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ふじこ
2023年4月16日 14:45
また今年も、桜の存在に気づかなかった。職員室の窓の外に映るのは、若い緑の葉を揺らした桜の樹。いつからだろう。わたしが季節に無頓着になったのは。「――うちの子ども、戸棚に隠しているカップ麺を勝手に取って食べたんですよ? ほんと信じられない。親の気持ちも知らないで」 桜の樹に気を取られて、隣に座っている木下先生の言葉を聞き洩らしそうになる。へぇ、と薄い返事しか言えなかった。子ども。その言葉で、圧
2019年3月31日 11:19
その少女はさくら、といった。「ほんとうは名前なんかないけど、つけるならそれね」 淡く、儚げに、ふふと笑うと春の風が吹き、さくらの長い髪を持ち上げた。さくらの頭の上から桜の花びらがいくつも散った。春馬はそれを、目の奥に留めた。 桜の樹にすみついて、四十年だという。 本当は、天国に帰るはずだったのだが、何かの手違いで桜の樹を守る精になってしまった。春になると、この土地の人がビニールシートや酒