肥後琵琶「大江山1段」書き起こし修正

世をひそかにおもんみる
よってほこるもの
ついに天の恩をこうむり
うちには三綱五常の基をあらわし
ほかには
万機の政を正しくし 万人天恩を重んじ
君の恵みは久方の八島の他にくもりなく
月の都は道広く 治まる御代こそめでたかりけれ

そのころ人皇の御代は始まりて めでたくも
66代の帝
一条の院の行にあたりて

源頼光君(みなもとのらいこうぎみ)は
音のも聞こえし摂津の国にござすえたもう

あい従ごう 郎党には
渡辺源氏綱(わたなべのげんじつな)ごろう
坂田兵庫守(さかたひょうごのかみ)きんたろう
はりまのかみ平井保昌(ひらいのほうしょう)やすまさ
遠江(とおとうみ)のかみ碓井あらどう貞光(さだみつ)
するがのかみ卜部(うらべ)ろくろう季武(すえたけ)
そのほか あまた ござ そうろう
君をご奉仕たてまつる
頼光君の御威勢は
春の風に浮かれなびく草木のごとくなり

さてもある夜のこと
家中残らず御前にまねきたもう
会合をあそばせたもう
会合もことおわれば
頼光家中一同にうちむかい
「やぁいかにもかたがた
いまごろ世は静かに治まっておる
弓は袋 矢は矢壺
剣は箱におさまる道理とはいうものの
なにかと 騒々しく 魑魅魍魎の世の中ときく
なにかおもしろい世間話などないか?」
言葉をきくより
皆互いに顔を見合わせて
誰一人膝をすすめるものはさらになし
そこに
ひらいのほうしょう 君の前にひとひざすすみいで

「おおそれながら 我が君様
一言申し上げます。
九条の尊き羅生門の門前に 夜の夜中になりますれば
毎夜毎晩 夜な夜な鬼人あらわれて 
公家殿方の姫君をかたっぱしからとりつかんで
行き方しれずに 消えてゆくとの噂でございます。」

これをきくよりも らいこう 大いに驚きなさる

いわれてそのとき
わたなべ げんじ つなごろう 進みいで

「ホウショウ氏何をのたまうか。
羅生門 というところは、 尊き真言秘密の祈禱寺
そういう貴き門前に鬼人変化があらわれるはずはない」

これを聞くよりホウショウ

「何をのたまうか、渡辺氏。
それほど貴殿が言わるるなら、
我が君に偽りでも申しあげるとおぼしめしか。
それほどまで、渡辺氏、疑いめさるるか。
それでは貴殿、羅生門に立ちいでで、
鬼人にいで間こうてみたまえ」

「何をのたもうホウショウ氏、疑うではござらん。
そういう貴き門前にそういうものがいづるはずはない」

「それほど疑うなら渡辺殿立ちいでて、
いきむこうてみられよ」

「ゆきむこうとは申さん」

「何を申さる。さあさあさあさ あ」

渡辺、ホウショウの争いに
頼光この由聞こし召し、

「渡辺、ホウショウ。しばらく待て。
汝どもが争うたところで何の証拠はない。」

しばらく待てと立ち上って
奥から金札持ちいだし
頼光 はツナゴロウにうちむかい

「渡辺、そちは大儀であるが
羅生門にたちいでて、
この金札を与ゆるに
鬼人とゆきむこうて参れ」

これを見るよりツナゴロウは、鶴の一声

何というようもない
金札を受け取り
「しからば我が君様、羅生門にいで
時すぎ鬼人がでないそのときは
門前に金札つきたてて、たち帰り候。」

頼光君の目通りをさがり
玄関にきてみれば
別当は駒の用意をいたし
君の玄関に横づけして
いまかいつかと待っている。
渡辺は駒の手綱を受け取り
綾と錦のよりわけ手綱
七より半によってよりをかけ
身ゆりゆってゆりもどす
とりかみつかんで ゆうと乗り
むさしあぶみをしっかとゆいつけ門の外にと
しずしずと立ちいづる

門前になれば はいよ あぶみをけった
駒は名馬のことならば
羅生門さして宙飛ぶごとく
ほどなく真言秘密の祈祷寺
羅生門に着きにける

今出るかいつでるかと
これより暮れむつ 宵いつつ 夜よつと
その頃の時は真夜九ツが 夜と昼との境。

待てど暮せども
変化どころか何一つといずるものぞさらになし
待ちに待ったるツナゴロウは

「何だこれは。
さすが にホウショウ殿が、
変化が出るとか、鬼人があらわれるとか、
何を人が見たのか、臆病者のこれは話だ。
ばかばかしい話にだまされた。
これで帰ることにしようか」
と門の外に君から受けとった金札をつき立てて
馬上にまたがり
すでに君の御殿に行こうとする途端に
どこでうつかは知らねども
九ツを知らせる鐘の音

耳にふれて心 しみじみと響きわたる
そっと吹きくる風の生臭いこと

駒は突然 身震い いななき 暴れ回る
ひひひーーーん
はっと驚くツナゴロウも
どうどう あわてるな
何をするかととどむれども
駒は驚き 天に登りあがらぬばかりの暴れ方

吹きくる風の恐ろしや
みるみるうちに羅生門の上には雲一筋まいおろす

四方八方真っ暗すみ
かの黒雲の中よりも
一条余りの変化があらわれ
渡辺の七重のかぶとのしころを摘んで
雲にうち乗り 虚空はるかと舞い上る 

はっと驚くツナゴロウ
七転八倒驚き
こはなんとせん いかがわせんと

そのうちに
次第次第に高く舞い上る
はっと気がつくツナロウが
腰の一刀ずらりと引き抜いて
目より高く振りあげ
切っておろせば あやまたず鬼人のかいなを
ハッシと
うちとったり
かいなとツナゴロウは羅生門のきわに落ちてくる
鬼人は虚空よりも声はり上げて

「やあやあワタナベゲンジツナゴロウ、
耳穴さらえてよく聞け。
我のかいなを打ちとったからと、必ず安心するな。
たとえ我がかいなを切り落されても、
七日のうちに 取り戻す。
つげば必ずもとのかいなにつぎとむる。
月には二十の闇 がある。
おのれがうちに忍び込み取り戻してみするぞ。
これさえ言えば、おのれに用事はない。」
言う声もろともに姿はかき消え煙のごとく消えてゆく
あとに残りしツナゴロウは
これはしてやったり

やーーほうしょうどのがゆうたとうり
鬼人のありよう
うたごうたが 拙者のあやまり

さてもこれを君にお日にかけんとかいなを
小脇にかいこんでもとの馬上にゆえと乗り
頼光御殿と帰りゆく

はや門前になれば 別当は出迎えいたし
玄関よりも馬上からおりて
頼光お目通りとあがりゆく
はるかに下がり 両の手をつかい
一礼し
「おおそれながら我が君様。
ただいま、ツナゴロウ立ち帰り候。
鬼人のかいな切りとって参りました」
この山聞くより頼光君は
「おお、渡辺。御苦労であった。
鬼人のかいなをこれに出せよ」
御覧あそばせと差しいだせば
頼光は鬼人のかいなを引寄せて
「いかにもツナゴロウ。
鬼人の腕とは話は聞けども
目に見ることは今宵がはじめて
たくましき鬼人のかいなじゃのう。家中の皆の方々よ
鬼人のかいな
耳には聞けども目に見た人はないであろう
鬼人のかいなを思い思いに眺めてよかろうぞ」
ありがとうござりますると
家中の皆の人々が手から手に受け取りわたし
鬼人のかいなを眺め驚く
きりりとひと巡り回ってくるかいなを
再び頼光公
手に受け取りて
「さて、つなごろう。そちに一言頼むことがある。
そうたい鬼人というものは
ちりや木の葉に身を変化いたすもの
七日のうちには必ず取り返しにくるとの話。
このかいなはその方に預くる。
屋敷に持ち帰り、塀の隙間をいちいちふさぎ、
七日の間は裏も表も戸締りいたし、
必ず奮いとりかえさぬように寝ずの番をいたせ」
「しからば我が君様、しかとお預かりいたします。
それではおいとまをいたします。ごめん。」
我が家をさして帰りゆく。
我が家になれば あまたの人夫を呼び寄せて
こと厳重に戸締りをする
夜と昼との寝ずの番
今日は一日何ごとなくすぎたとはいえども安心がならん
鍛冶屋に注文し カナシツをこしらえ 
鬼人のかいなをカナシツに収め
これで大丈夫と日をくらす
三日 四日と暮すうちに 六日までは何のこともない
七日の夕暮れ その頃 七ツ頃になったそのときに
話は変って丹後但馬の国境
大江山にすみかをいたす
酒吞童子の眷属 茨木童子は
かいなを切り落され
今日は渡辺のうちに忍ぼうか
明日は渡辺のうちと思えども
早や七日は過ぎさろうとする
さすがに猛き茨木が心のうちに思うのには
あーーーこまったことになった
今日や明日やと思えども
もはや七日も七ツになった
風の便りに
渡辺のうちはこと厳重に戸締りして
一寸一分のすきまもないということ
夜と昼は寝ずの番
これほど厳重にかまえた渡辺のうちには
どうして忍びゆこうか
あの手 この手と思案をいたせども
わずかな時になった
今より夜中までに取り返さねば
九ツ過ぎたら八日目になる
八日にかかったら
つぎとめても元のかいなにつながらず
どうして取り返しに忍ぼうか
くれぐれ思案のおりに
思いついたる茨木が
「ああ、渡辺を育てた伯母が津の国にいるという話。
津の国に参り、伯母がすみかを探し、
伯母の姿に化けてゆくなら、さすがに猛き渡辺も、
産みの親より育ての親と、大恩 受けたる伯母上と
門をあけて通すに違いない。 」
そうじゃそうじゃ雲を招き
呪文唱え くじを切り 雲にうち乗り 
大江山をあとにして、津の国さして飛んでいく
津の国になりければ
あちら こちらとたずねて探す
ようやく探し出したる 伯母のすみか

ここぞと立ち寄り
窓の隙間から伯母の姿を見る見るうちに
女の姿に化けにける
これでよかろうと そこを離れた
そのときにあたりに小池がある
池の水鏡で我身を眺むれば
伯母の姿には生き写し

「ややーしてやったり
この姿で参るならよもや我とは思うまい。
尊き御恩深い伯母上と門を開いて通すに違いはない。」
もとの雲にうち乗って都をさして飛んでいく

その頃、ときは暮れ六つ過ぎ
人の香も見えないくれの闇
門のきわにたどりつき

「もうし もうしご門番衆。ご門番衆たのもうたのもう」
と呼ぶ声に
二人の門番声聞くより
「御同役、このくれに、頼もう頼もうと女の呼ぶ声。
門のあけ せきは我らが責任とは申せども。
秘密あっての戸締り、どうしたらよいか、同役」と
「それは道理じゃが、
いかなることがあっても開くわけにはいくまい。
ほどよく言ってお断りいたそう」
「もうし、お女中様、いづれからかは存ぜねども、
この屋敷には仔細があって七日七夜の戸締りいたす。
七日と申しても、今宵一夜になっています。
明朝になれば門を開けます。
明朝おいでくださりませ」
「いかにも門番衆。我の声を聞き忘れたか。
我は津の国から、はるばるツナゴロウを訪ねてきた。
綱ゴロウに早く、津の国の伯母が参ったと取次を頼む。」
はっと驚く二人の門番。
「どなた様かと思 えば、御主様の伯母上様でございましたか。これは無礼を申し上げました。暫時お待ち下さい」と奥をさして急ぎゆく。

渡辺綱にこのこと詳しく申し上ぐれば、
綱ゴロウ大いに驚き、
「あー、悪いときに来たか。いかなる恩の深い伯母にせよ。親兄弟にせよ。今宵だけは戸のあけせきはかなわん。
なんじども断っても聞く耳をもつまい。
我がいでて、ほどよく言って断わらん」と、

先の難儀は知らずして表門にと出て参る。
「もうし、伯母上様。
今宵だけは仔細あって、この門は開かれません。
今宵いづくかに、お泊り下され。
七日七夜の、今宵七日の夜でございます。
明日の朝は早く門を開きます。
あらためて、明朝おいでください。」

これを聞くよりお伯母上は
「いかなることかは知らねども、
何にも知らぬ女を、
門を開けて通しても何の仔細もあるまいに。
どこかに今宵は泊れというても、
そなた一人たよってきた者に断るとは何事か。
伯母が恩を忘れたか。伯母がぐちを並べてやるぞ。」
「おば上様。尊きご恩は忘れておりません。」
「それでは門を開けて通せ」
「どのようなことを仰せになっても、
今宵だけはお断りいたします」
「しからばぐちを並ぶるぞ」

これを聞くより綱ゴロウは
ぐちを並べられては面倒と
しからば伯母上様と
門のつめ棒はずし 少し門を開き
伯母を通し
門をもとのごとくしめつけて
奥の一間に案内をする。

一間になれば伯母上は
「渡辺ゲンゴのゴロウ。
久方ぶりの対面で 何から話のしようもない。
しかしながら、裏も表もこと厳重に閉門であるが、
それを聞かねば、伯母は安心ならん」

「伯母上様。そういう御心配はご無用でございます。
罪、科の戸締りではございません。
ヒライのホウショウヤスマサ殿が
羅生門に迷い変化が出る。
公家殿方の姫をとりつかんで、
行き方しれずに消えていくとの話がそのために、
ホウショウと我と争いののち、
君より仰せをこうむり、
羅生門に参り、
鬼人の腕を切りとりまいれば、
そうたい鬼人は塵、 木の葉に変化、
七日のうちに腕を取り返しにくるから頼むと
預かったる故の、戸締り、寝ずの番でございます。」

伯母は聞くより、おおいに喜び

「いかなる綱ゴロウ。
無礼科で閉門かと思えば、
そういう手柄を得たものか、
その話を聞いて安心した。
津の国に帰って人々に
そなたの手柄話に鼻が大きくなったわい。
しかし、その腕はどうしていらるる綱ゴロウ」

「ただ いま申し上げましたとおり、
塵、木の葉に変化、
しのび取り返されては一大事と、
鉄室こしらえ、カナシツの中にしまっております。」

「その腕を伯母に一目見せておくれ」
「伯母上様。今宵の夜明けまで待ってくださりませ。夜が開けたら見せます」
「何を申すか。 夜明けのことはさておいて、
伯母も六十すぎたことなれば、老生ふじょうのさかい。
いつ、なんどき、むかいの無情の風がさそいにくる。
いっときも待てしばしのない無情の風にさそわるれば
そなたが手柄いたした鬼人の腕見ることがならん。
今宵のうちに、
もしも、 無常の風が吹いてくれば明日という日はない。
冥土とこの世の境に、
今わの際にただ一目、見せておくれ、綱ゴロウ」と
「伯母上どのように仰せになっても、
夜が明くるまではなりません」
「しからば、伯母が恩を忘れたか。グチを並ぶるぞ。
そなたは二つの時、産みの母に死に別れ。
そのあとは伯母が引受けて、伯母が乳房はふくまずして、伯母が乳房をぶったり、たたいたり、つまんだり、
泣きわめきして、どれほどまで伯母を苦しめたか。
まだそなたも、言葉もかなわぬことなれば、
そういうことはおぼえていないであろうが。
夜の夜中もそなたを背に負い、
あちらこちらと回りすかし、
泣いて暮した夜はいく夜ばかりかや。
そういう苦労をいたして、
そちを育て、頼光様の家来となって、
我が一人の力で手柄をいたしたか。
何を申しても伯母が恩であるぞ。
見せんとあらば、恩を忘れ、
果てたる綱ゴロウとはいわさん。
見せるのか見せんのか」
「伯母上様。しばらくしばらく。
夜もすぎたる時刻でもあろうから、
しばらく、しばらくお待ち下さい」
「これほど言うても恩を忘れしか」
グチを並べ立て 並べ立つれば
さすがに猛き綱ゴロウも
何思うたか立ち上り
合鍵とってカナ室にむかい
錠をこじあけ カナ室の中から鬼人の腕を取りいだし
伯母上の前に持ち参り
「伯母上様。御覧くださりませ。
これが鬼人の腕でございます」
差しいだされて伯母上は
にわかに顔色変えて
「あー、恐い」と悲鳴をあげ
身はわなわなと後に逃げすぎる
恐いものは見たいとやら
再び寄っては声をあげ
手を伸しては
また後に逃げすざり
寄ったり逃げたりするうちに
思わず鬼人の腕を握ったり
さすったり 身はわなわな惑いながら
思わず腕を引き寄する。
「渡辺ゲンジ綱ゴロウよ。
鬼人の腕というのは、
話に聞いたことはあるけれども、
目に見ることは今宵が初めてであるぞ。
たくましき 鬼人の腕じゃ」と
引き寄せて撫でたり さすったりするうちに
我が胸に抱きよする

そうこうするのを綱ゴロウは
しっかと見ていながら
いかなる運命つきたか
悪魔のなすわざか
みるみるうちに
この伯母は鬼人の腕と我が腕を
肩と腕の切り口を合わせ
つっと立ち上り天井のきわに飛上り
「やあやあ、渡辺ゲンゴ綱ゴロウ。
耳穴さらえてよくも聞け。
我は汝を育てた伯母とは全くの偽りなり。
七日前に羅生門で、
七日のうちには忍びこみ、
取り返しにくるから、油断するな と、
あれほど言って聞かしたのに、
おのれが育ての伯母と思い、
開けて通した故、我の腕は元の腕に継ぎとめたぞ。
我をいかなる何者と思いしか、
我こそは日本一のてんもんし、
蘆屋道満みつてるののなれのはて、
今では大江山四天童子の眷属
茨木童子とはみがことなり。
腕を取り返したうえからは用事はない」

雨戸のすきからすっと抜けいだし
呪文となえ
くじを切り 雲にうち乗り
はっと驚く綱ゴロウは
「たばかられしか、残念や」と
大と小を取るが早いか
雨戸をけとばし はねとばし
おいては とんでいで 雲もやぶれるばかりの大音声
「そこなる鬼人、茨木とやら、
かえせ、もどせ、勝負をいたせ」
と呼べど呼べど答なし
行き方知れずに消えていく

あわれは渡辺ゲンジ綱ゴロウ

さていかが始末になりましょうか

頼光主従の鬼人退治の糸口にうつりましたが
ここらあたりで一息いれて
次あらためて またのご縁

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