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スベっる心理学40〜システムの穴の穴編〜(長編小説)

「ここに付いているのが何だか分かりますか?」

「――“ツチ”、ですよね」

「そうです。これはたぶん、田舎で収穫した時に付いたと思われる土です。慌ただしく流れていく都会での時間。なんだか疲れちゃったな……。桜井さん、ボクと共に田舎ののどかな時間の中に飛び込もうじゃないですか。さぁ、勇気を出して一歩を踏み出しましょう。さぁ!」

元気は、希望に満ちあふれた力強い目で詩織の目を見てそう言うと、ジャガイモを持っていないほうの手を彼女に差し出して、理解の握手を求めた。

「田舎でも海王星でも一人で行って下さい。さようなら」

詩織は、捨て台詞にようなことを元気に言うと、早足で駅に向かい、一人で中に入って行ってしまった。

元気は追うことはせずに、呆然とその場に立ち尽くしていた。

「ジャガイモ、ジャガイモ、ジャガイモ……とりあえず吉沢んちだな……」

元気は、半ば放心状態で手に持っているジャガイモを見てそう言うと、来た道を戻り自転車に乗って洋平の家へと向かった。

到着すると、インターホンのボタンを押した。

しかし、応答がない。

少し間を置いてからもう一度押してみるが、やはり反応はない。

元気は、カバンからスマートフォンを取り出すと、三時間ごとの天気予報を確認した。

確認を終えるとスマートフォンをカバンに戻して、ドアの前で体育座りをして洋平を待つことにした。

その間、洋平には連絡を入れていない。

不思議な光景である。

それから三十分ほどが経過した所で、洋平が帰って来た。

「坂本さん、どうしたんですか?」

洋平は驚いた表情でそう言うと、間髪をいれずにポケットからスマートフォンを取り出して、元気から連絡があったのかを確認した。

「――ここで、ずっと待っていたんですか?」

洋平の問いに、元気は無言で力なく頷いた。

「連絡してくれたら、すぐに帰って来たのに」

「そうか、忘れてた」

「詳しい話は中に入ってからにしましょう」

「うん」

二人は部屋の中に入ると、ダイニングテーブルを挟んで向かい合わせの椅子に座った。

「……そうだ、イカの刺身用意しますね」

洋平がそう言うと、元気は無言で力なく頷いた。

洋平がキッチンで用意している間、元気はカバンの中から「坂本テクニカル・心理学メソッド」を取り出して、パラパラとページをめくっていた。

途中でページをめくる手を止めると、一度大きなため息をついた。

「坂本さんらしくないですよ、ため息なんかついちゃって。はい、こちら一周して、いつものイカ刺しでございます」

洋平は元気を元気付けたかったのか、口調通り軽やかに一回転して、手に持っている刺身を盛り付けた長角皿をテーブルの上に置いた。

「――よく回る奴だな」

元気はボソリとそう言うと、二十パーセントほどの笑顔を見せた。

その二十パーセントほどの笑顔を維持したまま、無言でイカの刺身を食べ続けた。

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