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スベっる心理学41〜システムの穴の穴編〜(長編小説)
「……やっぱりイカは裏切らないって。ごちそうさん」
「おぉ、いい食べっぷりですねぇ。大将! もう一杯いっちゃいますか?」
「へぃ! もう一杯!」
元気は、元気な時の声の張りで言った。
「大将! そうこなくっちゃ!」
洋平は、嬉しそうに声を張って答える。
洋平は再度キッチンの中に入り、イカを捌き始めた。
「吉沢! イカらしく頼むな!」
「イカらしくですか? へっ、へい大将!」
洋平は、“イカらしく”とは何なのかがよく分かっていないようであるが、とにかく元気の笑顔が嬉しいようである。
「……はい、こちら吉沢宅、冷蔵庫産のイカの刺身になります!」
「……」
元気は、再びふさぎ込む素振りを見せた。
「えっ、なんでぇでぇすかぁ」
洋平は、何がなんだかさっぱり分からない、といったような様子である。
「冗談だって、可愛いヤツだな。オレならもう大丈夫。吉沢のおかげだって。ありがとな」
元気はそう言うと、百パーセントの笑顔で洋平の目を見てピースサインをして見せた。
「はい!」
洋平も、元気に負けない笑顔で応えて言った。
それから元気は、今日の詩織との出来事を事細かに説明した。
「……なんですって! 『坂本テクニカル・心理学メソッド』がダメだったなんて! ウソだって言ってください!」
洋平はそう強く言うと、両手でテーブルを叩いた。
「ウソじゃないって!」
元気もテーブルを強く叩いた。
それから二人は目を合わせたまま、“せぇ~の”といったように軽くうなずき、同時にテーブルを叩いた。
「ビンゴ!」
これまた息がぴったり、二人同時に言った。
「人の決め台詞に被せやがって。なかなか良い声の張りだったぞ」
「ありがとうございます」
さっきまでの悲壮感は、もうこの部屋には無いようである。
「吉沢! オレはどうしたらいいんだって! どこに向かえばいい!?」
「はい! とりあえず火星に向かいましょう!」
「よし、そうするか」
「え?」
「冗談だって。ウブなやつだ。――でも、たしかにそれくらい飛んだ場所に向かわないといけない気がするって」
「はい」
洋平は、とりあえず何も考えずに返事をしたようなトーンである。
「吉沢、目をつぶってくれないか?」
「……はい」
今度の“はい”は、しっかりと考え込まれての間とトーンである。
洋平は元気が何をしてくるのか不安なのか、おどおどしながら、言われた通りに目を閉じた。