旧東海道ウォーク㊲ 赤坂宿→藤川宿
2023年5月26日(金)。
のどかな旧道と、トラックが行きかう国道1号を通り、藤川宿へ。
1.音羽
2.街道沿いの花々
3.本宿
4.舞木
5.<第三十七番>藤川宿
1.音羽
旧音羽町は、2008年に豊川市と合併。幕末から明治初期にかけての1年だけ、三河県役所が音羽町赤坂に置かれていたという。
並行している国道1号や東名高速とは、このあたりでは少し離れているので、静かな田園地帯をのんびりゆったり歩いている、そんな感じです。
さきほどの音羽中学校から1kmも離れてませんが、別の中学校です。市町村合併前の自治体の学校が残ったままなのかと調べてみたら、2008年の合併前は赤坂も長沢も音羽町ですが、その音羽町以前は赤坂町と長沢村に分かれていたとのこと。
市町村合併や公共施設の統廃合は、賛否両論様々ですが、昔のままの地域を大事に残っている姿も、大事にしたいものです。
2.街道沿いの花々
街道沿いには、様々な色の花々が咲いています。
私は花の知識がほとんど無く、そしてこれらの花々も、もしかすると名もない花なのかもしれませんが、それでもカメラに残したくなりました。
国道1号は、ゆるやかな上り坂を進みます。
上り詰めたところが、豊川市と岡崎市の市境でした。
3.本宿
本宿(もとじゅく)は、宿と名がつくが五十三次の宿場町ではなく、法蔵寺の門前町として栄えて、赤坂宿と藤川宿の間の「間の宿」となった集落だとのこと。地形的に峠の麓にあたり、また新旧の交通路線網が集中する地点になっています。
本宿の代官屋敷の当主は、代々富田家がつとめ、その子孫が病院を経営しているとのこと。
間の宿にしては見どころたっぷりで、改めてゆっくり歩きたい町でした。
4.舞木
小さな集落を抜け、藤川宿の手前までやって来ました。
5.<第三十七番>藤川宿
藤川宿の知名度は正直高くないと思われ、私もほとんど知らなかった宿場です。
訪れてみると、当時の棒鼻跡が東西ともに残され、古い街並も何ヵ所か保存されるなど、宿場町の雰囲気を色濃く残していました。
最初に現れた古い街並みは、市場町。
元の藤川村は小村で、舞木村の一部住民を市場村に移住させて、藤川宿の加宿としたという。
時刻は12:20。
次は、家康公のふるさと、岡崎宿です。