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スベっる心理学44〜河川敷は不思議スタンダード編〜(長編小説)
二度目になる“自分探しの旅”の日は、先週とはうって変わり、雲ひとつない快晴であった。
午前十時に、現地である河川敷の敷地内にあるテニスコート付近で待ち合わせをしていた元気と洋平は、先週に避難所となったコンビニで出くわした。
二人は、昼食のサンドイッチと炭酸飲料を購入すると、ゆっくりと歩きながら川辺に向かった。
「今日は、この前の場所からスタートするんですか?」
「スタートって、あの場所から動かないって」
「えっ、ずっとテニスコート周辺に居るんですか?」
「そうだって」
「“自分探しの旅”をするんですよね?」
「そうだって」
「“旅”って色々な所に移動しながら、いろんな経験をするものじゃないんですか?」
「違うって。動けばいいってものじゃないんだって、旅は――」
「と言いますと?」
「吉沢、魚釣りってやったことあるか?」
「いえ、ありません」
「そうか。では問題です。重さが百キロを超える大物の魚を狙って釣りに行ったけど、いま居る場所で粘っても全然魚が釣れない。あなたならどうしますか?」
「百キロを超える魚はすごいですね。ボクなら他に釣れそうな場所を探して、そこに移動すると思います」
洋平は即答である。
「惜しい、ざん残念」
「どっちですか」
「吉沢、魚は置物じゃないんだって、生きているんだって」
「その心は?」
「つまり、生きているオレたちが移動するっていうことは、魚も同じように移動してるんだって。お互いに移動し合っていたら、余計見つからなくなるんだって」
「――なるほど、下手に移動するよりもその場に留まっていたほうが、結局は釣れる可能性が高いってことですね」
「ビンゴ!」
「たしかに、そう言われて見ればそんな気がします。坂本さんが釣りをやるなんて知りませんでしたよ」
「やらないって。釣り竿持ってないし」
「はい?」
「想像するんだって。オレが重さ三百キロの大物マグロだったら、ずっと同じ場所に留まってないって。痩せたいから泳ぎ続けるって」
元気はそう言うと、歩きながら力こぶをつくって見せた。
「“痩せたいから泳ぎ続ける”と“力こぶ”、リアクションが合っていない気がします」
洋平は、すかさずにツッコむ。
元気は力こぶをつくっている腕で、洋平に軽い力で肩パンをした。
二人は声を出しながら笑い合った。
目的地が見えてくると、洋平は「もう少しで着きますけど、行って何をするんですか?」と尋ねた。
「テニスコートの傍にいくつか屋根の付いたベンチがあるけど、どれに座るのかは着いてから決めようって」
「そこを起点にして“自分探しの旅”が始まるんですね」
「始まるも何も、そこから動かないけどな」
「えっ、一日中イスに座っているだけですか?」