栄養えいよー。
冷凍庫に一枚、玄米食パンが残っていた。ブイーンと唸る機械音と共にさみしそうに。パンにそんな感情があるはずがない。茶色い表面がちょっと冷凍焼けしているせいで、白くしらけている様が、そのように見えた。「もう〜白いパンより茶色いパンの方が体に良いんだよ」なんて家族に言ってみても、白くてやわらかいルックスで、お砂糖やバターたっぷりの方が魅惑的だから、仕方ない。
コーヒーと一緒に、トーストして食べた。栄養。
子供が産まれてから暫くの間は、子供の口から体に入るものだからと、隙間時間で最優先に、パンやお菓子を手作りした。小麦粉の銘柄にもこだわって、上白糖は使わずにココナッツシュガー、きび砂糖、黒糖、バターを使わずにバージンオリーブオイル、ココナッツオイル、牛乳を使わずに、豆乳、豆腐、どうせなら全てオーガニックがいい。不思議なもので、食にこだわろうと思えばいくらでも、その手法は無限に広がり切りが無くなった。健康的な食事の為に、その準備が苦しくなっては本末転倒だし、幸いにも子供がアレルギー体質では無かったこともあり、基本は健康と背中合わせをセットに、日々のバランスで微調整を心がけてケミカルなものでも、その状況によりどちらでも選択する気楽な方に定まった。こだわりを一本筋で持つのは大切なこと。それ以上に大切なのは、時代や暮らしに寛容さを持つこと。"毒を食らわば皿まで"と言うし。これ以外は全部ダメにしてしまうと実に生きづらいから。そんな考えも、歳を重ねたからかも。
【蘇る記憶】
「健康ブームとかの流れには、正直言って吐き気がします。体に良いものが全てじゃない。栄養だって様々ですし、生きていれば色々あるし、私はインスタント食品だって普通に食べます」と言ったのは、女優のSさん。 確かにその当時は、世の中がいわゆる健康ブームが流行りつつあったから、タレントとしては黙って、上手くイメージ戦略に乗ることだって可能だっただろうに……彼女はそうしなかった。わたしは、彼女が気になる人となった。
仕事で一度だけ、コートを預かった記憶がある。豹柄のフェイクファーで、当時は人気の香水だったエタニティが甘く薫って、「貴重品等、ポケットにございませんか?」と聞いたら、「はい、ありません、ありがとう」と笑顔と涼やかな声で彼女は答えた。常に態度があまり変わらない人だった。同時にそれは"その業界で生きる覚悟をしている人だから"だと理解するのに充分だった。
ある業界の人と電撃結婚し、マスコミを騒がせた彼女が、会見で着用していた服はDIORのもので、グレーのツーピース。上着の襟元が、色白で華奢な鎖骨を強調している素敵なデザインで(ああ、一皮剥けて覚悟したんだな)とカメラを通して感じた。その後、妊娠中であることを知り、やっぱり、そうだったと確信した。そして同時に(いつか必ず復帰する)と。
そして……復帰しましたね。
おや?玄米食パンから、こんな記憶に遡ってしまいました。
記憶もえいよー。