年『その男、凶暴につき』で映画監督デビューを飾ったが、この作品は野沢尚の脚本によるもので、オリジナルとしては翌90年の『3-4X10月』がデビューとなる。
暴力描写のリアルさや、ひと目見て理解できるものでないこと、お笑い芸人「ビートたけし」のイメージと、監督・北野が提示する映像のあまりのギャップによって、大衆に支持されるものではなかった。それは、本人が出演せず、一見すると青春映画風の91年第3作『あの夏、いちばん静かな海。』でさえも、評価を覆すことができなかった(淀川長治は「傑作」と讃えていたけれど)。
『3-4X』も、93年の第4作にして「最高傑作」の呼び声高い『ソナチネ』も、私は公開初日に映画館へ足を運んだが、いずれも観客は10人に満たなかった。なかなかにしてショッキングな現実だった。
理解されない者の苦悩極まれり、だったのではないか。94年の第5作『みんな~やってるか!』では、精神的に完全に異常をきたしていたという。それが例のバイク事故につながったというのが側近の話である。
奇跡的に生還した北野が、眼帯を着けながら撮り終えた『キッズ・リターン』。96年の第6作にして、ようやく国内でもスマッシュヒットを呼んだが、彼の作品を正当に評価する目を持ったのは、海外、特にフランスを筆頭としたヨーロッパだった。もう、彼の目は国内に照射されることはなかっただろう。
『アキレスと亀』は2008年公開の第14作。周囲を省みず絵画に邁進し続ける男は、それだけでも幸せなのだろう。たった一人、理解者がいる。それはあまりにも幸せなことなのかもしれない。
しかし、その理解者を失っても我関せず、なのか。いや、究極の場に至り、初めてその大きさをようやく悟ったのだろうか。
孤高の芸術家、北野武から渡された「果たし状」のような気持ちになる。
51にして、岐路に立たされている今だからこそ、もう1度じっくりと見つめてみたい作品だ。
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