加藤典洋 『オレの東大物語 1966-1972』集英社 1500円+ 税(「本のメルマガ」2020年9月3号に掲載)

 菅新総理大臣をみているとうんざりすることがあります。上昇志向と権力志向。党派心と目的のためには手段を選ばない傾向。菅氏が属する「団塊の世代」の負の側面を凝縮したような人物です。そういう人物が、日本の最高権力者の地位に就く。この国も終わりです。本書は、やはり「団塊の世代」に属する大文芸批評家の遺著。ポップな文体で、6年間におよぶ自らの東大生活と、その時代に起こった東大紛争を「総括」しています。帯には、「東大はクソだった」とありますが、本書を読了した時、「なるほど」と妙に納得した次第です。

 著者は、自分には子どもの頃から、奇妙な全能感があったといいます。そして著者は、自分が抱いていた全能感の、文明史的な理由について語っています。「団塊の世代」を迎え入れるために、多くの学校が新設されました。この世代は、日本社会を大きく変えていったのです。ベビーブームは世界的な現象で、彼彼女らは、世界中で「津波」を引き起こしていきます。「津波」の最たるものが、60年代末に世界中で生じた若者の反乱です。自分たちには既存の社会をぶち壊すパワーがある。全能感は、一人著者だけのものではなかったのです。

 著者の東大時代は三つの時期に分かれます。最初の2年間は、明るく楽しい青春時代ともいうべき時期です。若き著者は、アングラ演劇の世界に浸り、新宿のフーテンの群れに身を投じます。ドロップアウト的な気分から、大阪の釜ヶ崎の簡易宿で数か月生活しています。後に妻となる女性と出会うのも、この時代のことでした。晴れやかな青春も、野次馬気分で参加した羽田事件以降、暗転します。同じ場にいた学生が亡くなったのですから、深刻な気持ちになるのも無理はありません。次の2年間を著者は、東大闘争の渦中で過ごしています。

 東大闘争は、無給医局員制度に抗議した医学部生に対する、不当処分の問題に端を発しています。著者が身を置く文学部でも、同様の問題が起こりました。事実誤認に基づく処分であるにも関わらす、頑として当局は非を認めない。しかし、なしくずしの処分解除を行って事態の収拾をはかる。このことに著者はどうしても納得がいきません。闘争が終わった後も、著者はこの問題を引きずり続け勉強にもまったく身が入りません。連合赤軍事件が、著者の傷をさらに深めていきます。自分がそうした方向に走らなかった保証などないのですから。

 生ける屍のような最後の2年間の後、著者は国立国会図書館に就職します。同館在職中にカナダの大学で働いたことが、転生の契機となりました。帰国後文芸評論家として飛翔した著者ですが、東大闘争の問題は長く彼の中で尾を引いていたようです。様々な知的遍歴の末に、自己に「内在」して一貫性に固執するのではなく、他者との関係性の中で物事をとらえ、柔軟に思考することが、新しい状況に対応するための「創造的転向」を可能にする。そうした認識に到達して著者が東大闘争の傷を克服したのは、今世紀に入ってからのことでした。

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