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身銭を切れ Ⅱ


こんにちは、ディレクターのかえるです。
前回の記事から引き続き、ナシーム・ニコラス・タレブの『身銭を切れ』を読んでいきます。

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努力のやり方、として私はこの本を読みました。私はこれまで、開発やデザインなど制作の仕事を横断的に経験し、現在はクライアントと制作者をつなぐディレクターという立ち位置で仕事をしています。複数の領域を行ったり来たりしながら、自分の興味はどの方向に向いているのか、どのポジションなら自分の持ち味を引き出せるのか、試行錯誤をしてきました。しかし、特定の領域を専門的に深める志向をあまり持たない自分に対して、そのような努力のやり方で適切なのか、迷いがありました。試行錯誤や努力をするとき、身銭とはどのように切るものなのか知るために、この本を手に取りました。

本書を読んで分かったことは、自分の努力のやり方は間違っていない、ということです。何が正解なのかはすぐに分かるものではなく、根気よく努力を続けることが大切です。そして、成功とは少しずつ段階的に経験していくのではなく、何もない状態がしばらく続いたのちに、あるとき一挙に大きな成功が訪れるのだそうです。そして、それがいつなのか事前に見通すことは、残念ながらできません。

努力が報われるとは限らないが、努力しなければ報われることはない

著者のナシーム・ニコラス・タレブは不確実性やリスク工学の研究者で、もともと金融デリバティブのトレーダーとして働いていた人物です。彼は2007年に『ブラック・スワン』という本を刊行し、のちに起こるサブプライム問題を契機とした世界金融危機の原因を原理的に明らかにしていたとして、大きな注目を集めました。

タレブは大暴落が発生したときに大儲けするというスタイルでのトレーディングを行います。定期的に小さな損失を出しつつ、不定期に巨大な利益を獲得する、いわばベンチャーキャピタリストのようなやり方をするのが、彼の投資の特徴です。このようなリスクとリターンに対する考え方は、努力することに応用できると思います。

努力することと、その見返りとして得られる報酬は、対称ではありません。努力は必ずしも報われるわけではないからです。しかし、報酬を得るには、それに見合うだけの努力をしなければなりません。これは言い換えれば、原因と結果が非対称である状況といえます。

原因と結果が非対称な状況において、より大きな結果を得るにはどうすればよいのでしょうか。それは、小さな成功を何度も収めるよりも、成功したときのインパクトをできる限り大きくすることです。タレブはこう言います。「人生で重要なのは、結果の予測を“的中”させる頻度ではなく、的中させたときにどれだけ儲かるかだ」。的中させる頻度を気にしないということは、いつ的中させられるか分からない不安を抱え続けなければならないということです。その不安を解消するために私たちにできることは、的中させる方法を見つけることよりも、どこに打てば的から外れるのか知ることです。

正解が分からない状況では、まず正解でないものを見つける

小さな失敗を繰り返しながら軌道修正していくことは、試行錯誤のプロセスです。どうすれば正解にたどり着けるか分からない時、まずは正解でないものを見つけることから私たちは着手します。自分が目指しているものが何でないかを知ることは、大切なことです。プロフェッショナルや専門家とは、ある領域におけるほとんどの失敗を経験した人のことを意味します。

小さな失敗を繰り返すのは、のちに致命的な失敗を起こさないようにするためです。これをタレブはテール・リスクへの対処だと言います。テールとは「発生頻度の低い極端な現象」のことで、たとえば、東日本大震災やリーマンショックなどが挙げられます。新型コロナウィルスの世界的な流行も、テールに近い現象といえるかもしれません。将来に備えて、普段から防災用品を見直したり、最寄りの避難場所を確認しておくことで、大災害が発生したときの被害を軽減できます。

試行した時に発生しうる危険は、自分で負うべきものであって、他人に押し付けてはいけません。これが本書のタイトルにもなっている、「身銭を切れ」ということです。自分で負うべき危険を他人に押し付けてばかりいると、自分も他人も巻き込んだ深刻な破綻が発生する可能性が高まります。この破綻を防ぐために、古来から人類はリスクを他者に転嫁させない仕組みを作り、実践してきたとタレブは言います。その例が、ハンムラビ法典です。「目には目を、歯には歯を」という同害報復の考え方は、加害者と被害者に対称性を定めることで、リスク転嫁を予防する試みです。

アンクルポイントを決める。アンクルポイントを下回ったら、進むべき方向を見直す

致命的な失敗に対処するために、事前に小さな失敗をすることは大切なことです。しかし、致命的な事象はいずれ発生します。破滅は避けることができません。リスクに対してできることは、回避することではなく、一定の対策を取ることでしかない、とタレブは言います。

破滅に対して対策を取ることができないゲームには、参加してはいけません。例えるなら、カジノで遊んでもよいが、ロシアンルーレットには参加してはいけない、ということです。ロシアンルーレットとは6連発の回転式拳銃に弾を1発だけ込めて、自分のこめかみに銃口を当てて引き金を引くゲームです。生き残った時に1億円をもらえるとしても、弾が発射された時には確実に死んでしまいます。これでは支払う代償が大きすぎます。一方、カジノなら軍資金として費やすお金に一定の制限を設けることで、破産しないように対策を取ることができます。小さなリスクを冒しながら、生き残ることは可能です。

トレーディングの世界では、これ以上負けたら手じまいするという分岐点のことを、「アンクルポイント」と呼びます。ある閾値を超えたら方針を変えるというのは、個人のキャリア形成や組織の事業計画でも、活用されている考え方です。たとえば、スタートアップが主力事業とは別に立ち上げた新しい事業が成功し、ビジネスモデルをピボットすることがあります。これは元々の主力事業が思うように伸びず、アンクルポイントを割ったため生じた事業転換だといえます。個人のキャリア形成に関しても同じです。努力しても芽が出そうにない、しかも、やってみて自分の好奇心もさほど刺激されなかったという場合、取り組みを見直した方が良いかもしれません。

仕事のキャリアは、目的地を常に変更しつづける

職業上の技能をどのように磨いていくのか考える際に、投資の考え方から多くのことを学べます。努力とは、自分が死ぬまでの残り時間をすり減らすことです。本を買えば出費をしますし、頭を使えば腹も減ります。それだけの身銭を切ってまで、自分が得ようとしているものは何でしょうか。仕事の目的とは、あらかじめ明確に見通すことができる静的な地点のようなものではなく、仮定した目標を常に更新しつづける動的な指標なのだと思います。

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