
スベっる心理学46〜河川敷は不思議スタンダード編〜(長編小説)
元気は、洋平の肩をトントンとした。
洋平が元気の顔を見ると、先輩はニヤニヤしながら後輩を見ている。
「聞こえたか?」
「はい。テニスは実際にプレイするよりも、テレビゲームのほうが難しいらしいですね」
二人は、隣に居る家族には聞こえない程のボリュームの声で話し続ける。
「オヤジ最高だって、何も考えないでゲームって言ったって」
「ボクもそう思います。あの父親、ただ者ではないですよきっと」
そう言い終えると、二人は再び正面に顔を向けて、テニスのプレイを見ているふりをしながら、隣に居る親子の会話に耳を傾けた。
「おかあさんは、テニスやってたの?」
男の子は、今度は母親に同じ質問をした。
元気と洋平は、料理教室に参加している新妻が、愛する夫の大好物の作り方を教わっている時のように、講師の説明を一言一句も聞き漏らすまいとするかのように、神経を研ぎ澄ましている。
「お母さんは、テニスを実際にやったことも、ゲームでもやったことはないよ。バトミントンだったら少しだけあるかな」
「そうなの。バトミントンはむずかしいの?」
「うん、難しいよ。ラケットを振ってもシャトルが思ったところに飛ばないし、当てるだけでも大変なの」
「そうなんだ」
会話が一段落すると、元気と洋平は、再び顔を見合わせる。
「お母さんのほうは、常識的な人みたいですね」
洋平が言った。
「そうだな。見ず知らずの親子だけど、なんか安心したって」
元気がそう言うと、洋平は「そうですね」と返事をした。
そして、なぜか二人は握手をした。
元気と洋平は、その後も隣のベンチに座る親子の会話に聞き耳を立てた。
どうやらこの親子は、他人から見たら父親はピエロであるが、母親と息子、そして父親自身もそのことには気が付いていない様子である。
そして、家族三人での会話のラリーが一段落して、母親が横に置いていたピクニックバスケットを手に取ってフタを開けると、ランチタイムに入ったようである。
母親は、バスケットの中からラップで一つずつラッピングされたサンドイッチを取り出すと、主人と息子に手渡した。
最後に自分の分を手に取ると、三人は「いただきます」と言って食べ始めた。
さっきまでとは打って変わり、無言で食べている。
「……よっぽどお腹空いてたんだな。隣に誰も居ないみたいに静かだって」
「そうみたいですね。急に静かになっちゃいましたね」
元気と洋平は顔を見合わせると、家族には聞こえないように、小声で会話をしている。
そして、三分ほどの沈黙が流れた後……。
「ちょっとマーくん、ウインナーで遊んじゃダメでしょ!」
母親は、叱るような口調で言った。
「子供ってカワイイよな」
元気が小声で言う。
「そうですね。なんかほのぼのしますよね」
洋平が小声で返す。
二人は嬉しそうな笑顔である。
「――ごめんなさい」
元気は、「えっ、オヤジかぃ!」と思わず家族に聞こえる声で言うと、洋平とほぼ同時に立ち上がり、目を見開いて親子のほうに体全体を向けた。