新たな技術・発想で、オートロック機能をアップデートせよ──HW/FW3人の開発者の軌跡
ビットキーの魅力を一人ひとりの語りから紡ぎ出していくシリーズ「What's your "KEY"」。
今回はハードウェアとファームウェアの両領域から開発メンバーに登場してもらい、ビットキーの“ものづくりのリアル”をお伝えしていきます。
私たちの周りには、自動車やカメラといった製品が無数に存在しています。これら“動くもの”の多くは、目に見えるハードウェア部分と、ハードウェアをプログラムで制御するファームウェア部分で構成されています。ビットキーのプロダクト開発においても、両チームの連携は欠かすことができません。
インタビューの軸となるのは、スマートロックの「オートロック機能開発プロジェクト」。この「オートロック機能」は、多くのユーザーからの好評いただいている機能です。開発者の3人がどのような苦労を乗り越え、この機能を開発したのか。何を得たのかについても、お聞きしました。
五十嵐 賢哉
川名 優
津島 雅俊
“付属品設置なしのオートロック”を実現したい、でも市場に答えはない。 自分たちの手で導き出した斬新な方法
── 今回取り組んだプロジェクトはどういったものでしょうか?
五十嵐:2021年12月に発売を開始したbitlock MINIの、オートロック機能開発プロジェクトです。ビットキーは2019年4月にスマートロックの初代としてbitlock LITEを発売しました。bitlock MINIは、bitlock LITEの後継機にあたります。
このbitlock MINIの開発では、bitlock LITEのユーザーの声を受けて、電池の持ちや手ぶら解錠機能の精度向上など、さまざまな改善を行いました。そのひとつが、今回のオートロック機能です。
── 初代のbitlock LITEでもオートロック機能はあったのでしょうか?
五十嵐:既に機能はありましたが、改善の余地を大いに残していました。bitlock LITEではオートロック用マグネットをドアの縁に貼り付けることで、開扉・閉扉を検知し、一定時間で自動施錠する仕組みを取り入れています。
オートロック用マグネット自体は小さな部品ですが、「ユーザーからは貼り付けた際の見た目が気になる」「貼り付ける位置の判断が難しい」という声をいただいていました。さらに、これが剥がれてしまうと、オートロック機能自体が使えなくなるというのも課題です。
そのため、bitlock MINI開発において、オートロック用マグネットのような部品をつけることなく、『本体のみでオートロック機能を実現する』という重要な要件が生まれました。
── どのようなステップでプロジェクトを進めたのでしょうか?
五十嵐:最初は、市場に流通する製品の調査から開始しましたね。bitlock LITE開発時も他社製品は研究しましたが、市場の変化に応じて各社のアプローチも変化しているのではと考えたからです。
── ヒントを探った結果、いかがでしたか?
五十嵐:A社はマグネットをドアの縁に貼り、本体にマグネットセンサを内蔵することでオートロック機能を実現していました。しかし、「ドアの縁に貼る」というのはbitlock LITEと同様の仕様であるため、ヒントにはなりませんでしたね。
B社は時限式のオートロック機能で、スマートロックが解錠してから一定時間経過したら自動で施錠するというものでした。周辺に部品を設置する必要もないので、一見良さそうなのですが、ドアが開きっぱなしの場合も問答無用で施錠してしまいます。これではデッドボルトが出た状態になり、戸締まりができません。
五十嵐:また、「ドアを開けてから60秒後に鍵をかける」と設定していた場合、仮に10秒でドアを閉めても、あと50秒待たないと施錠されないという事態になります。ユーザー体験として考えると、B社の仕組みも十分ではないように思いました。
そこで、「開閉を検知できること」「その検知に本体以外の部品設置が不要なこと」という2点に焦点を絞り、部品メーカーや商社に問い合わせた結果、ジャイロセンサを採用するに至りました。
川名:僕が印象に残ってるのは、五十嵐さんがジャイロセンサをドアの開閉検知に使えそうだと仮説をたてて、採用するまでのプロセスです。
ジャイロセンサは通常、ロボットアームの姿勢検知や、ゲーム機のコントローラーで使われていますが、ドアの開閉検知に使うというのはスマートロックではおそらく初めてのはずです。検証を重ね、実際に採用したのが「すごい」と感じました。
ものづくりで新しい技術を初めて取り入れるときは、勇気がいるものなんです。他社で採用されていないのには「きっと採用されない理由があるのでは……」と勘繰ってしまい、技術者としてはこわく感じてしまうものです。
五十嵐さんがジャイロセンサを採用するまで、そんな不安にめげなかったことを純粋に尊敬します。
「ユーザー視点ではどうか?」 当初は有力でなかったジャイロセンサが採用されたワケ
── なぜジャイロセンサが採用されたのでしょうか?
五十嵐:他の方式と比較して、扉の構造やbitlock MINIの設置する際の向きに依存しにくいという点で優れていたからです。さらに、広く使われている部品でもあり、部品調達のコストが比較的高くなかった点も最適だと思う理由でした。
川名:実は当初、ジャイロセンサはそこまで有力な候補ではなかったんです。しかし、結果的にジャイロセンサを採用したプロセスを振り返ると、非常に“ビットキーらしさ”を感じました。
なぜなら、わずかな角度しか開閉しない場合に、ジャイロセンサはマグネットセンサより、「開いた」「閉まった」を判断する精度が低い懸念があったからです。
さらにジャイロセンサは、直接「角度」を検出するものではなく、回転する速度を積分することで間接的に角度を出します。測定時間によって数値が蓄積されてしまう特徴があり、実際の角度とズレてしまう“ドリフト”と呼ばれる現象が知られています。
── 精度が従来の技術より高いとはいえない。角度がズレる問題もある。そこから、どういったプロセスを経てジャイロセンサを採用するに至ったのでしょう?
五十嵐:具体的に話すと、マグネットセンサを使用した方式では数cmの開扉/閉扉も検知できます。一方ジャイロセンサは実測した結果、約10度以上の角度変化がなければ検知できませんでした。
要件を実現するために、僕らが探していたのは「開閉を検知できること」「その検知に本体以外の部品設置が不要なこと」の2つ。単にスペックで比較するのではなく、そのマイナス要素は求めるユーザー体験をふまえた場合にどのような影響があるのかと考え、実際のユースケースを想定し試してみることにしました。
まずは社員の協力のもと、社員宅で約10度の角度変化(わずかに開けた状態)を検知できないことが、どの程度ユーザー体験に影響を及ぼすのか検証しました。ドリフトの懸念についても、実際のユースケースにおいて、カギの解錠からドアを開けて閉めるまでにどれくらいの時間がかかるかを確かめてみたんです。いずれも、社員から不満が出ることはありませんでした。
これらの結果から、ユーザーの実際の体験をふまえるとジャイロセンサを使うメリットのほうが大きいという判断になりました。
川名:もちろん、「カギが閉まらない」という事態は避けるべきです。なので、ドリフトのマイナス要素をカバーするために、一定時間経過後に施錠させる条件を付与したり、ジャイロセンサに不向きな「引き戸」タイプには従来どおりオートロック用マグネット方式に対応するなど、ロックという防犯機能が求められる製品特性も考慮しました。
津島:一般的なアプローチなら、マイナス要素がわかった段階で、「マグネットセンサに戻す」「ジャイロセンサ以外の方法を探す」「ジャイロセンサでもっと精度が向上できるよう研究開発を重ねる」の3つの方向で検討するのではないかと思います。特にエンジニアは「精度が低い」ことが、気になる性分ですし。
しかし、ビットキーは常に「ユーザー視点ではどうか?」を最優先に考える会社。「そもそもユーザーが求める体験」とは? を検証することで、目的の「付属品設置なしのオートロック」を実現できたんです。
チームを超えた協力のおかげで、成功率100%の機能へ
── ジャイロセンサの採用決定後、開発中に苦労されたことがあったら教えてください。
津島:僕はもともとソフトウェア開発出身なので、Webシステムやアプリ開発とは異なる分野のドキュメントを読むのがヘビーでした。ファームウェア開発ではデータシートというものが登場します。ソフトウェアにおけるAPI仕様書のようなものなんですが、API仕様書と異なり、電流・電圧・信号を送るタイミングなど考慮すべき事項が多いんです。
例えば、ソフトウェアの世界であれば「このAPIを叩いたら、これが返ってきます」と記載されていますが、データシートでは「電源を入れてから何秒後から通信してください」「こういうタイミングで通信してください」「通信の仕方はこういう方式の、こういう設定で」と、リアル世界における動作条件があるんです。
しかも、ジャイロセンサは回転する速度が得られますが、最終的にドアの開閉状況を判別するには、あらゆる状況にうまく適応できるような方法を探し出す必要があります。リアル世界の物理的な条件を考慮するという点はソフトウエアの世界ではなかった視点で、苦労しました。
── ファームウェアならではの難しさを体感されたのですね。
津島:はい。試作品段階ではここまでの考慮は不要ですが、お客様のもとに届ける製品の量産設計の段階では、個体差やこのようなリアル世界でのあらゆる変数を念頭に置いて製品の質を安定させる必要があるんですよね。
五十嵐:スマートロックはドアに設置するデバイスですし、ビットキーのスマートロックは数十万台単位で採用されるような製品。市場に出回る規模感をふまえると、検討しなければならない項目も多かったです。ドアを思いっきり速く閉めた場合や、ドアの開閉を繰り返したあと、最後の閉扉においてもちゃんと検知できるのかなど確認していきました。
津島:川名さんは前職で培った量産設計の知見が深いので、安心感がありました。計算上の誤差や温度、特性やばらつきなど考慮すべき事項を洗い出して、それらを制御する設計を進めてくれたな、と。
川名:僕自身も協力会社や津島さんなど多くの方に相談して、さまざまな観点を取り入れながら開発を進めてましたよ。
── 具体的にはどのように進めたのでしょうか?
川名:僕が基本的な制御を考え、津島さんがミクロのデータ処理の改善をしてくれました。お互いが壁打ち相手になっているような感じです。
五十嵐:僕はエンジニア間だけではなく、お客様をサポートする部門にも、ユーザーにとってどのようなメリットがあるか噛み砕いて説明し、意見をもらっていました。
川名:前職で開発していた際には、営業やサポートチームと直接やり取りすることはありませんでしたが、ビットキーは違いました。開発プロセスの途中でも、営業のようなビジネスサイドとやり取りを重ねて、意見をもらう機会が多くあります。
五十嵐さんは、複数チームが同じ理解のもとディスカッションできるようにと、説明の仕方を工夫していた様子が印象的でした。
いろいろな種類のドアにジャイロセンサを貼り付けて、ドア開閉パターンも複数試して同時に動画撮影しつつ、そのときのジャイロセンサのデータを一覧化していました。要するに、リアル世界でユーザーが実際にとるであろう動作とその裏で計測される数値が紐づいて分かるようにしたんです。
── この場にいる全員が別の部門とも連携して進めていったのですね。結果的に、ジャイロセンサでオートロックは成功したのでしょうか?
津島:はい。最初はオートロック成功率が70%でしたが、社員のトライアル利用を通じてさまざまなユースケースも見えたことで、微調整することができ、その後の社内検証で成功率は100%になりました。
川名:社内トライアル時に不具合の報告が全く上がってこなくて、思わず「あれ?ちゃんと動いている?」と、逆に心配になってしまったほどです(笑)。先日のユーザー調査でも「最も満足度の高い機能」という結果が出て、今はほっとしています。
「What's your "KEY"」 とは
構成・編集 / 写真 / 図 ビットキーnote編集部
取材・執筆 早坂みさと