宇宙を目指し、医学部に迷い込んだ先に見た景色。|#3
本編は連載形式となっております。前回の記事はこちらです。
課題は現場にある。
「何かやりたい」と思ったところで、「はい、これが『何か』だよ!」とドラえもんが出してくれる訳は勿論なく、自分で見つけなければならない。早速自分で案を出してBizjapanの仲間に見せに行ったのだが、どれも反応は微妙。懲りずに第二弾、第三弾で挑戦しても、パッとせず。「ダメなのか俺は?」と頭を抱える僕に、一人が言った。
「何に困ってる誰の役に立ちたいのさ、お前は?」
そうか、だからダメだったのか。アントレプレナーシップに於いて一番大切な部分をすっかり忘れてしまっていたことに気づいた。
その視点で記憶を辿れば、答はすぐに見いだせた。先述の「宇宙に生きる」の若手合宿中にとある先生がぼやいた一言だ。
「学生にはもっと来て欲しいんだけど、接点が無いんだよね」
大学の先生がまさか、と思う方もいるだろうが、年々タイトさを増す医学部のカリキュラムでは宇宙医学などという極マイナー分野を扱う余裕などなく、そもそも宇宙医学をやっている研究室は何かしら地上の医学もテーマに含めて研究をしている所が殆ど。学生に宇宙の側面が知れることはあまり多くない。そしてちょっと話を聞いただけでは全体像が掴みづらいので、殆どまともに認知されていないと言って良いかも知れない。
他方、これまでの日本の宇宙医学を牽引されてきた先生方が第一線を退かれ、そのナレッジが引き継がれていないといったことも起きている。
日本の宇宙医学会の将来に響く課題があり、実際に困っている先生が目の前にいる。そして、「対学生」の仕事をするのに一番勝手が良いのは、勿論学生だ。
これはもう、自分がやるしかないじゃないか。
もし先ほどの合宿に行っていなかったとしたら、この先生の声を聞くことは出来ていなかった。課題も見つけられず、「やること」も決められていなかっただろう。現場に足を運んで見出した「ミッション」だった。
「これじゃない」に正直になる。
見つけた課題を解決するにはどうすれば良いのか、僕は思案した。
まず決めたのは、「Space Geekを作るのはやめよう」ということだった。Space Geek、つまり宇宙オタクというのは、ここでは「僕は/私は宇宙に絶対行くんだ!宇宙医学で身を立てるんだ!」と固く決心し、それに向かって邁進する人のことを指す。僕自身がまさにそれに当たるわけだが、こんな人間が大多数な訳ではないということも勿論承知している。
第一、宇宙医学というのは歴史の浅い黎明期の学問で、体系化されている訳では決してない。だからキャリアの初めから宇宙医学の道で歩んできた人というのは一人もおらず、皆何かしら地上の医学の専門性を持った上で、それを宇宙に応用しているのだ。
なので、今僕がリーチしようとしている学生たちが、もし本当に宇宙医学の道を拓いていくとしたら、それはだいぶ先のことになる。
医師は勉強と成長を求められる、責任の思い職業だが、一方で臨床業務にはルーティンワーク的側面があるのも否めないと聞く。25歳で医師免許を取り、30歳で専門医資格を取り、10年研鑽を積んで一人前になった40歳前後に、「あれ、このまま80歳までこれをやり続けるのか、自分?」という疑問が浮かぶ医師は少なくないという。ならば、その時に「宇宙医学」という一見突拍子もない発想が思い浮かぶ医師が居ても良いのではないか?そして、そういう人が少しでも増えるためには、20年後までも残る記憶を、学生時代に持ってもらうのが一番良いのではないか?
ゴールは決まった。「20年後まで残る記憶を提供すること」だ。そのためにどうするか、僕はさらに考えた。
講演はダメだ。それじゃ大学の眠い授業と一緒じゃないか。スライドとマイクだけでは、先生方の魅力はとうてい伝わらない。彼らの現場に学生が足を運び、そのリアルを生で感じなければ。
大人数でもダメだ。人数が増えれば増えるほど、聞き手の注意力は薄れ、やりとりは一方的になる。今まで真面目一筋で勉強に打ち込んできた日本の医学生なら尚更。第一線で活躍する先生との密な対話こそが学びなのであり、より記憶に残るものになるはずだ。
1日だけでもダメだ。宇宙医学という分野には、内科的側面や外科的側面、精神的側面や生理学的側面など様々なものが内包されており、運動器、循環器、呼吸器、消化器、前提系など人体のあらゆるシステムの変化が関係してくる。言うなれば「地上医学」と同じレイヤーにあるのが、宇宙医学なのだ。1日どこかに行くだけでは、そんなあまりに複合的な分野の、一側面だけを見て分かった気にさせてしまうだけだ。
研究について話すだけでもダメだ。彼らがこれまでやってきたこと、今取り組んでいることはネットや学会誌を見ればすぐ分かる。折角会って多忙な彼らの時間を割いてもらうなら、「会ってこそ聞ける話」を聞かなければ。話を聞いた学生が、「もしかしたら自分も」と思えるような、そんな話を引き出さなくては。
ただ行って終わり、でもダメだ。何も記憶に残らない、ただの楽しい遠足になる。数学の勉強に問題演習が必須なように、人間の脳はアウトプットを出した時に初めて学習するようにできている。将来まで記憶に残る体験にするには、アウトプットの機会は外せない。
こうして出来上がったのが、「宇宙医学スタディツアー」だった。3日間程度の連続した日程を組み、日ごとに違う先生を訪問する。一度に訪問できるのは10人までで、必ずどこか2日間以上に参加しなければならない。訪問では研究内容についてのお話を伺った後に、人類の宇宙進出の未来についてのディスカッションをしたり、先生方がどのようにして今の道に至ったのかのお話を聞いたりする。そして、最後には普段は見ることのできない研究室の機材や施設を見学させてもらったり、場合によっては実験の一部を体験させてもらったりする。そして訪問後には、実際に先生から見聞きした話に自分の考察を加え、報告書を作成したりプレゼン発表会を開いたりする。
練りに練った自信の構成で営業をかけ、有難いことに訪問先はトントン拍子で決まっていったのだが、ひとつ不安材料があった。マーケティングだ。
初回はスモールスタートということで、ターゲットは医学生に絞ってLINEグループづたいの広報戦略をとったのだが、そもそも「宇宙医学に皆興味を持つのか?」という初歩的な調査をスキップしていた。マーケットリサーチをせずに企画を立案するなど、普通に考えれば言語道断だろう。素人ながらにウェブサイトも作ったが、本当にこれで効果が上がるか、申込者が来るかどうかは極めて不安でしかなかった。
しかし、実際に広報を初めて見ると、申込が殺到し、すぐに満員に。予想外の展開に驚いたが、そもそも医学生とて一人の理系学生。宇宙という分野には、誰しも一度は憧れや興味を抱いたことがあったのだろう。足りなかったのは、眠っていた宇宙への興味をくすぐり出すキッカケだけだったのだ。
ツアーは無事に終了した。幸いだったのは、参加者と訪問先の双方から、「こんなプログラムは初めてだ」「是非継続して欲しい」と絶賛していただいたことだった。実際にやってみるまで分からなかったが、実は医学生と研究者のニーズを、ともに満たすプログラムになっていたのだった。これを皮切りに、今でもツアーは継続している。
出来上がったものを見ると、もしかしたら僕は、数か月前に僕が経験した出来事をそのまま追体験してもらいたかったのかも知れない、とも思う。未知なる領域に目を見開き、胸を高鳴らせた時の、あの体験を。
そう考えると、重要なのは、「こういうものを作りたい」というビジョンを持ち、その細部に至るまで「これは違う、こっちだ」という気持ちに正直になったことだったのかもしれない。それが人を惹きつけるものを作り、世にまだない小さなものを生み出すことに繋がったのだろう。
本編は連載形式となっております。次回は「アウトプットが、チャンスを呼び込む。」から、ご期待ください。