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サステナビリティ開示と日本のエネルギー政策

東京の平均気温は先週から10度を下回り、急に冬の訪れを感じていますが、12月も残り半月を切り、今年も残り僅かとなりました。今年は秋の訪れが遅かったのかと思いましたが、11月の東京の平均気温は13.7度と、昨年11月の平均気温の14.4度よりも、若干低目でした。
しかしながら、100年前の1924年11月の平均気温は9.9度であり、この100年間で4度近く上昇しているようです。これは11月に限らず、年平均では4.5度上昇しており、どの月でも凸凹はあるものの、同じように上昇しています。

これは、地球温暖化の1つの証左であり、産業革命以降の温室効果ガスの濃度が高まったことが主たる要因だといわれているのは周知の通りです。
地球温暖化は、近年の異常気象の要因とも言われていますし、生態系に影響を与え、海面上昇をもたらすこと等から、先進国を中心とした200近い国・地域が、国連気候変動枠組条約を締結し、温室効果ガス(GHG:Greenhouse Gas)の排出量の報告や温暖化防止の政策措置を講ずることが、締結国の義務として課されています。

具体的な削減目標は、締結国会議で議論され、現在は2015年のパリ協定がベースとなり、世界全体の平均気温の上昇を、産業革命以前よりも1.5度高い水準とすることを努力目標としています。
これに基づき、2020年に菅政権は、日本が2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにすることを宣言しています。

個別企業に対する義務としては、地球温暖化対策の推進に関する法律に基づき、2006年から一定以上のGHGを排出する事業者にはその排出量の報告義務が課されていました。
一方、これとは別に、上場企業に対しては、2023年3月期の有価証券報告書から、サスティナビリティに関する開示が義務化され、その中で気候変動への対応として、一部の企業はGHGの排出量の実績や将来の削減目標を開示するようになりました。

現在は、GHGの排出量の実績や将来の削減目標は任意で各企業が判断して公表していますが、今年の3月にサステナビリティ開示基準の公開草案が公表され、早ければ2027年3月期より、一定規模以上のプライム上場企業から適用が見込まれています。本記事では、その公開草案の概要と、そもそもGHG削減には個別企業の対応だけではなく国レベルのエネルギー政策の影響が大きいため、その現状と対応について考えてみたいと思います。

1.日本版サステナビリティ開示基準について

国際的には、サステナビリティ開示に関する国際基準は様々なものがありましたが、2021年11月に、国際会計基準財団(以下、IFRS財団)は、国際サステナビリティ基準審議会(以下、ISSB)を設立し、ISSBは2023年6月に、サステナビリティ開示基準を公表しました。

日本でもISSB同様、日本におけるサステナビリティ基準の策定を進めるために、2022年7月にサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が設立されました。そして、ISSBによるサステナビリティ開示基準を受けて、SSBJは2024年3月に日本版のサステナビリティ開示基準の草案を公表し、最終化は2025年3月までに行われる予定となっています。

基準は3つあり、「サステナビリティ開示基準の適用(案)」、「一般開示基準(案)」、「気候関連開示基準(案)」、となっています。「サステナビリティ開示基準の適用(案)」は、企業がSSBJの基準に従ってサステナビリティ情報を開示する上で適用すべき基本となる事項(開示原則や情報の記載場所、報告のタイミング等)を定めており、「一般開示基準(案)」、「気候関連開示基準(案)」は、それぞれ、サステナビリティ関連のリスクと機会に関する情報、気候関連のリスクと機会に関する情報についての開示項目(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標及び目標)を定めています。

特に、気候関連の開示については、スコープ1,2,3の区分別のGHG排出量の絶対総量、その合計値を開示しなければならないことから、自社以外のサプライチェーンの上流(購入した財やサービス、輸送や流通、従業員の通勤等)から下流(販売した製品の使用や廃棄、フランチャイズや投資先等)まで幅広く、データの収集の難しさが予想されます。

当該開示の適用時期として、金融庁の想定では、時価総額の規模により、早くて2027年3月期以降からの順次の義務化を検討しているようです。

2.貿易収支の赤字とその要因

日本と海外との経済取引のうち、2023年の貿易収支は6.6兆円の赤字となっており、その内容を分析すると中でも、鉱物性燃料、つまり石油や天然ガスと言った化石燃料の収支が26兆円の赤字となっています。貿易赤字は、輸入のために自国通貨を売って外貨を購入しなければならないため、円安要因にもなり得ます。

12月8日付の日経新聞電子版の記事によると、化石燃料の赤字幅が大きいのは日本のエネルギー自給率が低いためで、2023年度の日本のエネルギー自給率は13.3%と、OECD加盟国では2番目の低さとのことです。日本の発電は、太陽光発電や風力発電と言った再生可能エネルギーが増えたと言っても2割程度に留まり、約7割は、石油、石炭、天然ガスの化石燃料に依存しています。過去のエネルギー政策で力を入れていた原子力発電は、1980年度は17%ありましたが、2011年の東日本大震災で原子力発電所が一斉停止し、その後一部再稼働したものの、2023年度では8.5%程度に留まるようです。

日本、及び各企業が2050年に向けてGHG排出量を削減するためには、例えば自動車を電気自動車に変えると言った、電化を推進することが解決策の1つですが、その際に使用する電力が化石燃料に由来するものだと削減効果は限定的であるため、可能な限り、再生可能エネルギー由来のものを使いたいところです。しかし、各社がこぞって再生可能エネルギーによる電力に切り替えると、電気代の価格上昇に繋がり、企業業績を圧迫しかねません。電気代の高騰は、製造業の更なる製造拠点の海外移転を招く可能性もあります。

また、日本が宣言した、2050年でのカーボンニュートラルを実現するためには、CO2を排出する化石燃料による発電を縮小し、再生可能エネルギーの割合を高めることが必須と考えられ、また、エネルギー自給率を向上することにもなります。そのためには日本のエネルギー政策として、今まで以上に再生可能エネルギーの比率を高める必要があります。

3.蓄電池の導入拡大策

再生可能エネルギーの多くは、太陽光発電であれば日照時間、風力発電であれば風任せのため、発電が安定しないことが、普及を拒む鍵となっています。そこで、世界的には大規模な蓄電池の活用が見込まれているようです。電力系統(発電所・送電線・変電所・配電設備等)に直接接続される大規模な蓄電池のことを、系統用蓄電池、と呼ぶようです。

2024年5月に資源エネルギー庁で議論された、「系統用蓄電池の現状と課題」によると、系統用蓄電池から放電する事業を「発電事業」と位置付けており、電力システム全体の需給変動への対応に活用されるものであるから、2021年度から系統用蓄電池に対する補助金支援を実施しており、2024年度からは400億円規模を想定しているようです。

国は、補助金活用などで投資を呼び込み、2030年までに、再生可能エネルギーによる電源構成比率を、36~38%(現在は2割程度なのでほぼ倍近く)にすることを目指しています。

蓄電池に限らず、エネルギーに関する次世代技術には、全固体電池、水素エネルギーの普及、核融合発電等様々なものがありますが、安全かつ安価で、安定して普及するためには、多くの技術革新を乗り越える必要があります。そのために必要な人材を日本で育てる、あるいは海外から呼び込むことが、日本が再度、技術で世界をリードするための鍵であると考えます。

4.おわりに

前回は人的資本会計がテーマでしたが、今回のサステナビリティ開示におけるGHG排出量の把握は、炭素会計、と言われたりもします。会計の技術は認識と測定の技術でもあることから、会計の担う役割は、従来の財務諸表を超えて広がっていく可能性があります。そして、サステナビリティ開示が意味あるものとして機能するためには、GHG排出量をもれなく正確に認識・測定し、最終的には、さらにそれを第三者が客観的に評価することが求められてくるでしょうから、財務諸表同様、保証制度の導入が議論されています。(作成日:2024年12月19日)

■執筆者:アカウンティングワークス株式会社 花房 幸範氏

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