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スベっる心理学50〜河川敷は不思議スタンダード編〜(長編小説)

「そんなに大きな声を出さないで下さいよ。気づかれますって」

「キミたちに栄光! えいこぉうあぁれぇ~!」

元気は洋平が制止するのを無視して、声を張り上げて少しおちょくるようにして言うと、高校生と思わしき二人は立ち止まって、振り返って元気と洋平を見た。

元気は敬礼したまま、慌てて上半身を隣に座る洋平に向けた。

「おっ、おう! 声が小さい! もう一度!」

洋平はすぐさま元気のほうに上半身を向けて、高校生と思われる二人に聞こえるような大声でそう言った。

「教官! 生きたいです! まだまだ生きたいです!」

「どうした! まだまだ声が小さいぞ! オマエの“生きたい”という気持ちはその程度なのか!」

「生きたい! 生きたい! 生きたいんじゃ~!」

元気は、全力で叫んだ。

「そうか! よく言った! よく言ったぞ! その気迫! 星ふたつ!」

「きょうか~ん!」

元気は、敬礼のポーズを解いて洋平に抱きついた。

洋平は元気の行為に応えるようにして、“生まれてきてくれてありがとう”と、母親が難産の末に産まれてきた我が子を想うような、気持ちがこもったように強く抱きしめ返した。

「……行ったか?」

元気は、洋平の耳元でささやいた。

「はい、向こうのほうに歩き出しました。たぶん気持ち悪がられていますよ」

「そうか、よかったって。吉沢、気持ち悪いか?」

「はい、少しだけ……冗談です」

「そうか、オレは気持ち悪いぞ。早く離れてくれって……冗談だって」

二人は抱き合ったまま、離れるタイミングを見失ってしまっているみたいである。

「せ~のっと」

元気の掛け声で、ようやく離れることが出来たようである。

元気と洋平は、トラブルにならなかったことに安堵したのか、大きく息を吐いた。

そして、高校生らしき二人組の姿が見えなくなるまで、ずっと横目で監視していた。

「……行ったな」

「はい、よかったです。今がきくタイミングだと思うんですが、どうしてあの高校生たちを見て、あんなに泣いていたんですか?」

「気になるか?」

「はい、とっても」

「そうか。あいつら、オレたちがここに来る前に殴りあっていたんだって」

元気は遠くを見つめながらそう言うと、再び涙ぐんだ。

「ちょっと待ってくださいって。仮に殴り合っていたとして、どうしてそんなに泣く必要があるんですか?」

「まぁ、最後まで聞けって。泣けるから」

「はい、続きが気になりますね」

「よし……どうして黙ってたんだよ! 親友じゃなかったのかよ! なぁ! なんとか言えよ!」

元気の口調が突然変わった。

先ほどの高校生の一人になりきっているようである。

元気はベンチから立ち上がって、目の前に相方がいるようにして、両手で胸ぐらをつかむ素振りをした。




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