スベっる心理学2〜察せない男子編〜(長編小説)
「坂本くん、いったいどういうつもりなんだ。キミは自分のしたことが分かっているのかね?」
池沼は、身長は元気と同じぐらいの百六十五センチ前後である。
だが、ダルマのようなシルエットのためか、はたまたは創業者ということへの自信から滲み出るオーラからなのか、まるでライオンのような迫力である。
(……社長、怒ってるって。まずいこと、しちゃったかな)
――そう、この男、物事の良し悪しを識別するセンサーの角度がずれてしまった、“察せない男子”なのである。
元気は、いつものおきまりの姿勢で謝罪した。
「キミの土下座は、晴れの日よりも多く見ているような気もするが――」
「ははぁ~」
元気は、さらに頭の位置を低めて誠実さを強調した。
「分かったから顔を上げなさい。ただキミは社会人としての基本的な言動から外れすぎなんだよ、果てしなく――」
元気は仕事を終えての帰り道、落ち込んでいるかと思いきや、会社を出るまでの間に自分なりに怒られた原因を追求していた。
そして、まっすぐ家には帰らずに、デパートのバッグ売り場に向かった。
(今日は、この地味なカバンのせいで社長に怒られたんだって。きっと、このカバンが運気を下げているんだって。もっと明るいのに替えないと)
元気はアイテムに責任をなすりつけると、店内を見てまわった。
(……んん――ちがうな――おおっ――ちがうって――ああっ――なんで“ハチマキ”?)
結局、理想の品に出会うことは出来なかった。
店を出て自宅に帰る途中、元気のほうに向かって理想のモノが迫って来て通り過ぎていった。
「ちょ、ちょっと待ってください、おばさん」
「えっ! ワタシのこと?」
「はい、そうですけど」
「はぁ! ちょっとアンタ、いきなり人のこと“おばさん”ってなんなの! 失礼ね、まだ四十よ……なに!?」
たまたま元気とすれ違っただけでおばさん呼ばわりされた悲劇の女性は、憤慨しながらも呼び止めた理由を尋ねた。
「あの、手に持っているオレンジ色のカバンは、どこで手に入れたんですか?」
「カバン? この手提げ袋のこと?」
「そうです」
「あそこの『マル秘・食パン王国』で食パンを買ったら、商品を入れてくれる袋よ。カバンってアンタ、紙袋でしょ」
「ありがとうございます。おばさん」
「だから誰がおばさんよ! 失礼な人ね」
元気は、結果的に捨て台詞を吐くかたちで女性の指差す店へと行った。
そこでおまけの食パンを買い、真ん中に大きく「秘」と書かれた、鮮やかなオレンジ色の紙製の手提げ袋を手に入れた。
元気はさっそく翌日から、その中に仕事道具を入れて誇らしげに出社した。
他の従業員からは、奇異の目で見られたことは言うまでもない。
数日後、元気は仕事の帰りに勤務先の後輩である吉沢洋平(ヨシザワ・ヨウヘイ)を居酒屋ではなく、会社から徒歩で五分ぐらいの場所にある、小さな公園へと誘った。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
二人はベンチに隣り合わせに座ると、街灯の明かりに照らされながら、缶ジュースで乾杯をした。
「今の気持ちどうよ?」
「仕事終わりの坂本さんとの一杯、一日の疲れが吹っ飛びますよ」
「だろう」
元気のおきまりの“最近どうよ?”的な問いかけに、後輩である洋平はスポーツマンっぽく爽やかに答えた。