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宇宙を目指し、医学部に迷い込んだ先に見た景色。 | #2

本編は連載形式となっております。前回の記事はこちらです。


汝、世界を広げたくば…

宇宙飛行士を目指して医学部に入学した僕にとって、次にやるべきことは明確だった。体力づくりのために武術系の部活に、英語力強化のためにディベートサークルに入ることを早々に決め、他のサークルには目もくれずに毎日足しげく通った。
が、半月ほどして、どちらもぱったりとやめてしまった

つまらなかった訳ではない。高校まで10年間野球一筋だった僕にとっては武術もディベートも未知の領域で、毎日が発見だった。
忙しさに疲弊した訳でもない。授業とサークルとバイトとの兼ね合いを探りながらも、良いバランスで日々を過ごせていた。
ただ、あることに気づき、そのひっかかりを無視できなかったのだ。

「これ、高校と同じではないか?」

授業を受け、日々の練習に励み、同じ目標に向かって切磋琢磨する。絵に描いたような「青春」。でも、自分は高校と同じ「青春」を繰り返すために大学に来たのだろうか?

恥ずかしながら僕は、大学に入ったら劇的に世界が広がるものだと無邪気に思いこんでいた。いや、確かに広がってはいたのだ。全国からの同級生に、選択制の授業に、「サークル」という未体験の場所。だが、もっとこう、見たことも聞いたことも無い場所で、目を奪われるようなことが起きている場所が、大学だと思っていた。
当然ながら、黙って座っていれば勝手に世界が広がってくれる、なんてことはあり得ない。見たことの無いものに出会いたければ、自分がそこに足を運ぶしかない。とても単純な道理だった。

だが、一体何を目指して動けば良いのか?何を自分は見たいのか?そもそも一体自分は何者なのか?

今一度、自分のことを振り返る。宇宙飛行士になりたくて、医学部で、野球を10年間やっていて、自転車と登山が好きで、ピアノは少しばかりで…ふむ。登山。医学。宇宙。宇宙…医学。
それまで気づかなかったのがむしろ不思議に思われるだろうが、「宇宙医学」という分野の存在をひらめいたのはその時だった。

自分、これなんじゃないか?
10年にいっぺんの宇宙飛行士試験を待たなくとも、自分で組み合わせてしまえば良いのではないか?
そうすれば、宇宙に続く道は拓けるんじゃないか?

ひらめいたとは言っても、当然何も分からない。分からないものは仕方が無いので、ググるしかない。JAXAやら何やらのサイトを漁っていると、ある資料に行きついた。
宇宙で筋肉はどうなるのか?血液は?骨は?神経は?上も下も無い環境で、ぐっすり寝られるのか?極度のストレス環境で、飛行士はどうメンタルをコントロールするのか?あまりの面白さに瞬きもできず、スクロールする手は止まらなかった。宇宙医学を総合的に研究する一大プロジェクト「宇宙に生きる」のニュースレターであるそのPDFでは、全国津々浦々の大学の先生方の研究テーマが、次々と紹介されていた。
聞いたことも無いワクワクするテーマと、それをリードする先生方。初めて、「大学生の世界の広げ方」をした瞬間だった。

人は視界が広がると、その「先」が気になってしまう生き物だ。研究の細部はどうなっているのか?使用する設備はどんなものなのか?そもそもなぜこの研究をやろうと思ったのか?溢れる疑問に対する答えは、残念ながらそこには無かった。
ならば、直接聞きに行くしかない。PDFに載っている先生方のうち関東圏の大学の先生の名前を片っ端から検索ボックスに放り込み、連絡先が見つかった先生にメールを出した。

「はじめまして、大学1年生です。突然なんですが、お邪魔しても良いですか?」

今思えば赤面するほどの無鉄砲さだった。躊躇はなかったが、送信ボタンを押す手は震えていた。
しかしこの未熟な、作法もへったくれも無い突然のメールに、先生方は快諾の返事を下さった。
Googleは僕らに色々な世界を見せてくれる。どんな扉の前にも、連れて行ってくれる。だがその扉を前にして、開けるのは自分以外にいない

2時間の訪問は、一瞬で終わったように感じた。宇宙で人体がいかに影響を受けるか、そしてそれでもなおバランスを保とうとする機構のいかにたくましいことか。いかに宇宙医学が可能性に溢れていて、それでいて誰も取り組んでいない分野であるか。
大学のどんな講義よりも面白い話を独り占めするという、こんな贅沢が許されて良いのだろうかと思った。そして何より、研究について語る先生の目の輝きは、僕に自信と確信をくれた。未来はこの道にあると。

「プロジェクト化する」ことのうまみに気づく。

訪問を終えて一か月ほど経った時、ある先生から連絡が来た。

「今度『宇宙に生きる』プロジェクトの若手合宿がある。良ければウチのメンバーという体で参加してみるか?」

聞けば全国の若手メンバーが一同に会するクローズドな合宿だそうで、色々な先生方にお話を聞ける、またとない場である。二つ返事で参加を決めた。

しかし、ここで大問題に直面する。参加するは良いものの、先生方と何をどう話せばよいのか?
世の中には誰とでもすぐに打ち解けて何時間でも話せて仲良くなれるタイプの人もいるが、残念ながら僕は雑談が恐ろしく下手で、何かしらネタが無いと話せない人間だった。
そういう人間が「コネクション」なるものを作ろうと思ったら、選択肢は一つしかない。「ネタ」を作ること、「話すべき何か」を持っていることだ。それは例えば自分にしかないコンテンツでも良いが、それもまたハードルが高い。

考えた末に思いついたのは、「記事を書くために取材している」という「ネタ」だった。こちらから提供できるものが何もない学生にとっては、「こういうことをやっているんですが、お話よろしいでしょうか?」というフックの作り方は非常に有用だ。
運のいいことに、所属団体のBizjapanで「マイナビのサイトに団体として記事を連載する」案件が動いていたので、そこに便乗して投稿枠をもらった。他のメンバーが「韓国の若者離れ」「インドネシアから日本への留学」といったテーマを並べる中に一人「宇宙医学」をぶっこむのはあまりに浮きすぎる気もしたが、そういった異物をむしろ歓迎する文化が根付いているのがBizjapanなので、そのまま強行することにした。

作戦は見事に成功し、当日は本当に良い話を聞くことができたのだが、その他にも思わぬ嬉しいことがついてきた。
まず、自分で分かりやすい記事にしなければならないため、聞いた話の理解度・定着度が圧倒的に上がる。
そして、先生方に覚えてもらえる。「記事を書きたいのですが」などと自ら言ってくる学生は珍しいので印象に残るし、その後も「記事の件で」という名目でメールを何往復かできる。
さらに、他の人に見せることのできる自分の「成果」ができる。この時に書いた記事は、「宇宙医学」というワードの検索結果トップページに載るまでになった。そしてそれを読んで興味を持ち、連絡してきてくれた人までいた。

これらはどれも、物事を勝手に自分で「プロジェクト化」すること、即ち何かしらの形でアウトプットを出すことによって生じた副産物である。はっきり言って、良いことしかない。
こうして「プロジェクト化」のうまみに気づいた僕は、「見ているだけは嫌だ。宇宙医学で自分でも何かやりたい」と強く思うようになった。


本編は連載形式となっております。次回は「課題は現場にある。」から、ご期待ください。

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