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HE SAIDシー・セッド その名を暴け ~ジャニーズ問題と比べて考えるコンプライアンス~

NYタイムズの女性記者2人がハリウッドの大物映画プロデューサ、ハーベイ・ワインスタインによるMeToo運動のきっかけになった性的暴行を追いかけ記事にするまでを映画化したもので、ドキュメンタリーのように事実を淡々と再現していく手法を採っており、はっきりいって地味です。
 
しかしながら、ワインスタインの性的暴行は、取材時にも続いていると考えられ、つまり記事にしないことには被害者が増え続けることを意識して取材を続ける記者と、自らの名を明らかにしても説得力のある記事にしなければならないのではないかと思い悩む被害者が、丁寧に描写されていて、力強い仕上がりの作品だと感じました。
 
事件を追いかける女性新聞記者を演じる女優2人のうち、キャリー・マリガンは、カズオ・イシグロ原作の「わたしを離さないで」で主演したときから大好きで、相変わらず知性的で誠実な役柄を好演しています。
 

ハーベイ・ワインスタイン


映画プロデューサとして名の知られたワインスタインは、映画制作・配給会社ミラマックスの創業者であり、業界で絶大な権力を手にしていました。1990年代から数十年間におよび性暴力を働いていました。告発があっても弁護士を使って示談に持ち込み、表沙汰にはなりませんでした。被害者の中には、グイウィネス・パルトロウやアシュレイ・ジャッドといった有名女優も含まれます。
 
2017年にNYタイムズの記事が出ると、翌年には逮捕され、最終的には16年間の禁固刑を言い渡され、現在も服役中です。
 
この映画を動画配信で観るきっかけはジャニーズ問題が世間を賑わせたからです。日米で、問題の取り上げ方など、ずいぶん違っているものの、特にテレビでは出演者が好き勝手にしゃべっていて整理がされていない印象を受けました。自分の考えをまとえる意味でも、文章にしたいと思い立ったわけです。
 

ジャニーズ問題

ジャニー喜多川による性暴力は、もっと深刻であるように思います。被害者の多くが未成年で小学生も含まれます。
 
具体的な事実については、おぞましいので記述しませんが、存命中に事件が明らかになり、裁きを受けるべきであったと思います。
 
次に、コンプライアンスの観点で、ステークホルダーの行動を振り返ってみましょう。コンプライアンスは、日本語で法令遵守と訳されることが多いのですが、実際はもっと広い概念として捉えるべきだとされます。法律に違反していなくても、長期的に組織に被害を及ぼし得ること、例えば、組織の評判を貶めて、顧客が離反し業績を低下させるようなことは避けるべき、という考え方です。製造業の場合、コンプライアンスに敏感な企業は、児童虐待によってつくられた原材料は絶対に購入しませんし、その先まで遡って問題がないことを確認することもあります。
 

ジャニーズ事務所の経営者

フリーターがストーカーを働く場合と、同じことを、公権力を使っていなくても警察官がする場合では、ずいぶんと受け止め方が違いますよね?
 
警察官は品行方正であらねばならぬという、わたしたちが心の中にもっている期待値によって受け止め方が変化することは間違いないと思います。
 
さて、ジャニーズ事務所は芸能プロダクションで、いわゆる興行を生業とする会社ですよね。いまでは、こういった会社もずいぶん立派になって印象が変わってきましたが、ジャニー喜多川が事務所を立ち上げた頃は、興行といえばその筋のひとが関わっていても珍しくありませんでした。美空ひばりは山口組三代目田岡一雄が愛娘のように可愛がり、その庇護のもとでスター街道を歩んだことは有名です。
 
取締役会がめったに開かれず、議事録も存在せず、役員といえども大事なことに口出しできなかった、といっても、世の中にはもっとブラックな企業がゴマンとあります。
 
芸能事務所であれば、当然期待値は低くなり、創業者の愚行を知ってて知らぬ振りを通していたとしても、「さもありなん」となるだけではないでしょうか?

スポンサー企業

それよりも、知っていたのに行動を起こさなかった立派な企業、我が社はコンプライアンスを重視しています、と堂々と胸を張っていた企業の方が、期待値の観点では罪が重いと感じます。
 
B2Cビジネスを営み、日頃からテレビCMをバンバン打っていた企業の広報関係者がジャニーズの性加害について何も知らなかったというのは、ちょっと苦しい言い訳のような気がします。
 
噂として、であれば、芸能の話題には疎い僕でさえ知っていました。裁判の判決が出る前か後か定かでないですが、「噂の真相」という雑誌に書かれたいた内容がBSテレビの番組で紹介されていました。
 
といっても、森進一、森昌子夫妻(当時)のように息子をジャニーズ事務所に預けた芸能人もいるわけですから、確実なことはいえませんが。
 
いずれにしても、スポンサー企業はコンプライアンスの観点で、リスクを避けねばならず、目の前の業績のために人気のジャニーズ・タレントを使うことは避けた方がよかったのだと、今となっては思います。


テレビ局など報道企業

東京高裁がジャニー喜多川の性加害を認定したのは2002年のことです。ご存じの通り、メジャーなメディア企業はほとんど報じませんでした。
 
報道の最前線にいた人たちは、芸能ネタに過ぎない、と取り上げませんでした。ジャニーズのタレントたちに依存していた、ドラマ、音楽、バラエティ、そして報道番組でさえ、事件はなかったことにしてジャニーズのタレント依存は拡大していきました。
 
ここで、再び“期待値”について考えます。新聞をはじめとするメディア企業に勤める人たちには、報道に携わっている矜恃があるはずです。
 
「ペンは剣よりも強し」という言葉もありますし、プライバシーにうるさい昨今でも、ニュース映像であれば本人に断りなく映像を流せます。
 
最近はインターネットに押され、テレビや新聞の経営が苦しくなっています。番組のなかでプレゼントと称して宣伝をしたり、報道番組のキャスターにジャニーズ・タレントを使ったり若い女性に変調する様子を見て、「貧すれば鈍する」だなぁ、と思っていましたが、貧する前から鈍だったのだと気づきます。
 
振り返ってみると、太平洋戦争を煽ったのは当時の大新聞なわけで、メディアの矜恃は虚構だったのではないかと感じるのです。
 
 
「SHE SAIDシー・セッド その名を暴け」に見られるような矜恃に見合う報道が、米国には存在したのに、日本にはなかったのではないか、と気がします。
 
僕が観た映画のなかでも、ほかに調査報道に基づく映画がいくつかあります。

ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書
ワシントン・ポスト紙がペンタゴン・ペーパーズと呼ばれるベトナム戦争に関する政府の秘密文書を公開したことを映画化しています。
 
スポットライト
ボストン・グローブ紙の「スポットライト」チームがカトリック教会の性的虐待スキャンダルを暴露した調査報道をもとにしています。

記者たち 衝撃と畏怖の真実
イラク開戦をめぐる「大量破壊兵器」捏造問題を映画化しています。31の地方新聞を傘下に置くナイト・リッダー社を描いています。
 

一般市民

最後に一般市民についても触れておきます。
 
トランプ大統領を生んだ米国でさえ、報道機関として矜恃を守り通した企業があったのに、日本では見当たらない。
 
これは、一般市民が報道機関を支持してきた結果ではないか。ジャニーズ問題についても、一般市民の行動が、コンプライアンス意識の感じられないスポンサー企業やメディア企業を生みだしてきたのではないか、という気がします。

ちなみに、ここでいう一般市民は、ジャニーズが大好きな人たちではなく、冷静にジャニーズを見ることができた人たちです。「恋は盲目」ですから、ジャニーズ・タレントが大好きな人たちが、見たいことだけを見たとしても仕方ないですね。



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