リラクゼーション。
眼鏡をかけている美容師と付き合ったのは、彼が最初で最後だった。
美容師という仕事を生業にしている男には、何故、一定数の女の扱いが巧い種族が存在するんだろうか。シャンプーする時の触れ方、力加減、気遣い。もうこれは技術を超えた天性のものなんだと思う。持って生まれたもの。そんなテクニックを持ってる人に出会ってしまったら、生きてる人間である以上、サービスだけではない特別な感情を抱かない訳ない。
午後の表参道、ショッピングした手提げを片手に日差しを手で避けるように歩き、名刺を差し出して声をかけて来た彼を見た。白シャツにグレーのニット、眼鏡から覗く優しい眼差し、少し長めで茶を帯びた髪はゆるいパーマで、何ともゴールデンレトリバーのようで犬みたいな人だと思った。
カットモデル?
ファッションはヘアスタイルまでが込みで、というか髪型の加減が最大限に重要だと思っていた。丁度、根元のカラーを施さないと気になりだしたタイミングだから、あちらの要望を聞き入れるように、自分の要望も上手く通せばいい。ギブアンドテイク。そんな裏腹な気持ちで、サロンへ向かった。(歩き疲れてもいたし)
竹下通りの裏手の路地を少し進んだ先に、そのサロンはあった。エレベーターのボタンを押し、並んで待つ間、彼は私の髪に視線を落としながら、イエロー系かな、でも、オレンジ系が強く出そうな感じかな?などとヘアカラーの色味を吟味しているようだった。
「カラーは希望通りにするから、カットは僕に任せて欲しいんだ」
手際良くシャンプー台に促され横になる。
フェイスカバーを軽く掛ける流れから始まり、流れる水音以外、何も聞こえないはずだった。
前髪、こめかみ、耳から首筋の髪を、優しく撫でるように触れる手の感覚が心地良い。うっとりと微睡むカバー越しに彼のシルエットが薄っすらと見えて、本当に目の前、顔の寸前に、彼の顔があって、流れる水が排水パイプへ落ちる響きの中、彼の息づかいが耳元に感じられる。
この感覚は一体なんだろう。
ビリビリと頭から、体が痺れる。
泡立つような感情と、あまりの快感に、ため息が溢れてしまう。
優しいだけじゃない触れ方。
気持ちいい。
このまま触れ続けて欲しい。
気づいたら、カバーがズレてしまっていて、目の前の彼がくすりと笑みを浮かべていた。
全身の毛穴という穴全てが開いたように、
瞳が重なり合う中で私は脱力した。
この男は、全て分かってる上で愉しんでいる。
眼鏡を外した顔を初めて見た。
付き合ってしまえば、こちらのもの。
女は欲望に素直でいいでしょう。
彼と一緒にお風呂に入って、毎回バスタブに横になって、シャンプーをしてもらった。
「ねぇ、キスしながらシャンプーしてみて」と悪戯っ子のように言ってみたり、
何度も、何度も、お互いに泡だらけになって、戯れて、抱きしめ合う。
彼は、その手で、くちびるで、優しく髪から体、女の秘めた場所まで上手く扱う。
眼鏡に泡つけて悪戯したり、
そんなこともあったな。
犬の散歩で、近所の割りと有名な公園を、いつも通り抜ける。
今日、ゴールデンレトリバーとすれ違った。夕日に毛並みが輝いていた。
ああ、この仔知っている。と感じてから、
ああ、犬じゃなくて人間だったね、となった記憶の話しなんだけど…。
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