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【幻想短編小説】魚玉石(うおたまいし)

 邪心のある者はその神社に決してたどり着けないという。

 紀伊山地の奥地、奈良県十津川村大峰山系の霊山、玉置山九合目に立つ玉置たまき神社。このあたりはなぜかカーナビが効かず、目的地に玉置神社をセットしても、同じ山道をぐるぐると回って、神社にたどり着けない事がある。

 晩秋、昔の記憶をたどり、無事たどり着いた玉置神社は、樹齢千年を遥かに超える杉の大木に囲まれて、ひっそりと佇んでいた。そのご神体は山頂に近い地表にわずかに露出する玉石で、「玉石社」として祀られている。

 その玉石社に参拝し、駐車場に戻る途中の参道に、いつの間にかひとりの老人が筵むしろを敷き露店を出していた。
 店主は、長い白髪とヒゲを携え、修験者のような衣装を纏い、筵の上には見事な球形の玉石や流木が並んでいた。

「霊験あらたかな玉置山の天然の玉石じゃ。
 厄災よけに、おひとつどうかね。」

 筵の上に並べられた大小さまざまな玉石の多くは、枕状溶岩の黒い玉石と、泥岩中の団塊(ノジュール)のような灰色の玉石で、不思議なことにすべてがほぼ真救形をしている。人工的に削ったり磨いたりした形跡はない。

「そうじゃよ、手は一切加えておらん。
 天から与えられた天然の玉石じゃ。
 この世が丸く収まるようにのう。」

 私の心の中を読み取ったようにそう言うと、店主は黄色い歯を見せて笑った。

 丁寧に見ていくと、一つだけ岩質の違う玉石があった。
小玉スイカくらいの大きさで、透明感のある灰白色をしている。大理石か、それともチャートか。私はその岩質を確かめようとしゃがみ込んだ。

「おお、その玉石を気に入られたか!
 さすが、お目が高い。」

「この石だけは他の玉石と違うように見えるのですが。」

「これは、この玉置山でも数百年に一度、
 見つかるか見つからないかという、魚玉石じゃ。」

「魚玉石?」

「そうじゃ。毎日心を込めて布で磨いてやりなされ。
 そのうち、何かが見えてくるはずじゃ。」

 私は、その灰白色の魚玉石を両手でそっと抱えた。その時、石の中で何かがスッと動いたかのように見えた。

「ただし、決してその石を割って、
 中身を確かめようとしてはならん。
 その時は大きな厄災がおこるからな。」

 その言葉に、ハッとして店主の方を見ると、店主の姿も、様々な玉石や流木も、筵と共に消えてなくなっていた。ひっそりとした参道に、ただ魚玉石を捧げ持った私が一人、ポツンと立っているだけだった。

 家に持ち帰り、私は改めて魚玉石をじっくりと見た。
それは古生代か中生代のチャートのように思えた。
 店主に言われた通り、毎日、魚玉石を磨いた。半透明のチャートの表面が、次第にガラスのようにツルツルになった。

 じっと見ていると、石の内部を、2㎝程の小さな影がひらひらと蠢くように見えた。しかし、いくら磨いても、中まで透けて見えることはなかった。

 魚玉石の名前の通り、中に魚が泳いでいるのだろうか?
しかし、石の中に何億年も前の魚が生き続けているわけがない。では、たまに石の中に見えるひらひらとした黒いモノは、一体何なんだろう・・・。

 私の疑問は募っていったが、店主の言葉を思い出し、床の間にそっと飾っておくことにした。時々、フッと石の中をひらめく黒い影が美しく、じっと見ている私の心を、ほのぼのと癒してくれるのだった。


 
 ある日、私の家を訪ねてきた友人が、この魚玉石に並々ならぬ関心を持った。K大理学部の准教授である友人は、ぜひこの石の内部を調べてみたいという。
 私は、入手のいきさつを伝え、この石を壊さないのなら、という条件で友人に貸し出すことにした。

 研究室に戻った友人は、半月かけて超音波、放射線、レーザーなどあらゆる非破壊検査を試したが、内部に高圧の液体があること以外、その内容物も、蠢くものの正体もわからないという。

 

 教授への出世に焦るその友人から興奮した声で電話がかかってきたのは、その3日後だった。

「魚玉石の正体がわかったぞ!
 内部は3億年前の海水の化石だったんだ!
 驚くなよ、動いていたのはな・・・」

 そこまで言ったとき、突然大きな地鳴りと共に震度7の激震が襲い、電話も切れた。
 そして20m以上の大津波が紀伊半島の海岸を襲った。

 白浜町にある友人のK大研究室も、魚玉石と共に一瞬で津波に飲み込まれた。

 数百年に一度起こるという東海・東南海・南海同時地震のその大津波は、遥か玉置山の頂上からも見えたという。

作:増田達彦(水澄げんごろう)
初出「名古屋市水辺研究会会報」2019年1月  

※この作品はフィクションであり、写真を含めてこの作品の著作権は、作者と、作者の所属する「中日本制作所」birdfilm(商標登録)にあります。


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