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スベっる心理学62〜“坂本テクニカル・心理学メソッド”、不死鳥の如く編〜(長編小説)


次に係員は、フラフープを三本、イルカの演技するプールに投げ入れた。

三頭のイルカは、輪っかにクチバシを通すと一斉に回し始めた。

「すご〜い! 人間より器用に回しますね」

「桜井さんもよく道に迷ったりなんかして、同じ所をクルクルとまわったりなんかしてるんじゃないですか?」

「分かりますか。コンビニなんかでも一瞬、迷子になっちゃったりすることがあるかもしれません」

「桜井さんみたいなお嬢様だったら、特別な事情でもない限り、コンビニでは買い物をしないんじゃないですか? トイレを利用したついでに、申し訳程度にガムを買うぐらいで」

「――そうですね。ガムではなくてマッチを一箱……」

詩織の口調が明らかに暗くなった。

「いやいや、桜井さんが買うのはマッチではありませんよね? 子供が好きなソーダガムですよね」

元気は、不穏になりかけている空気を察することが出来ずに、尚も“我流のバーナム効果”らしきテクニックを継続した。

「はい、”小学一年生向け・シュワシュワしないソーダガム”しか買いません。次の演技が始まりますよ」

詩織はありもしない商品名を口にして、これ以上会話を続けたくなかったのか、イルカショーに注意をそらしたいかのように言った。

「次はどんな演技なのか楽しみですね」

元気は、いったんテクニックを中断して、イルカショーに意識を向けた。

いつのまにかショーは進行していて、演技終盤である、大ジャンプが行われるとのアナウンスが流れた。

天丼付近に赤いボールが三つ吊り下げられると、三頭のイルカは阿吽の呼吸で、ほぼ同時に真上に高くジャンプした。

そして、三頭とも見事に、クチバシでボールをタッチすることに成功した。

元気と詩織を含めた客席からは、拍手喝采である。

「すご〜い! 金メダル」

詩織は、三頭のイルカを称賛するかのような口調である。

元気はそんな詩織の横顔を見て、気を取り直し次なるテクニックで彼女の心をつかみにかかると思いきや……。

「桜井さんも、雨上がりの大きな水たまりなんかを見かけたら、助走をつけて、世界チャンピオンも顔負けの大ジャンプで跳び超えたりするんじゃないんですか」

“オレには飛び込み営業しかないんや!”と言わんばかりに、我が“我流バーナム効果”を継続した。

「――はい、大きな水たまりだけではなく、二階建てのアパートぐらいだったら跳び超えられるような気がします」

詩織の口ぶりからは、明らかな不快感が見て取れる。

「そもそも桜井さんほどのお嬢様だったら、自宅の敷地内でイルカを飼っているんじゃないんですか」

「――はい、熱帯魚感覚でイルカを二十頭ほど。坂本さん、どうしてさっきから、人のことをバカにするようなことばかり言うんですか?」

詩織は怒っているというよりも、悲しげな表情をしているように見える。

「……いっ、いやっ、申し訳ありません……いっ、イルカショーが終わったら、食事にでもしますか」

元気はようやく、詩織が嫌がっていることに気が付き、何事もないように言ったつもりではあったが、顔は青白くなり、強く動揺をしている。

(なんでだって、「坂本テクニカル・心理学メソッド」を使っているのに嫌がられているって……落ち着けって、落ち着けって……)

建物に併設するレストランのある場所に移動中、元気は乱れた気持ちを整えるのに必死で、一言も口を開かなかった。

詩織も、場の空気を壊すようなことを言ったと思い後悔しているかのような表情で、視線を落としながら歩いて、一言も発することはなかった。

重たい空気の中、二人は予約しておいたレストランに到着した。

スタッフに窓際のカウンター席へと案内されると、元気は左手側、詩織は右手側に、高さのあるダイニングチェアに隣り合わせに座った。

メニュー表を見て、元気は「海鮮中華丼」とオレンジジュース、詩織は「海鮮あんかけ焼きそば」とウーロン茶を注文した。

「……見渡す限りの一面の海、素晴らしい光景です。手配してくれてありがとうございます。嬉しいです」

しばしの沈黙を破り、詩織は元気の横顔を見て、偽りのないような満面の笑顔でそう言った。

「よっ、よろこんでくれてうれしっうっ」

元気は、言いながら詩織のほうに顔を向けたが、彼女の綺麗な笑顔が目の前にあったので、思わず目をそらして天井を見上げた。

「よろこんでくれて嬉しいです」

元気は正面に顔を向けると、今度は詩織の顔を見ずに言い直した。

(詩織さんのこの笑顔、なんだよオレの早とちりだって。「坂本テクニカル・心理学メソッド」に感謝だって。そしてこの後もよろしく頼みます)

“察せない男子・復活の回”へと突入である。

メニューを注文してから二分とかからずに、女性スタッフが、まずトレンチにドリンクだけを載せて持って来た。

そして、どちらが注文したものかを確認しながら、テーブルの上に置いた。

「ちょっと待ってください」

女性スタッフが厨房に戻ろうとして、二人に背を向けて歩き出そうとすると、元気が呼び止めた。

「はい、どうかなされましたか?」

女性スタッフは反転して元気のほうに体を向けると、営業スマイルであろう笑顔で用件を尋ねる。

「普通、こういうのって、食べ物と一緒に持って来るものじゃないんですか? 先にドリンクだけに手をつけると、食事中に足りなくなる恐れがあると考えたりはしないんですか?」

「ちょっと坂本さん、やめてください」

元気が女性スタッフにクレームを言うと、詩織は慌てたようにして制止した。

「申し訳ございません」

女性スタッフは、申し訳なさそうにして頭を下げた。

「すみません。大丈夫ですから顔を上げてください」

詩織は、さらに慌てたような素振りである。

「もういいですよ。プロだったらしっかりしてください」

元気は、女性スタッフが顔を上げるやいなや、厳しめの口調でそう言った。

女性スタッフは、再度謝罪をすると厨房に戻って行った。




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