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スベっる心理学39〜システムの穴の穴編〜(長編小説)
察せない男子は、最後のため息をつくところまで、見事と言っても差し支えないほどにやってのけた。
「もうやめて下さい!」
詩織は困惑したような表情で、語気を強めにして言った。
「……」
元気は詩織の振る舞いを見て、ようやく自分の行動が不適切であるということに気が付いた。
元気は、もちろん“もうやめて下さい”とは言わずに口をつぐんだ。
しばらくに間、沈黙が続く。
元気は、この重苦しい雰囲気を打開するための適切な言葉を模索するのだが、何も出て来ない。
元気は、目の前にある汚れた空の食器を見つめながら、これを手に持って舐めれば、もしかすると笑ってくれて状況が好転するのではないかと考えた。
「美味しかったです、今日は誘ってくれてありがとうございました。申し訳ないんですが、帰らせてもらいます」
間一髪、詩織が口を開いてくれたおかげで、元気は愚行を行わずにすんだ。
だが、ピンチであることには変わりはない。
二人は席を立つと、割り勘で会計を済ませて店を出た。
そして、横並びで無言のまま、駅の方へと歩き進んで行く。
(まずいって、このまま別れたら、もう一生会えないって。まずいって……やむ終えない、“あれ”を使うか)
元気は考え抜いた末に、この状況に最適だと思われるメソッドをセレクトして実行することにした。
(まさか、これを使う事になるなんて……)
元気は、どうしてこんな崖っぷちに立たされているのかよく理解できずに、考え込みながら歩いていた。
「……桜井さん、お渡ししたい物があるのですが」
元気は、隣を歩いている詩織に顔を向けて、逆転につながるであろう切り札を発動することを決意した。
「……どういった物ですか?」
詩織は、明らかに警戒している素振りで尋ねた。
「……はい、どうぞ」
元気は、歩きながらカバンの中に手を入れると、ジャガイモを一個取り出して、詩織に手渡そうとした。
「ジャガイモですか?」
詩織はその場に立ち止まってそうきくと、元気もストップして笑顔でうなずいた。
(今から行うメソッドは、『ピーク・エンドの法則』というもの。このメソッドは、たとえデートの途中経過があまり良い状況ではなかったとしても、最後を王子様級に素敵に締めくくることが出来たら、あら不思議、途中までの失態がごまかせてしまうというもの。人は、最初よりも最後の印象が強く残る。終わりよければ全てよしってことだって。今からこのジャガイモを利用して、詩織さんは感動の涙でハンカチをぬらして、十年分の涙を、ここでいっきに流すことになるでしょうタイム)
すると元気は、ジャガイモの一部分を指差した。
詩織は、元気の示す部分に目を遣った。