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スベっる心理学66〜坂本クエストの向かう先編〜(長編小説)


「まずは申し訳ないことをしてしまったという、心からの謝罪が大切だと思いますが。謝罪の言葉がいっさいなくお金で解決しようとするなんて、実に不愉快です。申し訳ありませんが、今日は帰らせていただきます」

本谷は、元気の顔を見ることはなく、池沼の目を見ながらそう言うと、失望したような素振りを見せて椅子から立ち上がった。

「本谷さん、申し訳ございません」

池沼も慌てたようにして立ち上がると、深く頭を下げて謝罪した。

「池沼さん、顔を上げて下さい。……私が取引先との関係で一番大切にしていることは、お互いに信頼し合って仕事を進めていくことです。会社の存続、繁栄のため双方に利益を追求していくことは、最重要事項にしなければならないのでしょうが、私はそれよりも、相手のことを心から思いやることが出来るかどうかという、そういった気持ちを大事にしたいんです。申し訳ありませんが、今日のところは帰らせて頂きます」

「……」

池沼は、本谷の言葉に対して何も返すことはなかった。

本谷と池沼が応接室を後にすると、部屋には元気ひとりだけが残された。

元気はとんでもないことをしてしまったと、恐怖心で脚がガクガクと震えて、その場に立っているのがやっとである。

従業員同士の日常の会話から、万が一『PZグループ』との取引が打ち切られるようなことがあれば、我が社の存続が危ぶまれるということを、元気は理解しているためである。

しばらくして、池沼が一人で応接室に戻って来た。

「申し訳ありませんでした」

元気は池沼の姿を見ると、怯えた表情で謝罪をした。

「……そんな顔をしたってどうしようもないだろう。本当に君には世話が焼けるな。――ここに座って少しの間待っていなさい」

池沼はそう言うと、再び部屋を出ていった。

元気は社長に言われた通りに、先ほどまで池沼が座っていたソファーに腰掛けた。

それから十五分ぐらいすると、池沼が部屋に戻って来た。

池沼は、手に持っているお盆を一度テーブルの上に置いて、受け皿とコーヒーの入ったカップを元気の前に置いた。

元気は、少し驚いた表情で池沼を見た。

「“池沼ブレンド・スペシャルホットコーヒー”だ……やってしまったことはどうしようもない。同じ間違えは、今後するんじゃないぞ。気持ちが落ち着くまでここで休んでいなさい」

池沼は、元気の怯えた表情を見てのことなのか、叱責することはせずに、彼なりの優しい振る舞いを見せた。

そして、社長は部屋を出て行き業務に戻った。

一人になった元気は、池沼のいれてくれたコーヒーに口をつけた。

(……あたたかいって……)

元気は、ひと口ひと口飲むたびに、池沼のあたたかい気持ちを噛みしめることができ、後悔、臆病の感情が、魂を懸けて社長、仲間たちを守るという、勇気と強い決意にみるみる変化していくのを感じていた。

ここの仲間たちとこの場所で過ごした日々、それは、楽しい、嬉しい、苦しい、悲しい、緊張、葛藤、達成感、優越感、劣等感、妬み、感謝。色々な感情が過去から今へと、元気の心を巡っていた。

コーヒーを飲み終えた元気は、みんなへの感謝の気持ちであふれていた。

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