担当領域の専門性を極めるだけではない?自走するバックオフィスに求められるスキルとは
こんにちは!Bizer team代表の畠山です。前回に続きシリーズ2回目の今回は、パーソルプロセス&テクノロジー株式会社の執行役員で、経営戦略・人事・情報システムなど、バックオフィス部門の責任者をされている橋口 真さんをお招きして「いま、取り組んでいること」をテーマに対談を行いました。橋口さんが考える、「リスクカルチャーの構築」「専門性とは」について、本音で語っていただきましたのでご紹介します。
情報漏洩などの大事故は企業経営を揺るがす。根本からリスクに向き合うために、企業独自の価値観を反映した「リスクカルチャーの構築」が求められる
畠山
では、「いま、取り組んでいること」をお伺いしたいと思います。
事前に、「リスクカルチャーの構築」と「専門性とは」という2つのテーマを挙げていただきました。前提としてお伺いしたいのですが、橋口さんはバックオフィスの責任者でもありますが、何名くらいの組織なのでしょうか?
橋口さん
170名くらいですね。人事にも力を入れていて、採用で30名ほどです。
畠山
従業員6,000名に対して、バックオフィスが170名とはなかなかの規模ですね!
ではまず、「リスクカルチャーの構築」から教えてください。
橋口さん
「リスクカルチャーの構築」は、最近の私の大きなテーマのひとつで、リスクに対する企業の風土や考え方を指しています。弊社は幸いなことに、この10年で従業員が1,700名から6,000名まで増加しました。大きく成長することができましたが、一方で、4,000名を超えたあたりから、想像もしないようなリスクに対峙する機会が増えました。この規模の企業が背筋を伸ばして自立できる状態を作るためには、都度対応ではなく、根本からリスクと向き合わなくてはなりません。
例えば「情報漏洩」。社員証や携帯電話の紛失は、どうしても起きてしまうものとして対応を考えておく必要があります。以前は、「紛失は個人の問題」だと捉えて、リテラシーを引き上げるために発生ベースで当事者に指導する方針とし、紛失時の対処法を考えていました。でも、6,000名規模になると従業員は多様化し、紛失する人がいることを前提で考える必要があります。そうなると、現在も実施している年に1度の情報セキュリティ研修や社内への注意喚起という方法だけでは、大きなリスクに対処しきれません。そこで、リスクに対する企業姿勢や従業員の価値観の共有といった「リスクカルチャーの構築」について、経営層と議論をしています。
畠山
研修など知識を身につけるのではなく、カルチャーとして浸透させたいということですね。可視化しにくい取り組みになりますが、どのように進めているのでしょうか。
橋口さん
私の仮説として、企業における“カルチャー”とは、マネジメントラインの影響が大きいと考えています。マネジメントラインの人格によって、企業のカルチャーが形づくられます。もちろん、マネジメントは経営層から事業部長、部長、マネジャー、メンバーなど、レイヤーに従って浸透していくものですが、現場のメンバーは直属のマネジャーの立ち振る舞いしか見えません。だからこそ、マネジャーにどのようなカルチャーを共有するのかを考えるのが大切だと思っています。
ただ弊社の場合、マネジャーの範囲が広くて、20~25名のメンバーを見ています。一般的に、1名のマネジャーがマネジメントできる人数は、6~8名程度と言われています。そのため目が行き届かず、メンバーまで会社のメッセージが伝わっていないと考えています。
畠山
メンバーが多くてマネジャーが忙しいのが課題だとしたら、マネジャーの業務をもっと効率化する必要があるということになりますか?
橋口さん
そうです。マネジメントラインに関しては、リーダーやメンバーなどにどんどん権限委譲して効率化しつつ、組織全体の方向性や文化をつくることにパワーを使ってもらえるようにしなければなりません。例えば、マネジャーはたくさんの承認作業をしていますが、これはある意味ダブルチェックと同じことです。自動化または権限移譲できる作業はどんどん外していく必要があります。
畠山
リスクカルチャーの構築の例として、具体的な取り組みを教えてください。
橋口さん
「情報セキュリティ」を例に挙げると、「リスクになることは何もするな!」と宣言すれば、セキュリティリスクはゼロになりますが、現実的にそうはいきません。だからこそ、何が大切で、何が良くて何が悪いのかを、具体的にちゃんと伝えていく必要があると思っています。
まだ明確な答えが出ているわけではないのですが、メッセージを発してメンバーに考えてもらうことを継続するしかないと考えています。
また、ある企業では、個別にセキュリティのアンケートを実施して、「できていること/できていないこと」を答えてもらい、それを人事評価にも活かしているそうです。マネジャーとして当たり前の行動ができているかを、定量的にきちんとチェックしている。これはとても良い取り組みで、やはりメンバーの上に立つマネジャーがやるべきことをできていなければ、メンバーもできるわけがありません。
畠山
リスクカルチャーの構築とは、「目に見えないものをつくる」という取り組みです。評価や厳罰もその存在によって絶対に気持ちは変わっていくという意味で、積み重ねがカルチャーになるとは思いますが、制度に関わる意思決定者としては、心中はなかなか複雑ですね。
橋口さん
はい。厳罰化がやりたいことかと問われると、もちろんやりたくはありません。基本的には性善説に立って、みなさんを信頼して任せる方がいいに決まっています。でも、企業規模が大きくなると、性悪説に立ってあらゆる可能性やリスクを考えて、バランスを取る必要が出てくるのも確かです。
畠山
バックオフィスの責任者としての立場であれば、「制度設計」という発想になりそうですが、「カルチャーをつくろう」という可視化や数値化できない議論をされています。これは、橋口さんが執行役員で、経営層に近い立場だからでしょうか?
橋口
そうですね。バックオフィスの執行役員として、経営層に議論を求める立場です。ただ、弊社はもともと「議論を繰り返してまとめる」という文化があることも要因のひとつかもしれません。
畠山
「新しい制度を考えました。承認お願いします」と経営ボードに持ち込んでしまうと、制度の良し悪しを審議するだけで終わってしまいそうです。カルチャーをつくるためには、ディスカッションもセットで持ち込むことが大切ですね。
橋口さん
もちろん効率の観点で見ると、権限を持つ人がトップダウンで進めた方が、もしかしたら早いのかもしれません。ただそれは企業の文化に依存します。弊社の場合は、無理やり言われても誰も納得しないし、きっと動かないと思います(笑) だからこそ、意思決定の先にある「浸透」まで考えて、きちんとした議論が必要だということです。企業固有のカルチャーがあり、その前提において何がベストなのかを考える必要がありますね。
自走するバックオフィスになるには、担当領域の専門知識を身につけるだけではない
畠山
では、2つ目のテーマ「専門性とは」について教えてください。
橋口さん
正直に言うと、私は専門性なんて不要だと思っています。これまで人事や情報システムなど、色々な組織を見てきましたが、私に高度な専門性はありません。もし私やメンバーに専門的な知識が足りない場合は、お金を払えば外部の専門家で補完することができます。専門知識よりも大切なのは、専門的な経験値を身につけること。専門的な知識がなくても、場数を踏むことが重要だと考えています。
畠山
知識と経験を切り分けているんですね。でも、バックオフィスの場合、一般的に専門職、プロフェッショナルとして位置づけられることが多いと思いますが…。
橋口さん
メンバーと将来のキャリアについて話す機会があるのですが、みんな「専門知識を持ったプロフェッショナルになりたい」と答えます。でも、専門知識よりも、分からないことを聞いたうえで、どのように判断するか、どのように振る舞うことができるかどうかが重要だと思うんです。
私の組織では、縦軸に「専門性」、横軸に「業務遂行力」や「企画推進力」といったポータブルスキルを置いて、「今どこにいるか」と「将来どこを目指すか」を聞くと、みんな縦軸の上に行こうとするんです。でも、専門知識は詳しい人に頼ればいい。それよりも、右側の「業務遂行力」や「企画推進力」がないと、大きなアジェンダを持って物事を進める仕事はうまくいきません。これは、マネジャーやリーダーだけに言えることではなく、チームに横軸で力を発揮する人が一人でもいれば、その業務は外部リソースを活用するという方法もあるわけです。
特に最近はフリーランスが増加しているので、人材という観点では縦軸のプロフェッショナルに人がどんどん集中していきます。でも、本質的な仕事においては、ポータブルスキルを求められることが多い。パーソルグループでも顧問を紹介するサービスを提供しており、週1回1時間から専門家の助言を受けることもできるので、専門知識は取得しやすいという傾向があります。
畠山
でも、全員が横軸を目指してほしいというわけではないですよね?
橋口さん
もちろんです。特に、法務や労務などは専門的な知識が必要です。ただ、縦軸を極めた場合、極端に言うと、知っていることには何でも答えられるけれど、自ら行動する力がない可能性があります。組織が正しく自走するために、専門知識とポータブルスキルのバランスが重要になるでしょう。
畠山
専門性は勉強すれば身につけることができそうですが、業務遂行力や企画推進力はどのように身につければいいのでしょうか。
橋口さん
私も横軸の上げ方に悩んで、メンバーにフィットした企画の研修コンテンツを自力で作りました。業務遂行力や企画推進力を高めるひとつの答えは、「フィードバック」なんですね。本人が自ら考えてアウトプットしたものに対して、マネジャーがフィードバックして、本人が意味を感じ取る。結局のところ、業務遂行力や企画推進力のように基準が曖昧な力は、本人も感覚が分からないので、適切なフィードバックを受けることでしか鍛えることができないんです。アウトプットとフィードバックを繰り返すことで、伸びる力だと思います。私は、1on1で悩んでいることを聞きながら、フィードバックの時間にしています。
畠山
なるほど。スペシャリストを目指したいメンバーの場合、なかなか横軸を伸ばす方に意欲が向かないかもしれません。その場合は、どうしたらいいでしょう?
橋口さん
先ほどの縦軸と横軸の話のように、自分の評価や将来目指したい姿を可視化するといいでしょう。最初はマネジャーがプロットして、その表を見ながら本人と対話して位置を決めていきます。また、意欲がわかないというよりも、伸ばし方が分からないのだと思います。上司からのフィードバックがないと、少なくとも自分がどの位置にいて、どこに進んでいるのかが分からないでしょう。
畠山
横軸の力はバックオフィスに限らず、多くの職種で求められる力だと思いますが、教えてもらったことがないかもしれません。メンバーの方の中には、マネジャーがいたとしても兼務などで忙しくて、丁寧にフィードバックしてもらえないというケースもありそうです。
橋口さん
フィードバックしてもらえそうな人を探して、自ら時間をもらいに行く姿勢が重要だと思います。忙しそうなマネジャーを捕まえるのは大変かもしれませんが、遠慮していたら自分の成長は止まってしまいます。直属の上司が難しいようであれば、その上の管理職に相談するという方法もあります。
畠山
自分のスキルへの不安を漠然と相談するのではなく、「自分の業務推進力はどの程度の評価で、今後どのように伸ばしたらいいのでしょうか?」と具体的にアプローチすると、マネジャーとしてもフィードバックがしやすいかもしれませんね。
橋口さん
何かを考えたり企画したりするときも、100%を目指すのではなく70%くらいのアイデアをマネジャーにぶつけてみて、ディスカッションするといいと思います。このプロセスは企業規模やポジションに関わらず、どのレイヤーでも共通する話です。
畠山
上司と部下とのコミュニケーションは分かりました。では、メンバー同士のコミュニケーションを図るにはどうしたらいいのでしょうか。バックオフィスは役割分担がしっかりしているので、「他の人が何をしているのか分からない」という話を耳にします。
橋口さん
興味がない人もいるかもしれませんが、それは少数派で、「興味はあるけれど見えない」というケースが多いのでは。大前提として、仕事に前向きな人であれば、興味はあると思っています。
私の組織では、6~7年前からコミュニケーション・タスクフォースを実施しています。タスクフォース(task force)とは、緊急性が高い課題を解決するために、一時的に構成された優秀な人材で成り立つ組織のこと。コミュニケーションを考える組織を部署横断で作って、自分たちでアイデアを練り、実行します。
メンバーは年に1度総入れ替え。自己推薦形式でメンバーを募っていますが、背中を押すこともしています。役割と時間を与えられれば、みんな前向きに取り組みますし、上から言われるよりも、メンバーから働きかけられると周囲も巻き込まれてくれるものです。テーマは年ごとに変わりますが、タスクフォースに関わった人材があちこちの部署に散らばっているので、組織を超えたコミュニケーションを実現することができています。
畠山
すごいな!仕組みで大きく変わるんですね。
橋口さん
いえいえ、上から部下同士のコミュニケーションを促進するなどやってみたのですが、それだとあんまりうまくいかなくて(笑)
バックオフィスは、会社経営のオペレーション部分。社内唯一のディフェンス部門として、経営を強固に支えたい
畠山
なるほど。今回は、全体のお話を通して、企業内でバックオフィスの立ち位置を確立することが大切だと感じました。最後に、経営層に対してのアプローチがあれば教えてほしいです。
橋口さん
バックオフィスの仕事とは、会社経営のオペレーション部分です。小規模であれば社長が直接やっている業務が、規模が大きくなるに従って細分化されているだけ。ですから、バックオフィスの方は、自分たちの業務が経営にどのような影響を与えているのかを、きちんと指し示していく必要があります。例えば「採用」や「評価」だと、自分にも影響があるので興味を持ちやすいのですが、「ガバナンス」「法務」などは、当たり前にあるものだと思われて関心を得にくい傾向があります。
経営層に興味喚起するという意味で、個人的に実行している手法のひとつとして、反論が巻き起こるような革新的な炎上案件を定期的に持ち込んでいます。先日、人事部門が労働時間を改善するために、残業の上限時間を最小限にする案を持ち込んだことがあります。もちろん速やかに承認されることはないのですが、経営層が労働時間を考えるきっかけになりました。時には怒られることもありますが、「社長の次に会社全体のことを考えている」という自負があるので、会社のためを思って積極的に炎上案件を持ち込んでいます(笑)
畠山
確かに、バックオフィスは「ディフェンス」と言われますが、会社を支える立場でもありますよね。
橋口さん
バックオフィスのメンバーは、誰しもプライドを持って取り組んでいると思うんですよね。企業におけるディフェンスの役割は、バックオフィスだけです。そこに責任を持って、企業を支える組織であるという誇りを持っていただきたいと思います。
今回は貴重なお話をいただきありがとうございました!