あの時無理に母を美化して、本当の気持ちを押し込んでしまったのではないか。~トラウマからの脱却~
よく浮かぶ光景がある。
5歳の頃に、母に怒られすごい形相で追いかけられ、太ももをつねられている光景だ。
私が母の言うことを聞かなかったのか、怒られているのである。
思い浮かべても、何の感情も湧いてこない。
平坦な映像を見ているみたい。
今、ふと思った。
「お母さん嫌い」とか「それ嫌だ」とか思わないのは、もしかしてお母さんは愛し方を知らない人だと悟ったことにより、お母さんはかわいそうな人として愛されることを諦めて。
だから太ももをつねられて痛くても、嫌だと感じることすら諦めて閉じ込めてきたのではないだろうか。
母に対する感情が、私の中でまったく、すべて消えてしまっている。
代わりに今の現実世界で、心の傷が深そうな人を前にすると拒否反応が起こる。
「この人無理!」と全力で拒否したくなる。
でも拒否する方法がわからなくて、いつもうまくいかない。
あの時、押し殺してしまった感情を掘り起こしてあげなきゃいけないのだろうか。
母のことは、あの行動は嫌い。尊敬なんてできない。
ちゃんと「親」をしてほしかった。
優しく子どもの話を聴き、抱っこしてくれたり、辛抱強く待ってくれたり。
自分が親としてうまくできないからって、鬼のような形相でつねってくるなんて、私は嫌だ。
「親」として機能している人が「母」としていてほしかった。
今まで表に出せなかった感情だ。
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