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理念実装 4つのエッセンス|総合商社の事業経営現場をアーキタイプとして【前編】

2016年の年末、僕は修羅場の真っ只中にいました。

まだ前職(総合商社)にいた頃のことです。入社以来担当していた発電事業案件の超巨大ボルトオン投資のチームの末席にいました。

ボルトオン投資とは、将来有望な案件などに、今持っている株式に上乗せする形で、既存株主から株式を買い取り、経営の支配権などを獲得することを意図した投資手法のことです。手の内を全て知り尽くしている既存株主との交渉は容易に難航することが予想されます。この件も、例外ではありませんでした。

詳細は割愛しますが、僕らは長い交渉の末、無事に株式を買い取ることができました。筆頭株主になったのです。

喜びも束の間、はたと気がつくと、電力事業のプロでもない僕らは自らが筆頭株主になった今、社会インフラの基盤である電力事業を手づから経営していかなければならない、言葉では分かっていたものの、その現実に直面します。事業国は東南アジアのとある国でした。その国のなんと10%弱の電力供給を僕らの発電事業体が担っていました。

2017年の春頃、僕は当時の上司にオフィスで手招きされました。二人きりの会議室で、「(会社のお金を使って株を買ったのだから)責任を持って現場で経営をやってこい。そして、アセットの価値を2倍にして帰ってこい」、そんな指令(辞令)を受けました。僕の出向生活のはじまりでした。

──と、冒頭からいきなり昔話をしはじめてしまい、すみません。申し遅れましたが、BIOTOPE Managing Partnerの山田和雅です。

ここまで読んでいただいた皆さんには、これがどう「理念を現場に実装する」話につながるの? という疑問が浮かんでいるはずです。

ご安心ください。紛れもなく「理念を現場に実装する」話です。

これからお話する出向時代の体験は、僕にとっての「理念の実装」の原体験です。今振り返っても、そのエッセンスが詰まっていたと感じるものでして、どうしてもここでその体験をシェアしたいなと感じたのです。というわけで、よろしければもう少しだけ昔話にお付き合いください。

山田和雅 ◎ Managing Partner - Strategic Designer/Systemic Desiginer:早稲田大学政治学研究科卒。イリノイ工科大学デザイン学科(Master of Design Methods)修士課程修了。総合商社にて、海外インフラストラクチャ―事業のM&A、PMI後、事業会社に経営メンバーとして出向し、理念を軸にした組織変革、バリューアップ推進を担当。その後、オセアニア地域でのカーボンニュートラル化JV事業立ち上げに従事。事業現場での経営・事業開発経験をベースとした「戦略」と「理念」の融合型ビジネスデザイン、「社会環境」と「個のアクター」を統合的に取り扱うシステミックデザインを駆使し、目にみえる変化・インパクトの実現までを伴走型で支援することを得意としている。


総合商社の事業経営現場

2017年夏、現場に出向して、発電所と事務所の間を往復する生活がはじまりました。最初は手探りだったそんな海外出向生活に節目が訪れたのは3ヶ月ほど経った頃。現場を見たり、話を聞いたりしている内に、新経営チームとしての今後の経営方針の見立てができたタイミングです。

当時の上司(出向先事業会社の社長)と会話しながら、この会社の資産価値を非線形に伸ばすには、これまでのオペレーションの強化だけでは無理だね、ステータスクオを壊して何か今まではできなかったことをやっていかないと…、という結論に至り、僕らは経営理念を抜本的に作り直す初手を打ちました。

半年近くの現地のメンバーとの対話の末に不器用ながらも出来上がった経営理念は自分たちの思いのこもったものになりました。ちゃんとその中に今までとは全く違う「行儀の悪さ?」みたいなものが入りました。今までは「安定的電力供給を支える」みたいなものだったのが、例えば、「世界一」の電力事業者になる〜、「尊敬される」事業者、〇〇国の未来を「私たちが切り拓く」、みたいなフレーズです。今との「差」が感じられるコンセプトでした。

と、ここまではよくある理念を作り経営を変えたストーリーなのではないかと思うのですが、実は僕自身はコトの本質はその後にあったと感じています。

その後僕たちチームがやったこと、それは理念を体現している理想的な数字をイメージして、現実との差を分析し、差を埋めるためのActionを積み重ねること、もっと具体的に言えば理念実装のための複数のタスクフォース運営です。

まず、数字のコミュニケーションフォーマットとして損益計算書(P&L)、特に管理会計で使っている詳細度の高いものを使いました。

これを使って細かなラインアイテム(約300項目、また一つ一つの背後のオペレーションKPIにも分析の対象を伸ばしました)ごとに精査し、自分たちが実現したいレベルを達成するために今までとは違う何をしないといけないのか? を考えていきます。

実現したいレベルの数値目標は、コンサルティング会社にベンチマーキングデータを出してもらったり、同業者会に出席して情報交換したり、あるいは公開情報でもかなりの部分を集めることができました。それでも集められない場合にはきっとこうなるはずだという理論値を設定しました。

これらを理想のベースにした上で、例えば、 

  • P&Lのトップラインに来る売電売り上げであれば、なぜ世界一の事業者がXX%の稼働停止率なのにウチはできないか?

  • 調達コストであれば、なぜ世界一の事業者がXX%の販管費なのにウチはできないか?

こうした問いかけをネチネチと納得いくまで現場メンバーと話し合います。そうして議論を尽くして出てきた大小無数のアイデアを束にして、幾つものタスクフォースに仕立て上げていくわけです。タスクフォースはいわば経営リソースの受け皿であり、変革の主語で、このタスクフォースをテコに日々のオペレーションを少しずつ変えていくわけですが、ここに大きなマジックはありませんでした。泥臭い、リアリティのある議論を積み重ね、一つ一つ履行可能なアイデアを議論し、実行体制を作っていきます。

ただ、このとき現場に特にお願いしていたことがあります。

“皆さんがもともとやってみたかったが、経営陣や株主にどう伝えればいいかわからないので、机の下に入れていたような「秘策シリーズ」 みたいなものってないですか? もしあれば、徹底して全部吐き出してほしい”

ということです。無論、こうしたお願いをするに際して、絶対皆さんの手柄にさせるから(自分の手柄にはしない)、ということも約束して。

すると出てくる出てくる。 

現場のエネルギーが好循環に入ったと感じました。

そうなると、僕の仕事は、もはや方策そのものを考え出すことではなくなりました。むしろ、血気盛んな現場の若者たちからもらったアイデアを「経営言語」に翻訳して、「投資対効果」を財務モデルで示し、「これやらないのは、もはや経営として愚かです(今思えばすごく不遜でした…)」というレベルの説明をして、彼らが必要とする人的・金銭的リソースを会社の経営あるいはその上の株主たちから取ってきて、プロジェクトをプロデュースすることになりました。

現場の部署をタスクフォースで横断型に繋ぎ、現場のやりたいことを縦のラインを飛び越えて経営と資本家に繋ぎ、正しく経営のリソースを現場に落としていく、そしてその真ん中には今まではできていないこんな世界線を実現したいという思いや理念があったわけです。

全ての結果がリアライズする前に僕の出向期間は終わってしまったのですが、帰任時のタイミングで年間数億円規模のP&L改善が形となりはじめていました(現在価値で2倍までは流石にいかなったものの、5-10%のオーダーでは価値向上に貢献できたのではと思います)。

その後、この事業からの有利売却(買い手から事業価値をしっかり認めてもらえてのEXIT)を完遂した、という元同僚からの嬉しい共有がありました。僕らの活動が利益の先食いにはならなかったこと、これにどれほど胸を撫で下ろしたことか……。

と、一旦昔話はここまでにしたいと思います。

理念の実装の4つのエッセンス

僕の「理念の実装」の原体験の話をさせていただきました。ですが、この話には、活動の場をBIOTOPEに移し、理念づくりとその実装を仕事にすることになった今も、重要な真理が含まれている気がしています。そのエッセンスとは、以下の4つです。

  1. 現場には解放されるのを待っているエネルギーが眠っているということ

  2. 眠っているエネルギーは、今とありたい未来の姿の間の「差分 / ギャップ」がなければ、表の世界に流れ出て来れないこと

  3. 現実世界で変化を起こすには解放されたエネルギーは経営資源と結合する必要があること

  4. 経営者は、数字とロジックがなければ経営資源の投下の意思決定はできないこと

僕は今BIOTOPEで戦略デザイナーとして活動しています。すなわち、組織のやりたいことを理念の形で集約し、それを実現するための戦略をデザインしていく仕事です。

BIOTOPEとしての活動の目線から言うと、上の1-4の中で1番目と3番目の部分は、組織自体が必然的に兼ね備えているものであり、あまり介在余地はありません。ですので、僕たち戦略デザイナーの仕事は、2番目と4番目の部分。結論から言ってしまえば、2番目が「理念づくり」、4番目がその実現のための「戦略づくり」の仕事になるのかなと思います。

というのも、

まず2番目の話で言えば、現場に溜まったエネルギーを解放するための「差分」とは、今はない何かを願ったり・望んだりすることから生まれていきます。それが形を為したのが、ビジョンであり、パーパス、ミッション、バリュー、ひっくるめて「理念」なのだろうと思います。

僕たちBIOTOPEはこれをカリスマリーダーの鶴の一言に頼るのではなく、組織のできるだけ多くの人を巻き込み、その皆さんの「思いや意思」を引き出し、その集合体に「流れ」を見出し、一つの「文脈」として統合し、MVVP、あるいは事業ビジョンやコンセプトなどの「ナマエ」をつけてあげるようなやり方(共創型)にこだわっている点が少しユニークなところかもしれません。

こうしたプロセスを事業づくりにアレンジしたやり方として、後にご紹介する、未来洞察からのビジョンメイキングのプロセスが特に有効です。

さて、次に後半の4番目の話ですが、そうして表に流れ出たエネルギーは経営資源(ヒト・モノ・カネ・関係性など)を得てはじめて、現実世界で形を為していきます

言うまでもなく、この経営資源のホルダー(管理責任者)は現場ではなく、経営陣です。彼らから承認してもらって、投資してもらう必要があります。このプロセスは「ナマエ」で勝負すべき世界ではなく、「数字」と「ロジック」の勝負の世界です。

なぜその取り組みに資源を投下することが他の取り組みと比較して合理的・効果的なのか、株主にも説明できる正当性は何か等、あらゆる説明責任を求められる経営陣のツボをちゃんと押さえた説明(無論捏造ではない説明)を作ってあげる必要があります。

「理念」が生み出すものが、有機的でやわらかなエネルギーのかたまり、まだまだ赤ちゃんに近いものだとしたら、そこに数字とロジックで「戦略の骨」を通していき、現実世界でちゃんと独り立ちして歩き出せるようにしてあげるためのプロセスが必要なのです。僕にとってはそれが戦略デザインのコアな役割です。

このプロセスとして、後にご紹介する、セオリーオブチェンジビジネスキャンバスのプロセスが特に有効だと考えています。

というわけで、僕にとっての理念を現場につなぐデザインとは、現実からの差分を生み出す理念のデザインパートと、その差分を実現するための経営資源を集めるための戦略の骨通しをするデザインパート、この2つで構成されます。

さて、この2つはこう書くと理屈ではシンプルなのですが、いざやってみるととても難しい部分があります。

難しさのキーワードは「順番」と「切り替えタイミング」です。

というのも、

前者の理念を構想するプロセスは、今はない何かを願う・求める・祈る、極めてエモーショナルで徹底して主観的なプロセスであるべきである一方、後者の戦略のプロセスは、脳裏にその主観的な像を描きつつも、いかにして衆人が見て説得されうる、客観的な数字やロジックの論拠をストーリーを語っていけるか、を考える必要があります。

こうした主観と客観の二つの考え方を、「左脳と右脳を両方使いましょうネ」という話で片づけられることがあるかと思うのですが、これは今少し解像度が低いと感じています。確かに左脳と右脳を両方使うのですが、大事なのはその順番と切り替えタイミングです。

まずは、主観的な理念の「右足」を出し、その次に戦略と数字とロジックの「左足」を出す、そして、何度もそれを交互に出していく、という感覚が大事だと思います。

ここでひとつ例え話です。

100mの世界記録保持者のウサイン・ボルトは、右足・左足を使い(無論厳密には上半身も使っていますが)、9.5秒で100mを駆け抜けます。ここでもし彼の両足を靴紐で縛って一つの足のようにして、ケンケンジャンプさせたらどうなるでしょうか? さすがの彼も30秒はかかるでしょう。普通の人が勝てるスピード感です。

何が言いたいかと言うと、大事なのは、右と左を適切なタイミングで切り替えること、左右の往復を有機的に行うこと、繰り返し・スピーディに行うこと、その結果、思考の解像度の次元を高めていくことです。

この右左のタイミングの妙(高速回転)を極めることに、ウサイン・ボルト選手がその生涯を賭けたように、僕もまたそこに蘊奥秘伝が潜んでいると感じており、日々試行錯誤しています。

今回はその試行錯誤の中でこれは有効そうだと感じているフレームツールとして、

  • 差分を生む理念デザイン:未来洞察からのビジョンメイキングのプロセス

  • 戦略の骨を通すデザイン:Theory of Changeキャンバス、簡易財務モデリングのプロセス

  • 理念と戦略の往復デザインフレーム

を次回の記事でご紹介していければと思います。ぜひ後編も楽しみにしていてください!


連載:理念を現場につなげるデザイン

プロジェクトのご相談は下記より

text by Kazumasa Yamada
design by Minori Hayashi



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