「税務調査の指摘ゼロ」への挑戦。建設業界の旗振り役としてコンプライアンス向上に必要なこととは
こんにちは!Bizer team代表の畠山です。シリーズ5回目は、鹿島建設株式会社の財務本部 主計部 税務グループ長 京極さんをお招きして「いま、取り組んでいること」をテーマに対談を行いました。京極さんが考える建設業界における税務の役割と業界への意識、税務に求められるスキルについてお伺いしました。
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この道20年!企業における「税務」の役割と業務内容、建設業界特有の事情とは?
畠山
まず、簡単に自己紹介していただいてもよろしいでしょうか。
京極さん
鹿島建設には1992年に入社しました。当時は建設投資額がピークを迎え、建設業界が大いに盛り上がっていた時期です。就職活動は建設業界が第一志望で、入社後本社主計部に配属され、国内子会社、アメリカ現地法人への出向を経て2002年7月から現在の部署である主計部税務グループに異動して20年が経ちます。
畠山
あまり聞き慣れない「税務」の仕事ですが、具体的にどのような業務なのでしょうか。
京極さん
税務の業務は、主に法人税・消費税等の確定申告書作成とその税務調査対応です。「確定申告書」と聞くと個人事業主や副業をされている方が行うというイメージがあるかもしれませんが、法人も確定申告を行います。法人の場合は申告金額が大きく内容も複雑になりますが、申告書の作成を税務グループが行い、必要に応じて弁護士や税理士など専門家に確認するという形で進めています。また、税務調査は資本金の大きさから東京国税局調査第一部特官室が担当し、7月~12月の半年間かけて行われます。
畠山
御社の規模だと確定申告も税務調査の対応も大変そうですね。
京極さん
会計と税務には違いがあります。会計は企業の年度内収益と費用を計算しますが、税務は企業が納める税金を計算します。算出方法は似ていますが、必ずしも一致しません。会計上の費用に該当するが、税務上の費用(損金)に該当しない場合も珍しくありません。交際費の取り扱いが良い例です。税法は一般的な取り扱いが定められているだけです。個々の取引まで取り決めがありませんので、どの企業も商慣習やルール等に基づいて申告していると思いますが、新しい制度(インボイス制度等)が導入されたり、取引の仕組みが変更したりすれば、申告すべきか、申告するタイミングはいつが適切かなど対応方法について迷うことがあります。判断が難しい、いわゆる「グレーゾーン」の取り扱いについては、国税調査官に当社の判断を理解していただきつつ、会社としての対応方法を一つずつ積み上げていきます。
判断の難しさは、建設業界ならではの事情も加わります。国税庁が発表している「法人税等の調査事績の概要」に「不正発見割合の高い業種」というランキングがありますが、上位に土木建築業が複数含まれています。土木建築業が上位となる理由として、①長期にわたる工事が多いこと、➁重層下請構造になっていることなどが挙げられます。例えば、①は建物の完成が延びて3月竣工予定が6月竣工になる場合のように「期ずれ」が発生しやすく、➁は複数の企業が階層化することで工事の進捗状況やコストが複雑になりやすいです。
畠山
判断が難しい上に、業界特有の事情もある。
京極さん
はい。不正取引の報道が多いことも、建設業界に対する調査が厳しい理由のひとつだと思っています。ただ、過去と決別して、業界全体が変わらなければならない時期だと強く感じています。
業界の旗振り役として税務調査の指摘ゼロを目指し、建設業界のイメージを変えていきたい
畠山
疑われやすい建設業界の体質を変えたいということですね。
京極さん
建設業界の架空発注やキックバックなどのニュースが未だに報道されますが、悪いことと理解しても分かるはずはないと過信し、自らの利益を優先させて手を出しているのだと思います。今は企業倫理通報制度もありますし、国税局の情報ネットワークも相当なものです。必ず発覚します。税務の立場として、税務上問題となりやすい取引を紹介した上で、スキャンダル等から会社を守り社員個人を守るためにも困ったことがあれば必ず相談して欲しいと研修で言い続けています。現場からも「近隣から苦情等を持ちかけられているが、解決にどうしたらいいのか」といった相談が寄せられるようになりました。建設業界のコンプライアンス意識を高め、クリーンなイメージに変えていきたいと思っています。
畠山
税務が社内研修もやるんですか。
京極さん
はい、税務調査を受けた時はその時のトレンド(注目ポイント)を解説しますし、指摘されそうな事例を繰り返し説明します。これまでの指摘事項を分析すると、指摘される内容や全体的な金額感は毎年あまり変わらないことに気づきました。毎年同じことを指摘されて進歩がないなと。ある意味「お土産」的だったかもしれません。本当のところは分かりませんが、調査官は出来高を上げて満足し、会社側も早々に税務調査から開放され、複雑な取引があっても説明せずに済みます。
部下から「なぜ毎年指摘されるのか」と質問され、会社として不健全であること、修正申告等の対応時間・ペナルティが無駄であることを気づかされました。最初から正しく申告すれば良いのに、税務調査で指摘されることに慣れ過ぎていました。本社各部署や支店に対して「正しい申告をするために報告して」と言っているのに、情報が中途半端であり、結果が伴っていない。追徴税額があると「申告漏れ」として報道されるリスクもあります。当社に対する報道を機に、確定申告を根本的に見直すことを社内で宣言しました。
畠山
慣習を廃止するのは勇気が要ることと思います。社内の反応はいかがでしたか?
京極さん
今までのような出来高が上がらないと国税調査官に隅々まで調べられ、想定外の指摘を受けて追徴税額が発生してしまう恐れもあります。どこまで本社に相談・報告すべきか、その基準や何が問題になるのか分からないなど、様々な意見がありましたが、本社主導で情報収集に努め、申告する・しないを決めていきました。確定申告までのプロセスも一つずつ見直しました。税務グループとして、矛盾やリスクがある仕事を後輩に引き継いでいく訳にはいきません。目標として、社員が報道で嫌な気分にならないこと、国税庁による「税務に関するコーポレートガバナンス」の評価の「良好」を一つの基準としました。
畠山
税務調査はどうなりましたか?
京極さん
「税務に関するコーポレートガバナンス」は「良好」でした。指摘が多かった交際費ですが、経理処理から見直したので、今では指摘が全くありません。また、以前の調査とは違った箇所を調べられるようになりましたが、怖くはない印象です。調査で指摘されそうな取引は事前検討の上申告しますので、今は胸を張って「指摘ゼロで帰ってください」というスタンスで臨むようになりました。税務調査で指摘ゼロを目指す企業が1社でも2社でも増えれば、必然的に業界全体の意識も変わっていきますし、「不正発見割合の高い業種」の上位に登場することもなくなると期待しています。
一緒に働いている税務のメンバーはみんな同じ気持ちですし、業界の大手・準大手が参加する日本建設業連合会の税制部会関係者も同じ意識を持っています。業界の旗振り役として、鹿島グループでは「税務ポリシー(Kajima Group Global Tax Compliance Policy)」を掲げて、指摘ゼロを目指しています。
畠山
すごいですね。「正しいことを貫く」という税務のプライドを感じます。
税務は経営にもインパクトを与えるダイナミックな仕事。多くの税務経験者を育成したい
畠山
続いて、税務のキャリアや育成についてお伺いしたいと思います。御社における税務のキャリアパスを教えてください。
京極さん
当社のキャリアを大きく分けると、バックオフィスに代表される「事務系」と、建設に関わる「技術系」になりますが、事務系のキャリアを考えたときに、企画や人事、総務、経理などはイメージできても、税務はなかなか思い浮かびません。「個人の確定申告も大変そうなのに、法人なんて難しそう」「専門性が高すぎて、キャリアが税務に固定化してしまうのでは」などと思われて、ジョブローテーションで選択してもらえないという課題があります。
畠山
確かに専門性が高そうなイメージです。
京極さん
私が税務に異動したばかりの頃は、税務の知識はもちろん、具体的に税務調査自体何をするのか分かっていませんでした。税務に関する専門知識は税理士などの外部専門家がいますので、いつでも相談できますから、分からなくても全く問題ありません。まずは何が分からないかを自分で認識することから始まります。
畠山
先ほどお伺いした売上高、費用計上の判断や国税調査官との交渉はいかがでしょうか。
京極さん
個別事案の判断には、税務としての経験値が求められます。以前の記事でパーソルプロセス&テクノロジー株式会社の橋口さんが仰っていましたが(VOL2参照)、専門知識よりも大切なのは、専門的な経験値です。これは税務に限らずどの仕事でも、経験を重ねながら身につけるしかないでしょう。
ただ、国税調査官との交渉については、確実な正解があるわけではありません。調査官によって判断するポイントが違うので、最終的には話し合いになります。そのために、最終的には書類上の正しさだけでなく、「人を知る」というスキルが大事になってきます。
畠山
意外ですね!調査官との交渉には税務の知識が最優先だと思っていましたが、コミュニケーション力が求められるんですか。
京極さん
そうです。調査官の言いたいことを正確に理解するだけでなく、会社の考え方や判断を理解してもらうために、調査官の特性を踏まえた上で、適切な言葉を選び、論理的に話すことが重要です。とはいえ、調査で初めてお会いして調査官の個性や特徴など分かるはずもありませんので、担当する調査官の名前が分かった時から、職員録を使い調査官の経歴(10年分)を調べて、その経験から得意分野などを見極めるようにします。私は税務20年のキャリアがありますので、知っている国税OBと過去にご一緒していたら、国税OBに連絡を取って調査の傾向や性格まで可能な限り把握するように努めています。
畠山
全然イメージと違う。
京極さん
個人的な印象ですが、法人税、消費税、源泉所得税、国際取引…といった税目によって調査官のタイプが違う気がしています。目の前の調査官はどの分野に強く、どこに注目しているのかを探って、コミュニケーションに活かすようにしています。税務調査対応とは、最後は「人間力」だと思っています。
畠山
なんだか営業のようですね。では、京極さんが感じる税務の成果、やりがいとは何ですか?
京極さん
営業職であれば売上高や受注件数等が数字として表れますし、技術職であれば建築物などで自分の仕事の成果を可視化することができますが、事務職は自分の成果を可視化することが難しい傾向にあります。しかしながら、税務の場合は「追徴税額」や「指摘の回避」という観点で成果を数字で表現することができます。特に法人税は金額がとても大きいので、会社の姿勢や考え方に調査官の理解が得られたら追徴税額等は億円単位で変わります。経営にもインパクトを与えるダイナミックな仕事だと言えるかもしれません。
畠山
税務の専門家を育成するために、どのようなことを行っているのでしょうか?
京極さん
税務グループは専門的で属人的になりがちだったのですが、タスク管理ツールを導入して業務の可視化・標準化を行っています。税制が毎年改正されるので、ツールで運用した方がアップデートしやすいんです。また、税務業務は確定申告時期(4~6月)に業務が集中すること、税務調査中であっても日常業務を進めなければならないことなどから、労働時間が長くなりやすい傾向にあります。ツールの導入で業務改善を行い、必要に応じて業務を外注するなどして労働時間を削減し、税務としての経験値を高める業務に集中してもらおうと考えています。
畠山
税務後は、どのようなキャリアを描く方が多いんですか?
京極さん
税務後のキャリアパスは、支店の経理部門や監査部、営業本部など様々ですね。ただ税務の経験があると、調査官目線で指摘される可能性がある取引を判断できるようになります。例えば、営業では受注等のための謝礼を要求される事があります。謝礼を払ってしまうと、施主にも迷惑かけるかもしれないしトラブルリスクもありますので、税務経験者であればすぐに気づいてアラートを上げることができます。
また、税務経験者が社内外に広がって活躍することで、どんどん会社や業界が健全化する流れを作ることができます。そういう意味でも、税務経験者を育成することにやりがいを感じています。特に、当社グループは北米、アジア、欧州、大洋州の28の国と地域で活動していますので、需要の高い国際税務に詳しい人材を育てていきたいですね。
畠山
税務は財務や経理に近い仕事だと勝手に考えていましたが、イメージが180度変わりました。また、京極さんの業界イメージを変えていこうとする使命感も伝わってきます。
今回は、なかなか表に出ない貴重なお話を教えていただきありがとうございました!