素直な人たち

 前期の1年生ゼミで延期された東京オリンピックが話題になった。学生たちは口々に「オリンピックはアスリートファーストだから」という。「アメリカのテレビの都合で猛暑の日本の7,8月に開くのだから『アスリートファースト』なわけないでしょう」と私がいうと、みんな大変驚いていた。ある学生が、「南の国から来た選手が不利にならないように、真夏にやるのだとばかり思っていました」と言った時にはこちらがびっくりした。

 いまの若者というのか、多くの普通の人たちは、とても素直なのだと思う。首相の座を退くと宣言した御仁と言い、「緑の狸」の人と言い、いまの政治家には空疎な美辞麗句を連ねる人が多い。私のような職業的なひねくれ者は鼻でせせら笑っているが、多くの普通の人々は、それらを額面通りに受け取っている可能性が否定できない。眼前の学生たちも「女性活躍」やら「働き方改革」を「とてもいいこと」だと思っている可能性がある。

 素直な人たちは、病人には同情すべきだと考えている。だから、立件民主党の女性議員が、「大事な時に体を壊す癖がある危機管理能力のない人物」と首相を揶揄するツイートをしたところ大炎上をした。議員辞職を迫る声まで起こっている。世論は首相に同情的だ。病気の悪化を退陣の理由とした首相の戦略は、見事に当たった。首相は、素直な人たちの心理に通暁しているようだ。官邸の中にいる電通マンが知恵をつけているのだろうか。

 大正昭和を代表する大言論人であり戦後には総理大臣も務めた石橋湛山は、山縣有朋の死に際して「死もまた社会奉仕」というタイトルの論説を発表している。2013年にマーガレット・サッチャーが亡くなった時には、「オズの魔法使い」の劇中歌、「悪い魔女が死んだ」がイギリスのヒットチャートの1位に輝いた。悪政を重ねた権力者は、これぐらいの仕打ちにあって当然なのだ。素直な人たちが権力者を甘やかすと政治は堕落する。

 


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