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目に見えない分解者たち


01:分解の担い手たち

この原稿を書いている8月、けたたましく鳴く蝉たちの声に少しうんざりしながらも声が聞こえるその方向へ目をやると、青々とした葉を茂らせた木々がその視界に飛び込んでくる。しかしながら、そんな緑豊かな光景は、あと数ヶ月も経てば、木々の葉は色を変え、最後は枯れ葉となって地面に落ちてしまうことですっかり様変わりしてしまう。都市部においては、街路樹や公園にそうして降り積もった落ち葉の多くは、その付近に住む生活者や、その土地を管理する人々によって、きれいに掃除され、廃棄されることになるのだが、人を介すことがない山々や森林では、土壌を棲家とする節足動物や菌類、細菌類、いわゆる微生物たちにその役割を委ねることになる。彼らは分解者であり、自然の循環サイクルを担う、大切な存在なのだ。

PlaX ™️の特徴のひとつである「生分解」は、都会に暮らす生活者にとってそれほど馴染み深いわけでもないそんな微生物たちの力を借り、有機物を無機物へと分解していく仕組みである。とはいえ、しばし誤解されやすいのだが、PlaX™️でできた素材を微生物たちが暮らす土壌に撒いておくだけで、都合良く分解してくれるわけではない。微生物は、私たち人間と同じく生命体である。私たちの日々の活動にとって食事や睡眠が欠かせないように、微生物もエネルギーや、居心地の良い環境といった条件が整うことで活動を始める。

02:PlaX™️の分解メカニズム

一方、PlaX™️を分解させるべく微生物の活動に適した環境へと整えたところで、分解のメカニズムを挙動させるにはまだ要素が足りない。というのもPlaX™️は、複数の分子が鎖状に長くつながってできた「高分子」と呼ばれる素材。目に見えない小さな微生物がそれらを分解するには、サイズがあまりにも大きすぎるのだ。では、どのようにして微生物が分解しやすいサイズへと変化させればよいのだろうか。ここで出番となるのが、つながった分子の鎖を断ち切り、微生物が分解しやすいサイズへと変化させるプロセス「加水分解」だ。

久しくしまい込んでいたスニーカーを、ふと思い立って靴箱から取り出してみたところ、ウレタンでできたソール部分が劣化してボロボロになっていた、そんな経験はあるだろうか。もしくは輪ゴムがベタベタになってしまった経験ならどうか。この現象こそが「加水分解」と呼ばれる化学反応で、この場合、ウレタン素材と大気中の水分が反応することによってその分子構造が脆くなり、スニーカーの劣化を招いている。ウレタンは「生分解」しないのでボロボロになるだけだが、PlaX™️については、高分子を構成する複数の分子をつなげていた鎖が「加水分解」によって断ち切られ、分子量が低下することで微生物による分解反応「生分解」が可能となる。

PlaX™️100%の成型品ボトルが分解していく様子

さて、ここまでの話をまとめると、PlaX™️を分解するには「加水分解」を起こし、ある程度分子量を低下させた上で「生分解」を起こさなければならない、ということがお分かりいただけただろうか。このようなメカニズムを背景に、Bioworksでは分解の最適解を探るべく数々の実証実験と、得られた定量データを元にした検証を続けている。本記事では、そうして得られた知見やノウハウのいくつかを、皆さんにご紹介させていただこうと思う。

03:コンポストで分解を試みる

コンポストは微生物による発酵や分解によって、廃棄された生ゴミなど有機物を堆肥へと変換していく装置だ。「SDGs」という言葉の社会への浸透と共に、廃棄物を微生物のエネルギー源として土壌に還し循環させていくことができるコンポストへの関心は大きく高まっているように思える。

「生分解」についてのオフィシャルな試験は、そんなコンポスト環境下で測定されることになる。僅か土1gの中にも数億匹以上存在すると言われ、その多くは名前すらない多様性に満ちた謎多き小さな生命、それが微生物であるが、コンポストで分解を担うのは、そのうち活動に際し酸素を必要とするもの_「好気性」の微生物だ。PlaX™️における「生分解」実験は、試験温度を58℃に設定した、いわゆる工業用コンポストを用いて実施され(ISO 14855規格による)、その分解度を測定している。

上のグラフは、工業用コンポスト環境下において180日間PlaX™️を「生分解」させた結果である。データを読み解くと、期間内で PlaX™️素材がおよそ77%分解したことを示し、グラフが描く曲線を見るに、定常状態に達しているわけではない(分解が止まっていない)ので、分解スピードは緩やかになっていくものの、計測期間以降も分解が進行していくと予測できる。

この結果を聞いて、分解速度が遅いと感じるだろうか。PlaX™️は原料であるポリ乳酸の弱点であった耐久性を向上させるため、「加水分解」の影響を受けづらく設計されたものだ。「加水分解」によって分子構造が脆くならなければ、微生物による「生分解」も起きず、分解そのものが遅くなる。そう、耐久性と分解速度はトレードオフの関係で、PlaX ™️は敢えて「分解しづらく」なるようデザインされた素材なのだ。

ゆえに、この結果は致し方ない反面、どうしても分解スピードを上げたい場合は、温度と湿度の設定をさらに上げればよい。「加水分解」を加速させる条件へと一変させるというわけだ。Bioworksのラボ環境による温度80℃、湿度100%の条件下における実験では、およそ2週間で目視できないレベルで分解が進むことも分かっている。

マスク部分がPlax 100%(耳部分はポリウレタン)を使用した温度 80°C、湿度100%環境下における生分解実験結果。
目視できないレベルでPlax”部分は生分解した一方で、耳部分は分解されず残っている状態。


04:埋め立て処理をする

さて、ここまで工業用コンポストを使えばPlaX™️を微生物の力で分解できるということをデーターで示してきたが、そんな分解装置は世の中に広く普及しているとは言い難く(特に日本においては)、誰もが気軽にアクセスできるわけではない。そうすると現状この「生分解」メカニズムを利用することはまだ時期尚早なのだろうか。そこで、少し視点を変え、今世界ではどのようにゴミが処理されているのか確認をしてみたい。日本では圧倒的に焼却処分の比率が高いが(およそ79.4%と言われる*)、広大な土地を持つアメリカやカナダなどを中心に、世界トータルで見ると最も多い処理方法は埋め立て処理である。

*2021年3月30日に、環境省が発表した令和元年度のデータによると、日本国内におけるごみの処分方法のうち、最も多いのが焼却で79.4%、リサイクルが19.6%、埋め立てが1%となっている。

そこで、埋め立て環境下におけるPlaX™️の「生分解」を調べるために、コンポスト利用時の微生物とは異なり、酸素がなくとも生命活動が可能な「嫌気性」の微生物を使った実験(ASTM D5511規格)を実施した。その結果、90日でおよそ90%の分解度(セルロース繊維を基準とした相対生分解度)が確認されている。つまり工業用コンポスト環境だけでなく、埋め立て環境においてもPlaX™️は微生物によって分解されるということが実証されたのだ。

プラスチックは埋め立て処理をしても分解に数百年の月日を要すため、それらは半永久的に土壌中に残り続けると言われるが、微生物たちが分解可能なPlaX™️で代替すれば環境への負荷を大きく軽減することができる。

05:微生物と共創していく未来

PlaX™️を資源として循環していくための手法「生分解」についてこれまでお話ししてきたが、世の中にさまざまな循環についてのアイデアが存在する中、この手法がことさらユニークなのは微生物との共創関係によって生じるメカニズムであることだ。

私たち人間が他者と共創するケースを思い浮かべてみると、家庭における家事の分担であれ、オフィスにおけるプロジェクトであれ、共に行動する他者への理解や配慮といった「利他」の視点が少なからず求められることになるが、それは微生物たちとの共創についても同様である。資源の循環を行っていくために、分解を担う微生物がうまく活動してくれるよう「利他」のアプローチが少なからず必要だ。金属製のボタンは前もって外し、微生物が分解できるものとできないもので分別することを心がけたり、ボロボロになるまで着倒すことで、加水分解を起こしたり、こうしたひとつひとつの行動が微生物に対しての思いやりになる。

集英社文庫から発売されている『「利他」とは何か』を読むと、著者のひとりである伊藤亜紗さんが人類学者のジョアン・ハリファックスによる「真の利他性は、魚を得ることではなく、魚の釣り方を教えること」という考えについて触れている。魚を得ることは一時的な空腹を満たすための対処にとどまるが、魚の釣り方を教えるという利他にこそ、持続的な文脈がもたらせるという。とするなら「生分解」においても、微生物による分解という結果のみを取り上げるのでは、他の廃棄手法と何ら変わらない。微生物との共創関係、つまり付き合い方を伝えていくことで、それが持続可能な新しい文脈を築き、延いては循環についての解像度を高めることにつながるのではないだろうか。

これまでいくつかの実験結果を元にPlaX™️の「生分解」についての知見をいくつか共有してきたが、目には見えない分解者たちとの共創への試みは始まったばかり。パートナーである微生物たちとうまく付き合っていくためには、どのような条件や環境が良いのかについても今後も発信していければと思う。


【NESSENTIAL PROJECT パートナー募集のお知らせ】

『NESSENTIAL PROJECT』は、PlaXをはじめとするサステナブルなテクノロジーやアイデアが社会にうまく実装されるよう、社会環境を様々な視点から整えようと試みるプロジェクトです。

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