野中郁次郎他著『失敗の本質』
『失敗の本質』は、戦後日本の社会科学を代表する名著である。ノモンハン、ミッドウエー、インパール、レイテ、沖縄の戦いを分析し、日本軍という組織のもつ病理が、悲惨な敗北をもたらした過程を明らかにしている。いまさら日本軍の話でもないだろうと思うかもしれない。だが、バブル崩壊、福島第一原発事故、そして今回のコロナ禍と続く一連の「国難」に対して、この国の様々な組織は、日本軍と同じ過ちを犯していった。
アメリカに勝てると思っていた日本の指導者は誰もいなかった。緒戦に打撃を与えれば、アメリカは降伏するだろうという根拠のない観測に基づいて始めた戦争である。勝利に向けた長期的ビジョンなどどこにもない。日本軍は、兵站補給と情報通信技術を軽視しているという問題が指摘されてきた。それは、戦争に対する長期的展望の欠如に由来している。合理的な戦略の欠如を埋め合わせるために過度の精神論が召喚され、多くの人命が無駄に失われた。
大本営や連合艦隊司令部などの上位統帥と、現場の指揮官の間での作戦の認識に対する齟齬が、すべての戦いであった。無理な作戦であっても、組織や個人の面子をたてるために敢えてそれを強行する。くだらない「面子」のためにおびただしい命が失われた。日本の下士官や兵卒は、無謀な作戦の下でも勇敢に戦い敵に大打撃を与えた。だが、前線の声を拾いあげ、作戦にフィードバックされることはなかった。
上で述べたことは、すべていまのコロナへの政府の対応に当てはまる。一方では感染拡大に警鐘を鳴らしながら、他方では面子のためだか利権のためだか知らないが、「Go Toトラベル」なるものを強行する。政府はコロナ対策など何もやっていない。医療従事者の超人的な努力と賢明な庶民の対処によって、被害を最小限にくいとめてきた。約40年前に書かれた、80年近くも昔の出来事を分析した本が、いまだに色褪せていない。この国は恥ずかしい。