distance。〈丸の内編〉
あの人は優しかった。
優しい男だから、記憶に残るんだろうか。もう何年も経って、突然に不意に落ちて来た。
梅雨の午後に気づいてしまった気持ち。
さあ、どうしようか…
たわいもない日々の取るに足らない世間話を、語り合える相手が居るという幸せ。近い未来に恋仲になるかもしれない…と浮き立つ予感も。それを匂わせる時間の流れは、観えるもの全てに【感受性フィルター】を掛け、輝きを増す世界に変えてしまう。
でも、男と女。
気持ちと態度は、裏腹なもの。不安定。
2人きりで、丸の内界隈で、軽い夕飯を兼ねた酒場を訪れた日。明らかに会話にズレを生じていた。器用に振る舞うことなど容易い筈だった。
「さっきから、めちゃくちゃ全力で話しかけてるんだけど…」苦笑いしながら彼はチラッとこちらを見てから、ビールグラスを片手で持って、手持ち無沙汰に正面をぼんやり向いている。
「話しかけて来るなオーラ出してる?」と困惑していた。
(違う、そんなことない)と、はっきり否定するべきで、カウンター席に並んで座り時間だけが、流れていく。
それ以降は、記憶から消した。
本気であればあるほど、人は言葉を失う。はっきりと、「好きです」と言ってしまえば、タイミングは噛み合ったんだろうか?何を躊躇した?……
終わった恋心。もう存在すら無い携帯の、メール画面が浮かぶ。
「おはよう」
「今、どうしてる?」
「おやすみ」
「普段は車だけど、休みだから自転車に乗ったんだ。風があたたかくて、とても気持ち良かった」
「今日は眼科に行くから、眼鏡👓なんだ」
「夕方、海辺をジョギングしていたら、空も海も全て真っ赤に染まって、とても綺麗だった。観せたかったなぁ…」
わたしは覚えている。
心地よい声も。
寝癖頭のままで、抱えていたギターも。
「なんで話してるだけでも、イメージって伝わるんだろう?」と言っていたけど、そうだね…今だったら恋をすると、「猫の髭並みに、感度が良くなる生き物だから」と答えておく。
そして秘密…。失われた未来の空間で、ソファで、うたた寝している鼻眼鏡を直しながら、そっと額に触れるまでのdistance。
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