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「こども」「トイレ」「犬」「たまご」そして「母」、ってなんじゃそりゃ。

「次は数学かぁ」

机の上に教科書とノートを置いて、校訓が入った額の横にある壁時計を見る。「16期生寄贈」と書かれている。父が8期生だから、かなり古い。長針と短針だけのシンプルな時計だが、今でも充分なはたらきをしている。

外から帰ってきた男子たちが、まくりあげた袖を下ろしながらバタバタと騒々しく教室に飛び込んでくる。

まだ5分ある。やっぱ行っとこ。

開けかけていた筆箱のファスナーを閉め、ノートの上に置いた。ガタガタっとお尻で椅子をひいて教室(*1)を出て、廊下の先にあるトイレ(*2)に急いだ。トイレはすいていて、待つことなく使用できた。

一斉に椅子を引く音がトイレに響いた。ざわつく声も聞こえる。
やばっ、もう先生来たの?
頭では急がなきゃって思うのに、なぜか私の動きは遅い(*3)。

重く感じる足(*4)を懸命に動かしてトイレを出る。廊下から見える教室は、グラウンド側の窓から差し込む光に包まれぼんやりしていた(*5)。ひんやりとした廊下側の窓はすべて開け放たれていた。

あれ、後ろに人がいる。あ、そっか、今日は参観日(*6)だっけ?
それほど多くはないが、すでに後ろのロッカーの前に立っている親たちの姿が見えた。

私の席は廊下側から2列目の前から2番目、だっけ? そうだ、確か、グラウンド側の席が良かったなぁなんて思っていたんだっけ。

窓から教壇に立っている先生が見えた。さすがに前のドアから入る勇気はない。男の先生だし、ちょっと怖い。

忍び足で後ろのドアから入り、身をかがめて自分の席へ向かう。

「…さん?」(*7)

背後から名前を呼ばれた。振り向くと、上下黒い服(*8)を着たおばさんがいた。えっと、誰のお母さんだっけ?

おばさんはたまご1パックを両手で胸の高さまで持ち上げ、
「これ、せっかくいただいたんだけど…」
と困った顔を見せた。

瞬間、やってしまった、と思った。自分が何をしでかしたのかすぐに理解できたのだ。

「え、あ、すみません!まさかゆでたまご(*9)でした?!あちゃ~、ほんとすいません!!」
自分の犯した不謹慎なミスに深々と頭を下げて謝った。

「いいんよいいんよ、このゆでたまごのおかげでみんな笑えたから。(*10)」

おばさんは目尻にしわをいっぱい作って目を細めた。
ほっ、よかった。で、でも、恥ずかしい!まさか、ゆでたまごを持って行ったなんて‼

*********

という場面で目がパチリ。心なしか頬も紅潮していた。

足元の愛犬に気を遣いながら、ゆっくり起き上がった。犬は一瞬顔をあげ、そしてまた鼻先を後ろ足にくっつけるようにして丸まる。私は、椅子に掛けていたカーディガンをはおり、机の上の眼鏡をとり、トイレへ行った。

***

昨夜は布団に入ってから、夫に頼まれていた確定申告に提出する医療費控除の明細書を準備していないことに気づいた。夫は翌朝すぐに役所に出掛けると言っていたから、がんばって今やるか、このまま寝るなら朝早く起きてやるしかない。そう思い、ちょっと悩んだが、あっさり後者を選択したのだった。

そして、高校生の娘の名前を呼び、私のスマホのアラームを設定するようお願いした。愛犬が私の足の上で寝ていたので、体を動かすことができなかったのだ。

翌朝。日曜日。朝6時半に目覚ましが鳴った、と思う。
起きなきゃ、やらなきゃいけないことがあったんだった、と思いながらも、スワイプしてアラームを止め、再び寝てしまったようだ。

***

トイレの自動洗浄機のモニターの時計は「07:12」を表示していた。約30分の間に夢を見たらしい。とってもへんちくりんな夢だが、どうやらこれらが今、私の頭を占めているものと思われる。

なぜなら、へんてこなストーリーを構成する一つひとつの素材が、私の日常の断片や感情をかき集めているようだから。

それはこんな感じに。

(*1)学校の設定
これは私の生活のメインが子どもたちだからであろう。特に、寝る前に会話した娘が現在高校生。舞台は故郷の高校。とはいえ、何も私が高校生になる必要はないと思うが。

(*2)トイレ
朝方、トイレに行きたいと思いながら寝ていた。子どもの頃なら完全におねしょパターン。

(*3)動きが遅い
夢でなりがち。走っても走ってもスローモーション。ジレンマを感じる。欲求不満か?

(*4)足が重い
愛犬が一晩中私の足の上で寝ていたようだ。

(*5)教室がぼんやり
夢では思考がやたら鮮明で背景がぼんやり。高校時代が昔すぎて、記憶が曖昧なせいもあるのかも。

(*6)参観日
中学生の娘から、年度末の保護者会の案内のプリントを渡されていた。

(*7)呼ばれた名前が聞き取れない
設定は高校生、今は既婚。姓が違うので夢の中で混乱が生じていたのでは?

(*8)上下黒い服
数日前、母から電話があり、伯母が体調を崩し、もう危ないかもしれないと知らされた。母は、遠方の自分が会いに行くことで、姉に危険な状態であることを悟られるのではないかと心配し、会いたいけど、会いに行けないと言う。私はそれは会うべきだ、伯母さんだって母に会いたいと思っているにちがいない、そう母に言った。そんなことから葬儀を連想したと思われる。

(*9)ゆでたまご
数年前に、たまごはスーパーフードであり、1日何個食べてもいいと聞いた。以来、成長期の子どもたちのために、毎日ゆでたまごを作り置きしている。冷蔵庫のたまごチェックは毎日の日課。たまごを切らすことがいちばんのストレス。料理中、なまたまごと思って割るとゆでたまごだった、ということもしばしば。そのスーパーフードをお悔やみとして故人へ送ったのか?

(*10)みんな笑えた
最期は母も伯母も、みんな笑った方がいい。そんな気持ちの表れではないかと推測する。

***

キーワードは「こども」、「トイレ」、「犬」、「たまご」、「母」。約半世紀も生きている割にはかなり幼稚だ。これでも、環境問題やフードロス、途上国支援などへの関心は割と高いほうで、普段からそういうことを意識して生活しているつもりだ。それなのに、夢にはちっとも反映されていない。

そして、この壊滅的な想像力。もうちょっとましなストーリーはつくれなかったのだろうか。有名な作家の先生方は、アイデアが天から降りてくると言う。私に降りてきたお話はこの程度。つまり、私は作家にはなれない、ということは間違いない。

フロイトによれば、夢の素材は記憶から引き出されているという。そして、夢とは、無意識的に潜在的な願望を充足させるもの、つまり夢は無意識による自己表現であるという。

「こども」、「トイレ」、「犬」、「たまご」、そして「母」、ってなんじゃそりゃ。自分にないもの、不足しているものを補いながらかっこよく生きようとしても、しょせん、うわべを着飾るだけ。私の潜在意識にあるものってこんなもんらしい。

だけど、すべてをはぎ取っても、そこにしっかりしがみついていてくれているものこそ、私の大切なものだ。

夢を診断すると、大切なものを大切にしている自分が見えて、ああ、私は大丈夫だって、そう思えた。何が大丈夫なのか、うまく言えないんだけれど、きっとこれって、私にとって大切なことなんじゃないのかな。


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