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Sweet Stories Scrap マンスリー Vol.1 2020/8
noteマガジン「Sweet Stories Scrap(SSS)」はnoteに発表されている小説の中から、わたくしコイッチが独断と偏見で選んだ『ステキな小説のスクラップブック』。月に一度ぐらいは感想・批評を記事にして配信する予定(たぶん…だけど)。気に入ったらフォローしてくれっ✌️
さて、今回のラインナップは次の3作品。
さよならのバックパックがくれたひと夏のこと/サトウカエデ
夏の終わりは他の季節にも増して切ない。この作品を読むと、ひと夏の時間がどんどん進んでいく、ああもう今年の夏が終わってしまう、そんな切なさをしみじみと感じる。時間が経過する感覚が体を包むようなリアルさがある。
音を吸い込む余白が家にありすぎると、人は病む。
(中略)
テレビから流れるのは埋め合わせの音で、コンビニのお弁当は味のしない砂だ。
この辺りの表現も絶妙。言葉をきっかけにして音、味、空間などの生身の感覚が刺激される。その刺激が読者に情景を自然に想像させてくれる。わたしゃ、これ読んでビール飲みたくなったからね。この作品の爽やかさは、ビンタンみたいなしゃぶしゃぶ系のライトなビールとよく合うような気がするんだよね。
君にサヨナラをしよう/クロブチ
もう一つ、夏っぽいのを。夏といえば幽霊だ。
他愛もないショートショートの一遍なのかもしれないけれど、全体に漂うリズムが好き。最後まで読んでしまう。改行位置とか一行開けて段落に間を置くとか、もう一工夫あると文章自体の持ってるリズム感とか生きてくるんじゃないかなあ、と思うんだけど。皆さんは如何?
最後にオチがあるんだけど、説明的にならずに読者の脳味噌の中で「ああ、そういうことなのか」と結論を想起させてから終わるのもカッコいい。
沈むふたり/宿木雪樹
この人の書く文章が好き。特に言葉のチョイス。
私は周囲を気にしながら、そっとそのベッドに腰を下ろす。ロングスカートなので下の心配はないが、人目につく場所で寝転がるというのは、どうも落ち着かない。
この「下の心配はないが」というのは「パンツが見えちまう心配はねえんだが」と同じ意味なのだけれど、読んだ時に受け取る感触が全然違う。
試しに書いてみよっか?
私は周囲を気にしながら、そっとそのベッドに腰を下ろす。ロングスカートなのでパンツが見えちまう心配はねえんだが、人目につく場所で寝転がるというのは、どうも落ち着かない。
これじゃあ、夫婦生活に気怠い不安を抱えている大人しい人妻の姿はとても浮かんでこない。かといって「下着が見える心配はない」というような直截的な言いまわしでは、なお少し下世話さが残ってしまう。何というかそもそもがスカートの中がチラ見えする心配自体が多少のエロを孕んでいるので、そこは避けて通れない…と思いきや。すっきり、ばっさり言葉を切り捨てて、必要最小限の文字かずでまとめることで、文字の上では実に爽やかな表面を作り、読者の脳裏には「ああ、そういうことね」と像を結ばせてみせたのである。
いやはや。これこそが宿木さんの文章を読む楽しみの一つである。
もちろん、こういった絶妙の言葉チョイスで紡がれる情景や機微の描写もたいへん素晴らしい。こちらはまた別の機会に論評したい。
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まだまだ暑い日が続くので、みんな無理すんなよ。部屋にこもってnoteでも読んでりゃ間違いないさ。
じゃあ、また。
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