旧奥州街道ウォーク④ 喜連川宿→佐久山宿
こんにちは、ばーどです。
2024年5月4日(土)、GW奥州街道ウォークの2日目。
今日は栃木県内の田園地帯を31km歩きます。青空で気温も上がりそう。
1.鶴ヶ坂
内川を渡り、いきなり上り坂に。
フィオーレ喜連川。
JR東日本グループが住宅1990年台後半に売り出した、温泉付き住宅地。
当時は都内の駅や車内に広告を出し(そこで「喜連川」の地名を初めて知った)、鉄道沿線でもないのになぜJRが?と疑問でした。売れ行きはどうだったか?。
実際に近くに来て改めて、鉄道との親和性の低さを実感。でも自然豊かなのどかな場所です。
ズバリ社名通り、建設用仮設機材のリース会社。喜連川(ここは別の場所)に本社があり、茨城・福島・仙台にも営業所があります。建築業界を支える重要なパーツで、ニーズも高いと思います。
坂の名前は「鶴ヶ坂」。
この辺り、江戸から三十四里目、南和田の一里塚があった場所で、右の雑木林の中に南塚が残っているそうですが、見つけられず。一里塚の周辺には、茶屋もあったそうです。
2.江川
明治9年の東北巡幸は、まだ鉄道がなく奥州街道を北上しており、街道沿いに宿泊や休憩した場所が多く残されています。
さきほどの「小休止之際御膳水碑」の場所で汲んだ水を、ここで休憩のときにお召し上がりになったのか?
緑と青の世界。
田植え前前後のこの時期しか見られない、贅沢な風景です。
3.つぶれ坂
店の外でご主人らしい方が、竹を切って竹筒のお椀を作ってます。
ビワイチ(琵琶湖一周)やアワイチ(淡路島一周)などに続くサイクリングルートとして、県が整備しています。
喜連川宿を過ぎて栃木・福島県境まで、那珂川水系の流域に入ってますが、街道は那須山系から流れる何本もの支流を横切りながら、北へ向かいます。
川と川の間の丘はそれほど高くないですが、それでも前後に坂があり、下り坂→川→上り坂、がずっと続く区間です。街道も地形に沿うように、ゆるやかなカーブが続きます。
佐久山宿の手前の坂は結構な勾配で「つぶれ坂」という名があるのも納得。
街道脇の竹林で伐採作業中の方にご挨拶して、少しお話し。
「竹は成長が早いから、手入れが大変。これから暑くなるともっと硬くなって切りにくくなる。」と言ってました。
「暑いけどお互いに水分補給して、がんばりましょう。」とエール交換。
4.<第四番>佐久山宿
大谷石の蔵がほとんどだったので、久しぶりに見た「なまこ壁」です。
「運用膏」という傷薬が、戊辰戦争の官軍に好評で、その名が広がったと言われています。
本陣があった場所に、その遺構や碑は無く、日本で最初のフランス語学者の大きな生誕碑が建っています。
佐久山宿には、宿場町の遺構が少なく、小休止のあと大田原宿に向け進みます。
喜連川宿→佐久山宿
距離 11.6km
所要 3時間05分(休憩除く)
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