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「花束の色は赫」

 とりあえず、さぁ。
 私は思う。
 最近、三ケ月も続いた花屋を辞めた私は暇だけを持て余していて、昼間から、下手したら朝起きてから、ビールだとかワインだとかね、なんでもいいの、意識がぼんやりしてくれたらそれでいいってアルコールを流し込んでどうでもいいもの作っているの。

 何を作っているのかって、それは秘密。
 あんたに教えてあげる理由がない。ひとつヒントをあげるとすれば、真っ青な深海だとか宇宙に繋がる夜の空とか、氷の下の湖の白い水とか、たぶんさ、そんな感じだよ。

 わかんない? わかんなくていいの、いつかそれはわかるんだから。

 恋人を飼ってるの。食べるものを与えてあげて、それから散歩にだって連れてってあげてるわ。太陽は鬱陶しいからさ、夜になるのを待ってからになるけど、それは私の都合に合わせてもらってる。
 なんだって食べさせてあげるのよ? 肉でも魚でも、その生意気に火照った頬に真っ赤なワインだってぶっかけてあげる。床を舐めれば酔えるんじゃないって、私はソファで笑っているの。

 悪いことはしちゃダメよ。私だけを好きと言って泣いててくれたら、それですべて許してあげる。噛みつかないし蹴飛ばさない。汗ばんだ額にキスだってしてあげる。
 それができないんなら、鎖に繋いで、いっそ冷蔵庫にでも詰めてあげるわ。私を思って死んでゆくのよ、それを幸せだって知って欲しいの。

 ナイフの切っ先は白く光る。閉めたままのカーテンから突き抜けた、太陽の光は窓を貫通してナイフを誘う。その腹は青く、指を這わせると赤く垂れる。
 突き刺したい。私は思う。誰でもいいんだけど、いまはその「誰」さえいない。

 カレンダーを見る。
 今日は仕事の日。私のために何人の獣が並んでくれるのかしら。どうせ小汚い阿呆が涎を垂らして白い息を吐いているだけだと私は知っているんだけど、それでもさ、「運命の恋」があってもいいじゃない。

 クローゼットを開く。光沢のあるドレスが並ぶ。でも、ほんとはどれを着ても同じ。それを脱いだとき、私に価値があるのかどうか。それが全ての世界に生きている。
 そう長くは続かないでしょう、私の価値も。その間にこの世界を壊してやるわ。

 とりあえず、さぁ。
 私は薬剤を空き瓶に詰めながら、ひとりひとりのことを思い出してあげる。「今日、あいつらは並んでくれるのかしら」って。
 火薬の匂いって私は好きよ。吸い込んで吐き出して、それからナイフでリンゴを剥いて。舌先が切れる。吐き出す。血が床を跳ねる。

 今夜、私はいつも通り美しく着飾って、腹の突き出た害虫みたいな生き物たちを待っているふりをする、それから月に向かってこの瓶を投げてやろうって考えてるの。
 どうなるのかな。木っ端微塵に消えられるのかな。約束する。
 気持ち良くさせてあげるわ。もう二度と朝を望めないくらい、激しい夜を用意してあげる。
 とりあえず、それでいい?

 グラスに残った一雫を舌に吸わせて、私は眠る彼に問う。冷たくなっていた。別にいいけど腐るのは面倒くさいからヤダなって私は彼に言う。
 背中に刺さったまんまのナイフを抜いて、赤黒くてきたない油をタオルで拭う。「火をつけたら消えてくれないかな」と思う。
 嗚呼、嗚呼、面倒くさい。何もかも面倒でしかたない。

 さよならね。
 私は瓶を持って部屋を出る。途中で花屋に寄ろう。花束を私に買おう。




photograph and words by billy.

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ビリー
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