「ヴァナキュラーな理念」を巡らせるために
「理念の実装」をテーマにした本連載、ここまで楽しんでいただけているでしょうか。BIOTOPEにはビジネスデザイナー、ストラテジックデザイナー、トランジションデザイナー、ブランディングディレクターと個性豊かで頼もしい仲間たちがいます。それぞれの記事を読んでいただければ、その肩書が単なる言葉遊びではないこともきっと理解してもらえると思います。
BIOTOPEは「意志ある道をつくり、希望の物語を巡らせる」というMissionを掲げながら、大企業からスタートアップ、NPOや自治体・官庁まで幅広いクライアントとともに、その会社・組織ならではの「意志」を引き出し、形を与え、それを物語として内外に巡らせていくことをしています。
本連載の「理念の実装」とはまさにその後半部分にあたるところで、つくった理念をどのように経営や現場、組織やブランドに巡らせていく・落とし込んでいくかのエッセンスをご紹介させていただいています。そのように、さまざまな「巡らせ方 / 実装の仕方」があるなかで、横櫛を通す重要な共通項として「編集」があると考えています。
連載最後となる本記事の担当は、エディター・石原龍太郎が務めさせていただきます。他記事とは少し毛色が異なる内容かもしれませんが、ぜひお付き合いください。
自分が歩んだ軌跡から、未来を見る
私にとっての理念とは、「生き様」を表したもの。つまり個人の集合体である「法人」というひとつの生命体が、どのように生まれ、どのように人生を歩み、どこへ向かっていくのかを言語や視覚情報、または振る舞いやしぐさを通じて表現したものが理念だと思っています。
なぜそう思ったのか、そのために少し昔の話を挟みたいと思います。
私は前職、Forbes JAPANという経済誌にいました。そこでは、常に社会にアンテナを立て、特集を練り、特集に沿う企画を立て、大企業からスタートアップ、中小企業などの経営者から研究者、アーティスト、クリエイターと国内外問わず数多くの方々に話を聞き、記事にすること、いわゆる編集を生業として働いていました。
大小含め色々な仕事があるなかで、私が特にモチベーションを感じわくわくする仕事が「インタビュー」でした。なぜか。それは、日常生活では決して露見されることのない「その人が歩んできた人生や生き様」に触れることができる瞬間だからです(これができたのは、Forbes JAPANが経済誌でありながら人の人生を通して企業や社会を見ていくという媒体の方針 / 特性も多分にあったと思います)。それを仕事として、おそらく3桁以上もの人生に深く触れることができた経験は他ではできない贅沢で貴重だったなと、いまあらためて噛み締めています。
その時に気づいた至極当たり前のことがあります。それは「まったく同じ人生を歩む人など誰一人おらず、すべての人がオリジナルな物語を生きている」ということです。
これは、会社や組織に置き換えたときにも同じことが言えます。メーカー、小売、商社など世の中的には「業界」として一括りにされたり、なんとなく似た存在として見られることも多いですが、その成り立ちや文化、事業に対する想いや姿勢はひとつとして同じものはありません(これまた当然ですね)。
にも関わらず、目指すべき未来や理念の言葉をつくった途端に皆似たりよったりになってしまい、結局つくっただけで機能しないといったことが起きがちです。
また、いまの時代、将来実現したい社会やこれからありたい組織像といった未来を未来として描くことは意味をなしません。先の見通しが立てづらい現代社会において、「いま」だけに立脚をして3年、5年、10年といったスパンで未来を予測することはほとんど不可能と言っても良いでしょう。とはいえ、その場しのぎもできません。どのように「もっとも確からしい未来」を描き、その道筋をつくっていけばよいのか。
そのヒントは「過去」にあります。もっと言うと「過去を再解釈し、物語を語り直す」ことで、いま、そして未来に向けての物語を紡いでいくことができるのです。
歴史ある企業や組織はその原点を、できて間もないスタートアップは創業者の原体験を掘り返し、その物語をいまの文脈に編み直し、その上で未来を描き、自分たちの血肉に変えていくこと。これをすることが私の考える編集です。
あえてデザインの文脈に乗せた言葉として表現するなら、土着性に基づいたアプローチとして「ヴァナキュラーデザイン」とも言えるのかもしれません。ヴァナキュラーとは、持続可能性やローカルのアイデンティティを重視する考え方です。個人であれ法人であれ、起点は極めてプリミティブなもの。人間らしく、ある意味生々しい「らしさ」をどのような文脈に乗せて再解釈を図り広く行き渡らせていくか、それが私の仕事です。
組織のDNAを見立て、後世につなげる
2022年、BIOTOPEでは「森・濱田松本法律事務所(以下、MHM)」の「ブランドアーカイブブック編纂プロジェクト」に伴走させていただきました。MHMは日本四大法律事務所にも数えられ、1949年、前身母体「森綜合法律事務所」の開所以降日本の企業法務を支え、グローバルでも成長し続けている国内有数のプロフェッショナルローファームです。
今後も国内外の拠点を増やし、さらなる拡大を目指しているMHMは、ある危機感を抱いていました。それは、創業メンバーの高齢化や逝去、新たな所属弁護士の増加により創業当時から脈々と受け継がれてきた組織文化の伝承が困難になっていくかもしれない、というものです。
私たちは、MHMという組織をひとつのブランドとして捉え、過去、そして現在をきちんとアーカイブすることで後続の弁護士たちに伝えていくための冊子(日英版)を制作。所属する弁護士にインタビューをし、それを記事として記録しつつ、インタビューで得たさまざまな視点や意見をフラットに集め、組織文化として言語化をし、一冊の本にまとめる作業を行いました。当時所内には歴史をまとめた資料は少なく、ほとんどが伝聞による継承だったため「史実をまとめる」ことも大きな仕事のひとつでした。
行ったことは下記の通り
創業当時を知る伝説級の弁護士から未来のMHMを背負っていく若手弁護士までのインタビュー
インタビュー結果から①時代背景②事務所の出来事③組織文化の変遷という3つの観点を抽出
特に③を、インタビュー対象者のさまざまな観点や言葉を並べながら「見立て」をつくり、一つひとつの見立てに言葉をつける
冊子の台割を作り、表紙や中面のデザインを検討し制作を始めながら、並行して③の見立てをブラッシュアップしていく
大量のインタビューを実施し、大量に出てきた異なる視点をひとつの物語に編み上げていく。事実として残したほうがパワフルに作用することもあるため、ときには無理にまとめようとせずそのまま記すことも意識しました。また、この冊子は未来の事務所を牽引する方々へと引き継がれるものであるため、事実は事実として残しつつも影響力のある先人の言葉を意図的に際立たせる構成にはせず、なるべくフラットに変遷を描くことを心がけました。
その後完成した冊子は現在所属する弁護士への配布やリクルーティングに使用されています。過去に根ざした独自の物語にはものすごいパワーがあることを再確認したプロジェクトでした。
土着なものを掘り起こし、表現として巡らせる
「ヴァナキュラーデザイン」と先述しましたが、具体的にはどのような方法で進めていけばよいのか。もう少し具体的なHowをご紹介します。
1,「目には見えないが確かにそこにあるもの(エッセンス)」を掘り起こし、見立てる
具体的な出来事(史実)は伝承されやすく、未来を考えるうえでのリファレンスにされやすいもの。一方で、そのとき人々が抱いていた感情や想い、またはその出来事の捉え方や解釈は十人十色です。バラバラとした声のなかにナラティブを見出す時に有用なのは、極めてベーシックですが「たくさんの声を聞く」ことです。
歴史年表の作成やデプスインタビュー、ワークショップなど、まずは関わる人達の声を聞く・引き出すこと。そして引き出したものごとを机に並べ、「目に見えないが確かにそこにあるもの」に耳を澄ませ、言葉や図などによって形を与えていきます。これが「見立て」と言っている部分で、集めた情報群を編集し一度可視化することにより共通認識や議論ができる土台をつくっていきます。
具体的にはmiroやGoogle docsなどを用いて、キーポイントとなりそうな発言を抜き出し机上に並べ、意味や関係性を見極めていきます。
このとき意識的にフラットな視点を持つことが重要となり、同時に聞くこと・引き出すこと・形を与えることには経験や技術が不可欠なため、その部分でも私たちのような第三者が介在する意味があるのではないかと考えています。
2,未来を見立て、企業/組織/ブランドのナラティブを語り直す
上記のエッセンスを下敷きとし、自分たちらしい「ありたい未来」を描くフェイズです。ここで大切なのが、編集的なアプローチで全体のナラティブを語り直し、新たな物語を紡いでいくという視点です。
先に「未来を未来として描くことは意味をなさない」と述べましたが、自分たちの土着性(歴史・文化・強み等)をベースにした手触り感のある未来を描くことで、リアリティが増し、実効性が高まっていきます。また、未来を引き出すことはもちろんのこと、過去─現在─未来をつなぐ大きなストーリーを描いていくとき、過去の出来事がもたらした意味を書き換える(再解釈する)こともあります。
またブランドアーキタイプの手法を用いて、その会社・組織・ブランドならではの人格を規定していくことにより、「物語る主体」に対する違和感をなくすことにも留意します。
・挑戦します。
・チャレンジ!!
・挑み続けよう
例えば上記は「新しいことに挑む」ニュアンスを含む表現ですが、それぞれで受ける印象は変わります。また、それぞれの言葉を発する主体が何色のどんな服を着ているのか、どんな雰囲気を纏っているのか、どんな所作や振る舞いをするのかなどもぼんやりイメージできそうです。このように、些細に思える表現にもしっかり血を通わせていくことが「巡らせる」フェイズでは重要になります。
3,表現して巡らせる
ここまでは基本的に「文字・言語」をもとにしたプロセスになります。しかし、文字や言語だけを組織の内外に正確に伝達していくのはほとんど不可能と言ってよいでしょう。いくら時間と想いを込めて練り上げた文章だとしても読まない人は必ず一定数いますし、文章単体では人の意識や行動を変えるには限界があります。
そこで重要なのが「表現」です。先の事例のように写真やグラフィックとともに編集した冊子はもちろんのこと、動画・アニメーション・ウェブサイト・メールマガジン・イベントといった情報発信やブランディングの役割を担うものから、カードゲーム・ボードゲームなど理解促進・文化醸成を促すツールまで、視覚的な情報を伴うものとセットにすることではじめて「巡らせる」ことが可能になる。つまり固有の物語を内外に巡らせていくための場や方法をプロデュースすることで、その物語に血が通い、人やコンテンツが輝くようになるのです。単なる足し算ではなく、クリエイティブとの掛け算による相乗効果を起こすこともBIOTOPEが持つ大切な価値だと言えます。
いま世の中は情報で溢れ、どんな情報もいかにその人の可処分時間を奪うかが重要になっています。だからこそ、どの会社でも言える、またはそう思われてしまうものだとただ風のように通り過ぎてしまうだけ。届けたい人の心に少しでも引っかかるようにするために、いかに自分たちにしかできないものにするか、または自分たちの文脈に沿ったものにするかが大切であり、その点で「土着性」に立脚した一貫したプロセスが有効になるのではないかと考えています。
おわりに
ヴァナキュラーな視点から会社/組織/ブランドが持つ固有のらしさをアイデンティティとして昇華させ、持続可能な運営につなげていくことは、他社との競争戦略に基づかない唯一の差別化戦略でもあります。BIOTOPEでは、それを経営、事業、組織、ブランドに行き渡らせることでそのアンデンティティを一層強固なものにしていくお手伝いをしています。
“スーパーエディター”として知られる故・秋山道男さんは「編集とは発明」であると残しています。
編んで、集めて、発明する=イノベーションを起こす。編集の新しいチャレンジに興味のある編集者の方がいればぜひかきURLからfacebookやXのDMにてご連絡ください。ぜひカジュアルにお話しましょう。
そして従業員からも、顧客からも、そして社会からも「好き」だと思われる会社や組織を増やすためにこれからも精進していきますので、ぜひお気軽にご相談いただければと思います。
自分たちのスタイルを持った会社や組織、ブランドってかっこいい。そんな存在を少しでも増やしていきたい。
ここまで長々と書いてきましたが、私の根本にある素朴な想いを残して本稿を締めたいと思います。
連載:理念を現場につなげるデザイン
プロジェクトのご相談は下記より
text by Ryutaro Ishihara
design by Minori Hayashi