僕の心のハム五郎
たまには明るくてほのぼのとしたペットの話でも書こうかな。
過去に何回か書いて来た僕のペットシリーズがついにここに完結!
これから書くことは全て事実ではあるが、ペットたちとの会話は、あくまで想像(当たり前)で書いております。
僕が最初に出会ったペット(予定だった)は学校帰りに出会ったビーグル犬のコロだった。
僕はキラキラとしたコロのまん丸お目々にひと目で恋をした。僕に出会うまでのコロは野良犬として世間の厳しい目に晒され彷徨い歩き、興味本位で近寄って来た数多くの人間たちに餌で釣られ、頭を撫でられ、そして心許した途端に無残に見捨てられて来たのだろう。そしてやっと出会えたエンジェルボーイの僕に一筋の救いを求めて近寄って来たんだと思う。
でも、いくら僕のキラキラとした癒しオーラに釣られて引き寄せられて来たとしても、コロは今までの辛い思い出が一瞬頭をよぎったのだろう。コロは僕に近寄り、僕の股間のレモンハーブな甘美な匂いを嗅いだ瞬間「これは何?まるで底無し沼に引きずり込まれそうなこの甘く危険な香りは何?」と、すぐさま何かを察知して、素早く僕から離れたのだった。
つまりこれは、僕の股間のリトルジョージが今はまだエリンギにさえなり切れてないシメジである事を、長年野生で生きて来たコロが素早く察知して警戒した結果だった。
だから僕は「僕こそが君の飼い主候補だよ!僕こそが君を酒池肉林の贅沢三昧をさせてあげられる唯一の人間なんだよ!!」とコロに必死に訴えた。さらに僕はコロに飼い主に選んでもらうべく、家に帰るまでの間、給食の残りのコッペパンをコロに与えながら魂を込めた「家族になろうよ!」を、福山なみに歌いつつ必死のプレゼンを繰り広げたのだった。そんな僕の姿を見たコロは、
「坊や……アンタって子はアホ面に似合わずなんて健気でいじらしい子なんだい。分かった!次の飼い主は坊やに決めた!坊やの家の犬になる!この犬生の残りの時間は坊やと共に過ごす!これからヨロシクね!ワン!ワン!」
コロのコロコロした瞳がそう力強く語ってる……ように見えた僕はコロの目の前に優しく手を差し出し、コロを我が家の敷地内に向かい入れようとした。さぁ行こう!僕たちのユートピアへ!
しかし、その刹那………
コロは殺気溢れた表情で僕のふくらはぎに噛み付いて、そのまま逃げ去った……僕の方を一回も振り返りもせずに………
僕は泣いたね。その場で1人で泣いたのさ。短い時間だったけど、コロとの慈愛に満ちた信頼関係を確実に築けたと思ってた。なのにコロは僕をアッサリと裏切り、さらに僕のモモのようなプリッとしたふくらはぎに噛みついて立ち去ってしまった。あんまりじゃないか。悲しいよ。悲しみが痛いよ。そんな僕の足元には北海道の小樽運河が出来上がるほどの大量の涙が零れ落ちていた。
人生はどんなに相手に尽くしたって必ず見返りがあるとは限らないって事を、僕はまだお毛々も生えてない小学校低学年の時点で早々と学んだ。僕の幼いセピア色の涙はこの後も果てしなく流れて、そして僕の心に傷跡だけを残し、そしてお空に消えていった……
そんな悲しい出来事があった僕は犬に対しての恐怖心が拭えずにいた。もう犬はこりごりや。
でも実はその頃の我が家は少し離れた所に住んでる祖母が猫を飼っていたのだ。でも、飼ってると言っても半分野生化してる猫で、僕がエサを与える時だけ近くに寄って来る、なんとも港区女子のような損得勘定がハッキリとしたドライな猫だった。名前は「シロ」だ。体の毛が白いからという単純な理由で祖母から命名され、たまに魚やネズミを捕まえてる事があるぐらい半分野生化してる猫だった。
だから僕は、僕にだけ懐くペットが欲しいと思ったんだ。まさに僕だけのペットだ。もう一方通行の愛なんていらない。愛し愛され、尽くし尽くされる両想いになれるペット。さらに今度は僕のどこにも噛みつかない優しく穏やかなペットが欲しい!
そう思ってた僕に麓の街に買い物に行く機会が訪れた。僕の家は携帯の電波も届いてない山奥の大秘境。そんな僕が久しぶりに街に買い物に行くのだ。そこで僕は運命的に出会ってしまったんだ。小さなペットショップの鳥かごに入ってた白いジュウシマツに。
僕はその白いジュウシマツを見て子供ながらに「ジュウシマツって食べられるのかな?美味しいのかな?食べる時は串焼きにしようかな?」そんな不謹慎な思いで見ていると、白いジュウシマツが僕にこう語りかけて来たんだ。
「おやおや坊や?どうしてそんな悲しい目をしているの?でもオイラは分かるんだ。坊やは絶対に良い子だね。オイラの目に狂いはない!その証拠に坊やの目は純粋で優しい光が大量に溢れてる。でも、オイラには坊やの目の奥の悲しさも見えるのよ。そうだ!オイラの歌声で坊やを元気にしてあげるよ!オイラの歌声は朝には「おはようさ〜ん!」と明るくみんなの目を覚まし、夜には「グッナ〜イ!ピ〜ポ〜!」と熟年夫婦をオネムにさせる魅力的な歌声なんだよ!そ〜れ!レッツ!ピー!ピー!ピー!」
なんてこった……僕はさっきまで君の事を食べれるのかな?美味しいのかな?ねぎまで食べようかな?とゲスな事を考えてたんだよ。それなのに君ってヤツは僕を良い子だと言ってくれた。よし!君に決めた!コロには至れり尽くせりした挙げ句、最後の最後にまんまとコッペパンを食い逃げされただけだった。しかし君はなんとかゲットする!ここは街のペットショップ。今度は金でなんとかなる!例え君が僕を嫌だと言っても金でなんとか手に入れる!政治家が銀座のホステスを金と権力で口説くように、僕もジュウシマツの民意を金でねじ伏せる!
などという傲慢な考えで、僕は白いジュウシマツを手に入れた。
このジュウシマツの名前は「ピー助」に決めた。ピー!ピー!と鳴いてるからだ。これはもう誰が何と言おうとピー助だ。
詳しくは調べてみるとジュウシマツという鳥は野生の鳥ではなく人の手によって作り出された鳥だと知った。決して野生では生きれない鳥なのだ。
だから誰が守るのか?僕しかいないだろ!僕がピー助を守る!ピー助の全てを僕が守るんだ!!
僕はピー助を飼い猫でもあるシロにも紹介した。これから僕たちはファミリーだ。どんな時も助け合い、時には闇営業にも一緒に出向いてこそファミリーだ。だからみんなで手と手を取り合ってジョージファミリーとして生きていく。しかし、ジュウシマツの平均寿命は約8年。どう考えてもピー助は僕より先にお空に旅立つ。だから、最後の時にピー助にはこう思ってほしいんだ。
「ジョージ……オイラはジョージとシロとファミリーで本当に良かった……今度生まれ変わってもジョージとシロのファミリーになってもいいかな?ジョージ……シロ………今まで本当にありがとう…………我がジュウシマツ人生に悔い無し………」と。
僕はその時が来るまでピー助を絶対に守ると心に決めた!だから必死にお世話をしたんだ。
そんなある日、シロがまた魚かネズミかを咥えて食べようとしてた。シロは半分は野生化してる猫だ。だからそのワイルドさを僕は怒らず褒め讃えなきゃいけない。だから僕はシロに近づきシロの頭を撫でながらこう言ったんだ。
「シロ、お前は本当にワイルドキャットだな。お前はどこに行っても生きていける!でもピー助は野生では生きていけない。だから僕とシロでピー助をずっと守ろうな。でも少しはピー助も強くなっておくれよな。なぁピー助聞いてるか?ピー助………?!」
僕はピー助が住んでる鳥かごの方に目を向けた。すると鳥かごの小さな扉がなぜだか開いてるではないか?!?!
その瞬間、僕は全てを悟った。シロが咥えてるのは魚でもネズミでもなく白い体のピー助だった。
なんて哀れなんだ……ピー助……。ピー助はファミリーだと思ってたシロに陽気に口笛を吹きながら近付いたんだと思う。
「やぁやぁシロ!やっと君とオイラは触れ合えるね!しかしジョージはナルシストの勘違い野郎でちょっと面倒くさい面があるね。まぁアイツはちょっとでも褒めればすぐに機嫌も良くなるし、程よい距離感で程よく相手しとけばいいんだよ。とにかくシロ、今後ともヨロシクね!」と。
そんな陽気な言葉を発しながらシロに近づいたピー助はシロに容赦なく噛みつかれたのだ。なんてこったい。オーマイガー!
僕はこの時決めた。
もう二度とペットは飼わない。
こんなに悲しいのなら……こんなに苦しいのなら……もうペットなどいらぬ!!!
でも、そんな僕は都会に飛び出して、すぐにハムスターを飼い始めた。
もう迷わない。もう間違わない。
僕だけのペット、いや、僕だけのフレンドとして選んだのはハムスターだった。その時の僕はアパートで一人暮らしを始めてた。もちろん犬や猫は飼えない小さな小さなアパートだ。だからハムスターなんだ。小さな体に小さなお目々。なんて尊くて弱々しいんだ。君を誰が守るんだい?
それは僕しかいないだろ!だから僕が守る!!
このハムスターとの出会いは少し前に遡る。
その時の僕は傷付いていた。会社で酷い噂を流され、心が傷付いていた。そんな時に街のペットショップであるハムスターに心を奪われた。
そのハムスターの品種はゴールデンハムスターだった。まさに初心者が飼うのに相応しいハムスターの品種だった。
でも、街のペットショップで見かけたそのハムスターはなぜかハムスターケージの隅っこに固まりプルプルと怯えて震えていたんだ。しかし、その瞳はキラキラと輝いていて、何も知らない天使のような瞳だった。僕は思わずこのハムスターに声をかけた。
「どうしたの?なんで震えてるの?大丈夫だよ!そんなに怖がらなくていいよ!」
僕は子供を心配する母親のような母性溢れる声で、この怯えてるハムスターに声をかけた。
するとこのハムスターはこう言ったんだ。
「よく聞いてくれた青年よ。青年はこの世に正義があると思うかい?社会主義国家、つまり国が国民を管理して国民が平等になる事を目指す社会が敬遠され、みんなは民主主義国家になる事を選んだ。国民が国に支配されず自由に発言出来る世界になれば、正義の名のもとにみんなが幸せになれると俺は思ったんだ。しかし現実はどうだい?制限のない自由とは皆の心まで腐敗させる。俺はハムスターの解放運動に参加をした過激派のハムスターだったが、今はここに投獄され毎日のように味の付いてないヒマワリの種を食べさせられ、罰として回し車の中をグルグルと回るだけの日々だ。いくらなんでも毎日は目が回るっちゅうねん!あ〜あ、自由になりたい!これからのハムスター革命の事を考えると武者震いが止まらない!!青年よ!どうか俺をここから連れ去っておくれ!一緒に革命を起こそうではないか!!」
なんと!怖くてプルプル震えてるわけではなくて武者震いだったか。
よし!いいだろう!僕が君をここから連れ出す!僕がハムスター革命を率いるナポレオンになってやる!!
そんな大げさな心意気と共に、このハムスターとの生活が始まった。まずは名前を決めなきゃ。今までは単純な名前ばかりを付けて来た。ここはもっと壮大で荘厳な名前にしよう。しかし、ハムスターと言えば僕の頭に浮かぶのは「とっとこハム太郎」の事ばかり。ゴールデンハムスターと言えばハム太郎や。だから名前は、
「ハム五郎」
うん!これしかない!これからヨロシクね!ハム五郎!
しかし、ハムスターの平均寿命は2年だと?!ハム五郎はアホな事にハムスターの解放運動に1年間も参加してたらしい。ならば後1年しか寿命は残ってないではないか!?
僕は焦ったね。命を預かるという事は最後まで責任を持つという事。そして、ハム五郎には僕の側にいて本当に良かったと思ってもらう事。これは僕の絶対的な責任だ。だから、僕に出来る事を全てハム五郎に捧げる。
僕はハム五郎のお世話を精一杯した。美味しいご飯を用意して、ケージの掃除も頻繁に丁寧にし続けた。
ハム五郎の世話をしてると、なんとも言えない気持ちになる。ハム五郎は「俺はマイナス20℃まで耐えられる!」と強がってはいるけど、ハムスターは本当に弱い存在だ。寒さに弱く、温度が10℃を下回ってしまうと死んでしまう可能性がある。この地域は冬になると気温が10℃を下回る事はザラにある。僕が部屋の気温に気をつけないと、ハム五郎の命にかかわるのだ。
ハムスターを飼うことによって、こんな風に心配で安心して寝れないようなドキドキした気持ちを僕が感じる事になるなんて……
でも、よく考えてみたら赤ちゃんのいる家庭はいつもこんな気持ちなんだろうな。赤ちゃんは一人では何も出来ない。何も世話をしなければあっという間に命の危険に晒される弱い存在だ。歩けるようになっても、大人が平気で跨げる段差でも小さな子供なら命の危険に晒される高さになる。親はずっと子供の行動に目を配り、ずっと子供の心配をする毎日だ。
愛しいから心配であり、心配だから心が苦しくなる。
僕はこの当時、会社に行ってる時もずっとハム五郎の事を心配してた。今思うと、小さな子供を持つ親の気持ちになってたんだろうな。愛しくて心配で、心配し尽くしても、さらに心配がどこからか溢れて出て来る毎日。
そして、あるポカポカ陽気の日曜日にハム五郎を手に乗せて遊んでたんだ。ハム五郎は無邪気に僕の手の上を走り回ってた。
「どうだいハム五郎。今日は気持ちがいいだろう。僕と一緒にいればもう大丈夫!君はもう寒い思いをせずにずっと幸せに暮らせるよ!」
するとハム五郎は、
「あぁ……ジョージよ。俺の人生は戦いの連続だった。政府(ペットショップ)の人間にもっとひまわりの種の味付けを変えてくれ!と嘆願書を提出し、回し車の滑りが悪く重労働だと、労働局(ペットショップ)と裁判所(ペットショップ)に陳述書を提出もした。その結果がジョージと出会った時の独房(ただの売れ残り)での俺の姿さ。ジョージが俺に自由をくれたんだ。本当にありがとう」
僕は今までハム五郎の世話をして本当に良かったと思った。ハム五郎の言葉で僕の心配や苦労の全てが報われた瞬間だった。
後1年、ハムスターの平均寿命と言われる2年まで後1年はある。しかし、ギネスでの記録に4年6ヶ月生きたというハムスターの記録がある。ハム五郎も2年で最後を迎えると決まったわけではない。少しでも長くハム五郎との時間を過ごせるように僕は精一杯のお世話をするだけだ。
それから1週間も経たない水曜日、僕はいつものように仕事を終えて部屋に戻って来た。
「ハム五郎!今日のひまわりの種は照り焼き風味だよ!昨日のツナマヨ味のひまわりの種は苦手みたいだったから、今日は別の味にしたよ!」
しかし、ハム五郎は何も動かない。
それは今日だけじゃなく、今日から永遠に動かないという事を意味していた。
2021年の統計では全世界での1日の死亡者数は約16万人だ。
日本での1日の死亡者数は3838人
なんと命は呆気ない。
僕がどんなに心を込めてハム五郎を大事にしたって、終わりはある日突然、音も無く静かにやって来る。
コロのように僕がふくらはぎを噛みつかれ逃げられて別れが訪れるわけではなく、ピー助がシロに噛みつかれいなくなったような突発的な事件が起こったわけでもなく、何も事件が起こらず、いつもと変わらない日常の中でハム五郎との別れが突然やって来た。
命とはなんて無常なんだ。
無常とは仏教において物事が流転し永遠ではない事を意味する教義。
命は儚くて脆い。
僕がハム五郎の為にした事は全て無駄だったのか?
僕はハム五郎を弔いながら、虚しさに打ちひしがれていた。
今僕がペットを飼わないのは長期間家を空ける可能性があるのが一番の理由だけど、ハム五郎を突然失った虚無感を今でも忘れていないのも原因だろう。
どんなに大事に扱っても、命の終わりは突然訪れる。
僕のペットシリーズはここから再開する事なく、ここで本当に終わりかも知れない。
命の儚さを知り、命を預かる重さを知る。
本当の愛を知るには、悲しみは避けては通れないのだと思う。
愛と痛みは表裏一体なのだ。