
自転車の道、鳥の道。
今日、以前からやりたかったことに初チャレンジした。
それは、自宅から職場までの自転車通勤。片道16キロ。平坦ではあるが、これだけの距離を走れるか心配だった。
だが、意外にあっさり走れた。
そして気づいたのは、自分の体力だけではなかった。
ずっとあったのに、見えていなかった道。
普段の車での通勤路は、車通りも多くて狭いので危険。そこで、遠回りをしてでも、車通りの少ない道を選んで走った。
おのずと集落の中や農道を通ることとなり、今まで気づかなかった景色や、人々のリアルな暮らし、生き物たちの息吹を感じることができた。
中には、グリーンに塗装され、歩行者や自転車が優先して通行できるように配慮してある道がいくつもあった。通学路にも使われているのだろうか。
これまで3年、通っていた道なのに、こんなにも、歩行者や自転車の立場に立って整備されている道路があることを、今までまったく知らなかったことに驚いた。
鳥にも道がある。
その驚きの中で、ふと、「フライウェイ」という言葉を思い出した。
フライウェイとは、渡り鳥の渡りルートを、地域レベルで包括的にくくった範囲のこと。琵琶湖も、僕が中学から高校にかけて水鳥観察をしていた余呉湖も、「東アジア・オーストラリア地域フライウェイ」の中に位置している。
風力発電の建設計画をめぐって
実は、いま、生まれ故郷の余呉(現長浜市)から福井にかけて、ウィンドファーム(風力発電所群)の建設計画がある。
この建設計画をめぐって、自分の中でもいろんな気持ちが沸き起こっているし、僕の周囲でも、さまざまな議論がある。
一つの思いは、再生エネルギーを地域で自給するために、風力発電所を建設をしたいという思いだ。
いま、グラスゴーで気候変動枠組条約のCOP26が開催されているが、日本は未だに化石燃料や原発への依存から脱せていない。僕自身も福井県に並ぶ原発銀座にずっと気味悪さを感じてきてたし、学生時代に京都でのCOP3に関わっていたことからも、再生エネルギーへの転換を進めたい思いは強い。
しかしもう一つの思いは、鳥類をはじめとする生き物たちへの配慮を十分にしたいという思いだ。
このあたりは植生としてもブナ林をはじめとする貴重な森林であり、また、イヌワシやクマタカの生息地である。
さらに、このあたりは小鳥類も含め、多くの渡り鳥が渡るルートにも位置している。
環境省が作成した「センシティビティマップ」においても、注意レベルの高い地域に位置する。
ウィンドファームの建設計画のある谷の南、柳ケ瀬にあった地名は「雁ケ谷」(駅の名前もその名だった)。おそらく、雁(かり・がん)がここを渡ることにちなんでいるのだろうと思われる。
さらに琵琶湖を南にくだると、近江八景に数えられた「堅田の落雁(らくがん)」がある。落雁とは、夕方に、雁の群れがねぐらに入るときに、落ちるように降りてくる様子を言う。
かつて雁は、兵庫の昆陽池にまで来ていたことが知られており、おそらく堅田にも多くの雁が来ていたのだろう。しかし明治の近代化以降、狩猟や開発の結果、これらの渡りルートは途絶してしまい、現在は湖北野鳥公園がガン類の実質上の南限となっている。
気候危機に危機感を強く抱いている人からは「多少の犠牲は仕方ない」という意見も伺う。
おっしゃるとおり、人が暮らす限り、自然への介入は起きざるを得ない。
しかし、わたしたちはすでに述べたように、これまでにもすでに多大な「犠牲」を生き物たちに強いてきたのだ。
さらに「犠牲」を強いるからには、それを最小限にしていくための努力を惜しみたくない。
生き物の道を、感じられる感性を。
車に乗っていては自転車の道に気づかないように、人間の暮らしだけをしていたら、他の生き物たちの道は見えない。
しかし、生き物の営みをよく観察し、いったん彼らの見せている世界がわかれば、わたしたちは彼らの目線で世界を見ることができるようになる。
この、共感のちからが、人間の力だ。
実際にいま、堰によって分断された魚の道や、道路や開発によって分断された獣の道を、再びつなぎなおす動きが県内各地でも進んでいる。
わたしたちは、多くの道に支えられて生きている。水の道、食べ物の道、そして…電気の道、エネルギーの道。
それらの道を拓き、つなぎ、わたしたちの暮らしをより確かで豊かなものにしながら、そのことで他の生き物たちの命を支える道を分断することをできるだけ避けられるようにしたい。
風車を建てるなら、生き物たちの道を分断しないであろうことを確信できる場所に建てたい。
そのために、まずは「生き物の道」を見いだせる感性を、一人でも多くの人と共有したい、と思う。