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スベっる心理学30〜システムの穴の穴編〜(長編小説)
元気はバナナを食べ終えると身支度を整えて、一通りの準備を終えた。
テーブルの上に置いてあるメモ帳を手に取ると、本日の段取りを確認していく。
(……よし、それでは最初のメソッドといきますか。試着しなかったけど、サイズは合うかな……バッチリだって)
元気は自宅を後にすると、自転車で詩織との待ち合わせの場所へと向かった。
現地に到着すると、駐輪場に自転車を駐車して、ここから近くにある待ち合わせの場所に徒歩で向かった。
(よし、全然緊張しないぞ。今日はオレのペースで事が進むこと間違いなしだって。いきなりメソッドが功を奏してるぞ。有森公園はオレの島同然なんだって。心理学では『ホームグラウンド効果』って言うらしいな)
端から端まで歩いて十五分近くかかるこの広大な公園は、元気の実家から徒歩五分ぐらいの場所にある。
子供の頃は、よく両親、弟と遊びに来たものである。
元気にとって“大自然”といえば、この有森公園のことなのである。
「……桜井さ~ん!」
元気は、約束の時間の五分前に、現地であるボート乗り場の受付のある建物の近くまで来ると、詩織を見つけて、手を振りながら叫ぶようにして言った。
詩織はすでに到着しており、微笑みながら手を振り返したが、すぐに笑みが消え、スーパーで初めて新種のフルーツを目にしたときのような表情に変わった。
「ごめんなさい、待たせちゃいまして」
元気は、詩織から一メートルぐらい離れた所まで来ると立ち止まり、一度も走ってなどいなく、自転車もトロトロと走らせて来たのに、何故だか息を切らしている。
「私もついさっき着いたところです。それよりもその格好――仕事中だったんですか?」
詩織は本当に気になっている様子である。
(いきなりビンゴだって。詩織さん、オレの姿に心惹かれてるぞ。これは『メラビアンの法則』って言って、何だかんだいっても、結局、人は見た目からの印象に強く影響される。今のオレは、誰が見たってエリートだって)
元気の思うエリートの定義は、発する言葉の端々に知性を感じさせるような人物である。
そのため詩織からの質問に答えることが出来ずに無言である。
「……あの、すごく大きな公園ですよね。何度か来たことはあるんですけど、ここの場所がすぐには見つからなくて、すれ違いの人にきいたけど迷っちゃいました。迷いませんでしたか?」
詩織は元気からの返答がないことに、なにか不適切な発言でもしたのではないかと不安に思ったのか、慌てるように話題を変えた。
「ボクの格好、気になりますか?」
元気は知的な事を言う自信がなく、こめかみを動かして掛けているメガネをピクピクさせながら、詩織の意識が自分の発言からメガネへとシフトしてくれることを願い、最初の質問に対しての質問をした。