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理念につながる行動変容を起こすために

BIOTOPE COO / Transition Designerの押野直美です。

BIOTOPEでは、企業のありたい姿であるビジョン、そのための会社の位置づけや役割を提示したミッション、そして組織のあり方を示したバリューなど、さまざまな理念を想いから物語として言語化し、共有知とするお手伝いをしています。

今日、経営理念を掲げている企業は増えています。一方で、「理念は作ったが、自分ごと化されない」という課題を抱えている企業も少なくありません。

私が20年近く在籍した大手自動車会社にも、もちろん、ビジョンや理念が存在しました。しかし、その理念がどのような想いのもと、どのように決まったか、具体的に何を意図しているのかを知る機会も話す機会もありませんでした。結果、理念があってもなくても毎日の仕事は変わらない。事業や日々の仕事の判断は理念ではなく、数値目標とその時の決済者の好みによる。そんな状況でした。

数値的な機能を向上させていく、既存の商品を改善させることが目的であれば、数値目標とその道のエキスパートの判断で価値を出せたかもしれませんし、それでもやってこれたことも事実です。

しかし、昨今求められているいままでにない価値創造、新技術を使った事業・商品開発には、なぜそれが必要なのか、なにをしたいのかという理念がないと難しい。これは、私が自動車会社で日本初とされるモビリティサービスを複数立ち上げたときに強く感じたことです。

だから、理念はどんな理念でもいいわけではないのです。その理念に基づいて考えられる、選択する際の拠り所になる、自分の視点を広げてくれる、そんな理念でなければ理念を作る意味がないのです。

これが、理念は言語化ではなく、会社が組織がその理念に基づいて行動を変容していることこそが真のゴールだと考える理由です。

押野直美◎COO / Transition Designer。大手自動車メーカーにてマーケティング、商品企画、新規事業の立ち上げ、技術戦略、経営企画、アライアンス/パートナーシップに従事。 大企業で新規事業を数多く創出した経験を持つ。 組織に内在する強い想いをカタチにするために、メンバーの想いと経営側の意志の両方に寄り添ったファシリテーションで想いと事業の両立を追求している。ORSCC(CRR Global認定 Organization & Relationship Systems Certified Coach)。


理念で感情を動かせるか

BIOTOPEでは、理念を策定する出発点に「個々の想い」を大事にしています。そして、理念を形にするときにも、「物語」にすることにこだわっています。これは私達が、理念は頭で理解することだけではなく、心を動かすことが重要だと考えているからです。

行動変容を起こす、つまり、いままでやらなかったことをやるためには、物事に対する新たな視点が必要です。そしてこの視点は感情・心を動かす新たな気づきによって生まれます。

理念がきれいな言葉だけで終わってしまう理由の一つは、この感情が動く新たな気づきを与えられていない点にあります。

この回では、関係する人びとの感情と関係性に働きかけることによって、どのように理念や数字に裏打ちされた戦略ストーリーを、行動したいと思えるものにできるのか、特に「人の心」へのアプローチについてお話したいと思います。

正しさだけでなく「しっくり」くるかも大切に

理念を策定するにしろ、会社の理念と自分をつなげるにしろ、出発点は内発的な動機である「こうしたい・こうあるべき」という想いとエネルギーから始まります。そこから理念を生み出すこと、そして自分の動機に理念をつなげることが必要だと私たちは考えています。

しかし、いきなり「あなたは何がしたいですか?」「あなたの夢はなんですか?」と聞かれても、答えられない人も多いはず。

BIOTOPEでは「3つの現実レベル」で参加者に関わることで、その思いを引き出し、つなげるプロセスの設計を行っています。

これは、アーノルド・ミンデル博士が提唱したプロセスワークの叡智である「3つの現実レベル」を参考にしています。つまり、数字や事業プラン、議事録などビジネスシーンでやり取りされる現実(合意的現実レベル)、「この仕事はワクワクしたなぁ」とか、「この仕事、本当は嫌だなぁ」などの感情レベルの現実(ドリーミングレベル)。そして、そんな感情を生み出すもととなる、言葉にできない文化や雰囲気、その場に漂う空気感や質感(エッセンスレベル)の現実です。

事業目標やKPIなどの数字は「合意的現実レベル」にあたります。しかし、人がエネルギーをもって動くためにはその数字や事業目標に紐づく感情である「ドリーミングレベル」のデザインも必要です。

BIOTOPEでは、それを存在意義を語る物語や10年後のありたい姿のイラスト化などの手法を用いて表現しています。見ていてワクワクする将来像、事業と社会的な意義をつなげる物語などが主な例です。

最後の「エッセンスレベル」では、落とし込む制作物のデザイン、物語やバリューの言葉選びに現れます。「挑戦する」という言葉にするのか、「CHALLENGE!」という言葉にするのか、意図した雰囲気や文化を想定したうえでデザインしていきます。

私たちは合意的現実レベルだけで理念をつくるのではなく、ドリーミングレベルとエッセンスレベルを大切にしながら、理念を扱う人自身が自分ごと化できるか、つまり「しっくり」くるかどうかも重要視しています

個人ではなく、関係性の中で理念を扱う

経営理念やバリューの言葉選びに感情的な要素をいれる。楽しそうなイラストなどで表現する……。ここまでは、すでに経営理念の浸透施策でやられている会社もあるでしょう。カルチャーデックや理念紹介ムービーを作る会社も珍しくありません。しかし、そんな会社でも「理念が自分ごと化されない」という課題を抱えているケースも多いです。

私たちはそこからもう一歩踏み込み、組織の中に理念やバリューを根付かせるために、関係性の中で理念を扱う取り組みを積極的に取り入れています。

  • 自分や一緒に働く仲間にとってこの会社の理念はどこが響くのか、響かないのか

  • 会社のチームでこの理念に向けて動いていくとは、どういうことなのか

  • それに対して自分や所属組織はどのような感情をもっているのか

  • 自分の感情を出した時にこのチームはどう反応するのか

つまり、理念を「私」「あなた」そして「私たち」の中で考える取り組みであり、3つの現実レベルが縦方向のアプローチであるのに対し、これは同じ理念を持つ仲間へと横方向へ広げるアプローチです。

3つの現実レベルを行き来しながら概念を体感し、同時に自分と理念の関係性を確認し内省していく。そして、それを一緒に働くチームと共有することで、「私たち」がどう感じているかを明らにし、いままでと異なる見方を体感し視点を変えていく。そんな手法が有用だと考えています。

言葉を使わず理念への想いを表現する

そのための手法として、BIOTOPEではシステムコーチ®のアプローチを導入しています。

システムコーチ®では、同じ目標を共有している依存関係にある組織をひとつの「システム」として扱います。システムとは、多くの場合チームであったり、マネージメントメンバーの組織だったりします。

例えば策定した理念やバリューをテーマとして中心におき、各メンバーが与えられた質問に対して、どのあたりの位置に今いるか/今後いたいかなどを、言葉ではなく「立ち位置と姿勢」で表明するワークがあります。

過去の例ではテーマを「◯◯事業部の理念策定プロジェクト」と置きました。「あなたは今このテーマについてどのくらい関心がありますか?」という最初の質問に対して参加者は思い思いの場所と姿勢で表現します。

”正面に立てなかった。自分は斜め後ろからみているのが一番心地よいと感じた”
”関心はあるから近いけど、やっぱり横から助ける感じかな”
”事務局として主導している立場なので、やっぱりここ”

その次に、「あなたはこのテーマについてどれくらい行動したいですか?」という質問を投げかけました。すると、また位置が変わり、参加者のこのプロジェクトに対する関係性が明らかになります。

”事務局のメンバーとしては、一歩ひいてみんな行動してもらいたいからここ”
”会社の理念を決めていくプロジェクトなんて、もう二度とできないかもしれないから正面かな。ずいぶん前にきたなぁ”

言葉を介さないことによって、会議(合意的現実レベル)で行う賛成か反対かの議論ではなく、その事柄に対して自分が持っている感覚や感情に目を向け表現する、そして他のメンバーがどう感じているかも明らかにすることで、チームに新たな気づきを促します。

このように、普段パワーポイントと会議では流れてしまう、理念と自分、そして理念と組織の関係性が明らかになります。

コーチングのアプローチですので、ただ状況を明らかにするのではなく、この結果についてメンバーがどう受け止めるか、チームが何を生み出せるかを対話するまでがセッションとなります。このプロセスを通じて、自分の認識を自覚し内省が起こることで、視点が変わる、いわゆるメンタルモデルのレベルでの変化が生まれるのです。

理念の実装は終わりのない旅

お気づきの通り、この手法はムービーや印刷物のように一気に何百人の人たちにインパクトを出すことはできません。このようなワークショップはせいぜい15人程度が限界です。

また、セッションは一度ではなく複数回実施することで、各個人の考えやこだわりが現れます。プロジェクトチームの中で理念を「私」「あなた」「私たち」で考えることにつながり、策定する過程において、参加者にとって理念が「自分ごと化」されていくのです。

このような少人数の活動以外でも、この3つの現実レベルと関係性を応用した取り組みはさまざまな可能性を持っています。

  • 出来上がった理念を言葉で繰り返し伝えるだけではなく、体感する場を全社会議やオールハンズ/オフサイトミーティングなどで設計する

  • 配られた冊子を一人で読むだけでなく、チームで語り合うゲームツールを作る

  • 理念を表現する儀式的なイベントを起こしてみる

これらはすべて自分、仲間、そして会社の関係性の中で、理念を感情を伴って体感するアプローチです。

過去には、600人以上が集まる場でバリューを身振り手振りで伝え合うワークを行ったり、自分が実現したい未来の都市像を言語化するカードゲームをつくり、自分の想い言語化し共有するワークを実践するなど、イベントや日常の集まりにも理念やバリューが語られる仕組みをつくっています。

いずれにしても、本質的に人の行動を変えること、つまり表層化していない個人のメンタルモデルに働きかけるためには、多角的な関係性の中で対象者の感情を動かす取り組みを仕掛け続けなければなりません

BIOTOPEでは、理念やバリューの策定及び浸透の会議やワークショップ、そして施策にこのような考え方を持ち込み実践を続けています。

「理念を自分ごと化し、自律的な行動につなげる」ことは決して簡単ではありません。しかし、一人ひとりの行動が組織の雰囲気を醸成し、組織文化を作っていくことにつながります。

組織文化が本質的に変わるということは、あくまでも個々の行動変容の先にある結果です。だからこそ、「行動指針をつくる(だけ)」のような表面的な変化だけでなく、組織に属する人びとの感情とメンタルモデルにアプローチし続け、文化につなげていくことも理念策定の先に見据えなければならないと考えています。

難しいチャレンジですが、理念をきれいに作るだけではなく、その先の変化を起こしていくことにワクワクできるみなさまと伴走できることを楽しみにしています。


プロジェクトのご相談は下記より。ぜひご連絡ください。

※システムコーチ®はCRR Global Japan 合同会社の登録商標です。

text by Naomi Oshino
design by Minori Hayashi

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